第6話 実際のヴァンパイアってこんな感じなのか

 街の中心街は様々な店がならぶ商店街だ。アクセサリーショップからブティックなどがひしめき合っているので人が多い。周囲を見渡せば、魔族や人間が楽しそうに、時に苛立ったように歩いている。


 市場から近いことからか、レストランなどもあってシオンも食事に何度か訪れたことがあった。時間帯が時間帯なせいか、買い物客で賑わっているのを眺めていると、隣を歩くアデルバートの眉間に皺が寄っているのが目に留まった。



「もしかして、人混み苦手?」


「……得意ではないが、別に苦手というほどでもない。ただ、久しく仕事以外でこういった場所に来たんだ」


「そうなの?」


「あぁ、賑わっている場所は父に連れられたパーティーか仕事でぐらいか……」



 父に連れらて参加したパーティーのところで顔を顰めたので、あまり良い思い出ではないのだろうなと思ってシオンは「うん?」と引っかかる。



「えっとさ、ちょっと気になってたんだけど……もしかして、アデルさんってお金持ち?」


「貴族階級だな」


「ちなみにどの程度で……」


「シュバルツ家の爵位は公爵だ」



 魔界の階級制度がどんなものかはシオンは知らないが、公爵は確か最上級であるのは教えてもらっている。とんでもないヴァンパイアを自分は助けたものだなとシオンが思っていると、「気を使われるのは苦手だ」とアデルバートに言われてしまう。


 そうは言われても気を使ってしまうのでシオンはなるべく大人しくしていようと思いつつ、頷いておいた。


 そのまま中心街の店を眺めながら歩いていたシオンだったが、話題がなくて無言になるのが嫌だったので、気になっていたことを質問することにした。



「そういえばさ。ヴァンパイアって日中動き回っても大丈夫なの?」



 人間界ではヴァンパイアは太陽の光に浴びると灰になると言われていたのをシオンは覚えていた。とは言えないので、「なんか、太陽の光が苦手って聞いたことある」と付け加える。これはリベルトから聞いたことだった。


 アデルバートはそんなことを聞くのかと言いたげにしていたが、「平気だ」と答えた。日光が苦手ではあるけれど別に大して影響はないと。



「人間はよく勘違いするらしいが、別に日中でも動き回れる。若い吸血鬼ならば魔法が多少うまく扱えないぐらいはあるだろうがな」



 人間が勘違いしていることで言うならば、強い香草の臭いを嫌うというが、それは臭いからであって撃退できるものではない。


 別に十字架などに効果はなく、若い美しい女性のものじゃなくとも血は飲めるとアデルバートは教えてくれた。



「あ、じゃあさ。瞳が赤いっていうのは?」


「それは戦闘時と血を吸う時だけだ。普段は元の瞳が赤くなければそうはならない」



 血を吸った時に見たわずかに赤みがかっていた瞳はそういうことなのかとシオンは納得する。


 魔界に来てからヴァンパイアをみるのはアデルバートが初めてだったけれど、意外と印象というのは悪くなかった。本物というのは物語とは違って現実的なのだなと知る。



「魔界の人間でも知っている情報だと思うのだが……」


「え! いや、あたし学校とか行ってないから!」



 慌ててシオンは返す。この魔界にも学校というのはあるのだが、そこに通っていないのは本当なので嘘はついていない。これで誤魔化せるだろうかとアデルバートを見えれば、少しばかり訝しげにしていたが一先ずは納得してくれたようだ。


 魔界では学校に行くことは強制されていない。行かない魔族や人間というのは多いし、通っていないからと批判されることはない。なので、シオンが通学していないこと自体は不自然ではないのだ。だから、アデルバートは怪しむことはしなかったのだろう。



「魔界でのルールは親に教えてもらったのか?」


「お父さんに一応……」


「それでこうなのか……無欲で危機感のないお人好しの人間とは、早死にするぞ」


「それ、貶してるのか、それとも忠告してくれてるのかどっちなのさ」



 そうシオンが問えば、アデルバートは「忠告だ」と答える。ならもう少し言い方というものがあるだろうにとシオンは苦笑した。



「それでまだ欲しいものは決まらないのか?」


「えーっと、まだかなぁ」



 魔族が決めた掟というのは面倒なものだなとシオンは考える。どの店の商品も特に欲しいとは思わず、それでも選ばなければいけないのでどうしたものかと悩ませる。あまり、店に詳しくないので特にシオンは頭を悩ませた。


(そういや、サンゴが良く行く店があったはず……)


 サンゴはその店の服が好きなのだとよく話していたのを思い出した。行ったことはないけれど、彼女が行くところならば自分でも着れる服はあるだろうと思って、シオンはアデルバートをその店に連れていくことにした。


   ***


 店内に入ってシオンは後悔した。色鮮やかな衣服たちは可愛らしく、格好良いものが飾られて煌びやかだ。客の女性たちは皆、着飾っていて上品に見えてシオンは場違い感を味わう。


(そういや、サンゴは裕福層だった……)


 大事なことをシオンは思い出した、サンゴは裕福な家庭であることを。入ってしまったので商品を見ないわけにもいかず、シオンは挙動不審にならないように気を付けながら並べられている服を眺める。


 可愛らしいものから格好良いものまで品揃えは良くて、これなら自分でも着れそうなものはありそうだなとシオンは探す。ただ、どれも値段が少々するので「これを買ってもらうのは……」と遠慮が出てしまう。


 いろいろと眺めてみてもやっぱりどれがいいのか分からず。もう適当にブラウスとか買ってもらおうかと考えていると、隣にいたアデルバートが何かを見つめていた。


 なんだろうかと視線の先を辿るとそこにはコーディネートされた服が飾られれていた。


 白いカーディガンとレースのあしらわれたブラウス、ピンクのキュロットはシオンの目から見ても可愛らしく感じた。



「この服がどうかしたのか?」


「いや、シオンに似合うと思ったんだ」


「えっ!」



 この可愛らしい服が自分に似合うとと、シオンが見遣ればとアデルバートの目は真剣そのものだった。からかうでもなく、純粋に似合うと思っているようだったのでもう一度、飾られている服をシオンは見るが似合う自信は自分にはない。


 そんなシオンを他所にアデルバートは展示されている服について店員に訊ねていた。暫く会話をすると店員が持ってきたものに靴も合わさって、そのままアデルバートは購入していた。


 ほんの十数分ぐらいだっただろうか、呆気にとられていたシオンだが我に返り口を開く。



「え! なんで!」


「何故って、これをお前に」


「はぁ! いや、流石にこれは貰い過ぎでは……」


「これは俺の一方的な贈り物だ」



 アデルバートに「シオンはこのまま何も要求しないだろう」と言われて、確かにと頷く。


 このままいくと適当なブラウスを買ってもらうことになってしまう。対価を支払ったことにはなるかもしれないが、適当に決めては相手にも失礼だ。



「この服はシオンに似合うと俺が思ったんだ」



 受け取ってくれればそれで対価を支払ったことにしても構わない。そんな言葉をシオンの瞳を見詰めながら言うものだから、それを受け取るしかなかった。



「き、着るかわかんないけど……」


「構わない」



 受け取るシオンを見てアデルバート微笑む。その笑みが彼の整った顔立ちを強調させるものだから、なんだかシオンは恥ずかしくなった。


 店員は微笑ましく見ているし、店内にいた女性客は羨ましげな視線を向けている。それに気づいたシオンは「も、もう終わったから出よう!」とアデルバートの背を押して店から出た。