――第5帝国歴396年 4月20日 オベール伯爵邸にて――
この日、ローズマリー・オベールは父親に自分の彼氏を紹介するべく、王都から離れた領地にある自宅へと帰省していた。ローズマリーは終始ご機嫌な雰囲気であったが、彼氏であるクロード・サインは応接室にはローズマリーとその父親:カルドリア・オベール、そして自分を含めて3人だけという状況に今にも胃に穴が空きそうなほどの緊張感にさいなまれていた。
それもそうだろう。この男は今月の誕生日を迎えて現在26歳。ローズマリーと言えば花も恥じらうと言われる15歳である。この10歳差のカップルを見せつけられている父親が今、どんな心境であるのか、そればかりに気がいってしまうクロードであった。
「ふむ。クロードくんと言ったかな? うちの可愛い娘に手をつけたというのは……」
「い、いえ! まだ手をつなぐまでしかしていません!」
「ほんとほんと。クロードって今時の青年にしてはすっごく奥手なのよ。創造主:Y.O.N.N様に誓ってもいいわっ! あたしたちはすごく清らかなお付き合いをしてるのっ!」
ローズマリーは笑顔でそう自分の父親に報告する。それを聞いたローズマリーの父親:カルドリア・オベールはまるで商品を見定めているかのような視線で舐めるようにクロードを見てくる。クロードは彼女の父親からの視線を受けて、ますます胃がキリキリと鳴り出すのであった。
「まあそんなに緊張するな、クロードくん。別にきみを責めるとかそんなことをしたいわけではない。ただ知りたいのだ。どちらが先に惚れたのかをだ……」
そこに関してはクロードがローズマリー・オベールこと、マリーに惚れたと言って過言では無かった。戦場で100人斬りを達成したと同時に、100人の仲間を失ったことにより、クロードは閑職へと追いやられた。しかしながら、新たに配属された部署の隊長がマリーそのひとであった。
歳の差だけでなく身長差もかなりある2人である。クロードはマリー隊長が座った状態から立ち上がり、ペコリとあいさつをした。そして、下げた頭を元の位置に戻して、にっこりとクロードに微笑み、あなたが配属されて嬉しいと言ってくれた。その一連を間近で見せられただけで、顔からボンッ! と火が噴き出てしまったのだ、クロードは。
それから紆余曲折あった。マリーに付き合ってほしいと告白したのはクロードからだ。マリーはその時も初めて二人が出会った時と変わらぬ笑顔を見せてくれた。クロードにとって、マリーの笑顔は何ものにも代えられない宝物であった。
「という感じで、自分が先にマリー、いえ、ローズマリーさんに惚れました」
「そうかそうか……。それは良かった……。惚れたほうが負けという言葉通り、きみはうちのマリーのためなら、その命、惜しくはないのだな?」
「は、はい! もちろんです! 我が身命を賭して、ローズマリーさんを幸せにしてみます!」
ローズマリーの父親:カルドリア・オベールの含みを持たせた質問であったが、深く考えずに早急に答えるべきだと感じたクロードはなかば定型文となっている宣誓をしてみせる。それを受けて、カルドリアは自分が座っている席から一端離れる。この応接室の一角に机があった。その机の上に置いてあった呼び鈴を手に取り、チリンチリンと鳴らして見せる。
するとだ。まるで待ってましたとばかりに応接室のドアが開かれ、数名がこの部屋に入ってくる。そして、クロードの眼の前にあるテーブルにいくつかの品を置いていく。彼らはこの屋敷の
「えっと……、これは何でしょうか?」
「クロードくんが疑問に思うのも当然だ。今、きみの前に並べられた呪物についての説明の前にこの世界の歴史を語らせてもらおうか」
クロードは頭の上にクエスチョンマークを何個も並べていた。自分の眼の前に置かれていった品々は明らかに異質なオーラを漂わせていた。なのにマリーの父親はその品々の説明の前にこの世界がどういったものなのかと言い始め、さらには長々とご高説を垂れ流し始めたのである。
歴史話というよりは神話の話であった、マリーの父親が語ったことは。カルドリアはひとつ大きくため息を吐く。それに合わせてクロードはごくりっと生唾を喉の奥へと押下させる。
「災厄王。
「はい。確か400年に一度、この世界に現れて、地上の全ての生き物を殺し尽くさんとする魔物たちの王のことですよね?」
「そうだ。それがわかっているのならばそれで良い。そして、ここからが私の話の重要な部分である。我が娘、ローズマリー・オベールは災厄王の花嫁として選ばれたのだ」
「え……? それってまさかそんな……。マリーは普通と言っては色々と語弊を生みますが、自分から見ればただの女の子ですよ」
「そうだ。きみの言う通り、ちょっとアレだが、見た目はなんら余所の娘さんたちと変わらぬ15歳の女の子だ。しかしだ。マリーは産まれた時から災厄王と結びつきを持っていた。マリー、クロードくんにその
「うん。パパ。クロードにも知ってもらっておかないといけないものね……。恥ずかしいけど、クロード、よく見ててね?」
マリーはそう言うとソファーから立ち上がり、スカートの裾を両手を用いてめくりあげる。その行為によって、まさに15歳らしいみずみずしい太ももと可愛らしいショーツがクロードの目に焼き付けられることになる。クロードが違う意味でどきどきとしてしまうが、マリーが次に取った行動で、心臓が鷲掴みされたかのようにドックン! と身体全体に緊張が走る。
「マリー。そのコードはなん……なんだ。詠唱の文言のようにも見えるけど」
「これがあたしが災厄王と繋がっているって
マリーはほどよい肉付きの太ももを晒した後、次に右手で太もものとある部分をサッと払ってみせる。すると小さな赤黒い文字の羅列が浮かびあがったのだ。その文字に何が書かれているかはわからないが、可愛いマリーの身体に浮かんではいけないシロモノであることは間違いないとクロードの直感がそう囁いた。
「マリー。それを消すにはどうすればいいんだ! 俺が出来ることなら何でもしてやるから、教えてくれ!」
クロードの懇願にも似た声を聞いたマリーであった。だがマリーが答えるよりも先にカルドリアが答えを言う。
「災厄王との絆の
クロードはグッと唸るしかなかった。人類、いや、この世界に存在する全ての生き物の敵である災厄王を倒さなければならない。自分は多少、ひとよりも優れた剣の心得は持っているがそれだけでなんとかなる相手ではないことはバカでもわかる。
「いつかマリーが自分の想い人を私の前に連れてきてくれることを信じていた。そして、ついにその日がやってきた。マリーの
カルドリアはきみの眼の前に置いた武具を装着して見せてくれと促してくる。クロードは先ほど、カルドリアがこれは呪物だと言ったことを思い出す。獅子を象ったマスク。獣の手を思わせるような右腕用の籠手。年代物のマント。さらにブリーフ型のパンツ。それぞれからは言いようのないオーラが放たれていた。これを装着すれば元の日常に戻ることは出来ないぞと眼の前に並べられた呪物からそう言われてる気がしてならない。
だがそれでもクロードはマリーの笑顔が好きなのだ。マリーを悲しませる根源をこの世から排除しなければならないのだ。パンツ一丁に獅子のマスクというド変態極まりない姿になろうが、マリーの笑顔を守れるならそれでいいとさえ思えた。それほどにクロードにとって、マリーは欠かせない大切な人なのだ。
「わかり……ました。俺が……俺自身がマスク・ド・タイラーになり、マリーを災厄王の魔の手から救い出します。マリー、変わり果てた俺の姿をどうか笑わないでくれ……」