参加者名簿に記載されている名前はナイトハルト。彼女のコードネームである。本名は
「ねえさん!?」
姉に異変が起こったのは今から五年前。孤児院の玄関先で倒れている姿を、彼女は発見する。搬送先の病院では原因がわからず、別の大病院へと移動させられて、さまざまな検査をしたものの、そちらでも正確な病名はわからずじまい。ただただベッドに横たわっているだけ。意識は戻ってこない。主治医の医師に「手を尽くす」とだけ伝えられ、その場に残ることは叶わず、病院から一人で帰らされた。
その後、夜の街をさまよっていたナイトハルトに声をかけてきた男がいる。
「どうした、お嬢さん」
「あ?」
「おいおい、にらむんじゃねェよ。こんなところを可愛い子が一人で歩き回るなんて、
「……わたし、急いでるので」
おなかが鳴る。ナイトハルト、朝から飲まず食わず。たった一人の肉親たる姉の一大事に、祈るばかりだった。無力な少女には祈ることしか出来ない。待合室では話しかけてきてくれた老婆をひと睨みし、距離を置かれてしまった。他人からの心配を真正面から受け取れるほどの心の余裕さえもなかったのである。
「腹が減ってるんなら、そこの昇竜軒に行かねェか?」
「いや、わたしは……」
「お代はオレが払ってやるよ。なァに、
「いいってば!」
肩に手を回してくる男を突き飛ばさんとするナイトハルト。しかし、男はびくともしない。触れた胸板の厚みに驚く。見た目にはただの軟派な男にしか思えないのだが、人の本質は外っ面には現れないものだ。
「オレはいま、とっても機嫌がいいんだ」
この男はナイトハルトである。ナイトハルト(女)が姉の生還を神に願っていたのと同時刻、別の階で対象者を
そして、次の仕事に取りかかろうとしていた。
「だから、オマエにメシを奢って、オレの弟子にしてやってもいいと思っている」
「弟子?」
「そう。オレももうじき引退したいんだ」
「
言い終わる前に足払いされた。
「おにいさんと言え」
「いてぇ……」
アスファルトに背中を打ち付ける。後頭部があたって、ナイトハルト(女)はあたった箇所をさすった。血は出ていない。
「おにいさんだからな。いいか。わかったな」
「
「次言ったら顔を殴る」
「……おにいさん、何者?」
「オレは、ナイトハルトだ」
仰向けのナイトハルト(女)は、おにいさんと呼んでほしいナイトハルト(男)に手を差し出されて、立ち上がる。
「って、何?」
「オレにもわからねェよ。オレの師匠が『ナイトハルト』を名乗って、オレがその名を継いだ。師匠もわからんと言っていたから、誰にもわからねェな。でもそれでいい」
昇竜軒は路地裏にある中華料理屋だ。ナイトハルト(男)は「ちーっす。二名様でー」と店内のテーブルを拭いていたおばさんに話しかけて、入り口に一番近いテーブルに座る。
「何をする人?」
「おばさーん、この子ワンタンメンが食べたいんだってよー。わーんたーんめーん。オレは天津飯がいいかな。ケチャップで文字書いてよ」
「聞いてる?」
おばさんは「ケチャップで文字書くのはオムライスでしょうが! オムライスだとしても、うちはそーいうサービスはやってないからね!」と突っ込んで、ナイトハルト(男)が豪快にガハハと笑った。
「ねえ」
ひとしきり笑ってから、ナイトハルト(女)の目の前で胸ポケットからタバコを一本取り出す。ジャケットの内側から百円のライターを取り出して、タバコに火をつけた。
「無視?」
厨房に「天津飯ふたつ!」と注文を伝えたおばさんが、水の入ったコップふたつと灰皿をひとつ、テーブルの上に置く。正しくはワンタンメンと天津飯だが、天津飯しか通らなかったようだ。煙が宙にたゆたう。
「なんて言えばいいのかな」
「おじ……ううん、おにいさん自身がわからないようなことをわたしにやらせるの?」
「オレにも、今やっていることはわからない。わからないけども、ナイトハルトがやらないといけないからやっている」
「おにいさんがやらなきゃいけないことなのに、弟子をとるの?」
「オレももうじき引退したいんだ」
「ナイトハルトを?」
「そう」
タバコを咥えて、スマートフォンをテーブルの上に出す。出して、ナイトハルト(女)のほうへと押しやった。画面には『ウランバナ島建造計画』とある。
「オマエには金が必要なんじゃねェの?」
煙を吐き出してから、ナイトハルト(男)は問いかける。ナイトハルト(女)には金が必要だ。その通りだ。原因や病名がわからないのであれば、延命措置はできても適切な治療を受けさせて完治させることまではできない。できないのなら、他の病院に連れて行くか、治せるような、それこそブラックジャックのような名医を呼ぶしかない。そのためには金がいる。ナイトハルト(女)には、姉が必要だ。姉もそう思っている。と信じているので、このままずっと、眠り姫のままにさせてはおけない。
「これは?」
「五年後、この『ウランバナ島』で殺し合いのデスゲームが開催される。賞金は一億」
「待ってられるか!」
五年という年月の間に、姉は死んでしまうかもしれない。
二度と目を覚まさないかもしれない。
「殺し合い、ってとこは、いいんだな?」
「ねえさんのためなら」
ナイトハルト(男)はニヤリと笑った。そもそもナイトハルト(女)が受けないわけもないと踏んでからの、弟子としての受け入れである。
「まずは鍛えよう。話はそこからだ。どんな参加者がいても、生き残れるようにしないとな。生き残んなきゃ、金はもらえねェからな」