「アレっ!?」
尻ポケットに入れていたはずのトランシーバーがない。家の中で武器を探している時に落としたのかも。うわぁ……やっちまった……。
「どうしたの?」
ムツキが心配そうにオレの顔を覗き込む。オレはカノジョを安心させるべく「い、いや、どうもしてない。問題ない」と答えておいた。
「そう。それならいいんだけども……」
頬をもごもごさせている。ムツキが納得いっていない時のクセだ。オレは「実は、」と切り出す。ムツキになら話してもいいか。戻って一緒に探そう、だなんて言い出さないから。
「サツキがそう言ってんならダイジョーブだって!」
キサラギが被せてきた。ムツキの肩をバシバシ叩いて、前へ前へと押し進めていく。キサラギのこういう強引なところ、嫌いじゃあないけど今はやめてほしかった。そ空気を読めないのが玉に瑕。暗い雰囲気にならないように、敢えて明るくしてくれてんだと思う。オレも明るくいかなきゃ。下ばかりを見てもキリがない。前を向いて、戦わなければ生き残れない。
「また人が死んだ……」
携帯情報端末の画面を見ながら、オレらの一歩後ろを歩くオレらのチームメンバー・ナガツキ。開会式から輸送機、この決戦の地に降り立って、だんだん顔色が悪くなっていく。涙目で、ふと気を抜いたら胃のなかのものを吐き出しそうな、そんな表情をしていた。
「デスゲームなんだからアタリマエでしょーが」
キサラギの言う通り。ゲームは始まってしまった。もう後戻りはできないのだから、覚悟を決めるっきゃない。始まる前まではいつも以上に元気だったのに、今になってどうしてげっそりしているんだ。
「けどよォ、やっぱ、人が人を殺すなんて、おかしいと思わねえか?」
ナガツキが立ち止まった。体中の勇気を振り絞るかのように「死んだやつにも、家族がいるだろ? そいつらが悲しむんじゃねーかと思うと、おれは撃てないよ……!」と言って、せっかく拾ったSIGを捨てる。
「あー、ナガツキさア」
オレはポケットに突っ込んでいた十円玉を取り出す。十円玉ぐらいなら運営も何も言ってこなかった。投げつければそれなりに痛いが。
ナガツキは他に武器を拾っていなかったはずだ。もし何か持っていたとしても、頭さえ狙われなきゃどうとでもなる。ま、オレをどうにかできたところで、ムツキとキサラギが黙ってない。
他のチームの奴らは知らないが、オレらは防弾チョッキを下に着て来ている。
「オレらは何しに来たのお?」
「優勝して、一億を受けとるため」
「わかってんじゃん」
ムツキとキサラギは、男同士のやりとりをシカトして「さっきさ、RPG-7落ちてた」「うっわ。……この島、戦車あるの?」「あるのかも」「戦車って運転できるのかな?」といった情報交換をしている。
「一億ってよぉ、人を殺してでも、手に入れたいもんなのかって考えちまって」
ここまで来て何を言い出すかと思えば。オレはやれやれと肩をすくめた。答える必要性は感じない。その疑問を、もうちょっと早く、オーディションの頃に投げかけてきてほしかった。そうすれば、オレはナガツキを仲間にせず、他の人を探している。
過去に開催されたデスゲームには『4人一組での応募が原則なのに、一人で戦うものとして参加申請してくる』言葉の読めないアホが往々にして現れる。今回の『ウランバナ島のデスゲーム』にも、いた。この国は諸外国に比べても識字率が高かったはずなのに、一人で申請してくるような奴らはわざと読み飛ばしているのだろうか?
そういう奴らを集めて即席で作られたチームが25番のチーム。まだ1チームだからいいものか。過去のもっともひどい例では、全部で25チーム参加できるうちの15チームが即席チームだった。
「じゃあさ」
オレは十円玉を真上に投げた。ここは地球上なので、もちろん真下に落ちてくる。それを左手の甲で受け止めて、右手で隠した。
「表か裏、どっちが上になっているか、当ててみ」
日本国の硬貨は、絵柄のほうが表で年号があるのは裏だ。十円玉なら、平等院鳳凰堂と唐草模様がデザインされている側が表となる。
「?」
キョトンとされてしまった。オレは「こんなのも当てられないような
仕掛けたオレにも、今、どっちが上になっているのかはわからないが、オレの説明を受けたナガツキは腕を組んで悩み始める。
「えっと、表」
人の死から目を逸らしたナガツキは、それとなく回復したように見えた。オレは右手を除ける。
十円玉は、その額面のほう――つまり、裏面を空に向けていた。
「ハズレたな。まあ、でも、」
こんなおふざけでその人の運が左右されるんならちょろいもんだよな、と続け
「死ね」
ムツキは上着のポケットからCz75を取り出して、続けざまに2発、ナガツキの左胸に撃ち込んでいた。
「人殺しぃ!」
口からつばと血を吐き出しながら、ナガツキはオレらを糾弾する。さっき落としたSIGを拾って反撃しようとするから、キサラギがその左足でSIGを蹴り飛ばした。重さがあるのでボールのようには飛ばないが、それでも、ナガツキの手に届く場所から離れる。
「お前らに人の心はないのか!」
なんだか元気だが、よくよく考えたらこいつも防弾チョッキを着用しているのだった。銃弾は、左胸をグーで殴りつけるよりは強いダメージを与える程度にとどまっている。
「ある」
オレはMAC-10を構えた。今度は左胸を狙わず、ナガツキの頭に照準を合わ――こいつはサブマシンガンだから、引き金を引けばテキトーに装填されている弾をばら撒いてくれる。
ぱららららら、という小気味いい音が鳴り響いた。
<<サツキ は MAC-10 で ナガツキ を キルしました>>
人の心はあるから、苦しまずに殺してやろう。これでナガツキの所持品だったトランシーバーが手に入るから、オレが紛失したことは帳消しだ。
ほら、
【生存 78(+1)】【チーム 23】