「将、お前を愛しているぞ」
大きな手でいつも頭を撫でてくれていた。優しい笑顔に父が何時も着ていた警察官の制服が目に焼き付いている。
「お父さん、俺は警察官になる!」
そう言うと父は何処か少しだけ悲しい顔をして
「そうか、楽しみにしている」
と応えてくれていた。
だけど、その顔が痛くていつの間にか父に憧れて警察官になる夢は消え去り、流行りのIT業界へ行くことが夢になっていた。
父が亡くなる時に言った言葉がずっと心に残っている。
「お前が警察官になって……真実に行き付いたら……誤解をするかもしれないが…………はお前をずっと愛している」
……俺と同じだぞ、愛も思いも……
それは父が亡くなっても俺を見守ってくれているということだと思っていた。
将はふと目を覚まして視界浮かぶ姉と母親と仲間たちの心配そうな顔に
「……父さんの夢を見てた」
というと再び目を閉じた。
意識を取り戻したことで命の心配は無くなり茉莉と茉代は泣きながら翼や省吾や由衣に頭を下げた。
「「ありがとうございます」」
彼らに行くように指示を出して一人てんてこ舞いで仕事をしていた桐谷世羅は翼からの連絡を受けて安堵の息を吐き出した。
将が意識を失っている間に山形県警の人事異動など様々なことが進行していた。そして、その裏でJNRの和田秀雄も密かに新潟へ行き密かに動いていたのである。
西日本が落ちて今度は山形まで落ちたのである。これ以上ことが進むと六家の半数が落ちることになる。まして、残っている一人は裏切り者の瀬田祥一朗だ。
和田秀雄は息を吐き出すと
「あの時……奴が救急に連絡を入れた。奴こそ裏切り者だ」
と呟き、JR新潟駅から少し離れた小針駅の側にある喫茶店に座りながら外を見つめていた。
喫茶店はドライフラワー壁に飾られた愛らしい内装で和田秀雄がいる場所は特に観葉植物が並べて植えられて少し個室風になっている一番窓側の奥の場所であった。
彼はその席に座りカランカランと音が鳴ると少し腰を浮かせて入口を見ると入ってきた人物に手をあげて迎え入れた。その人物は小針駅を最寄り駅とする新潟県警警察学校で『勝尾時春教官』と呼ばれる人物であった。
和田秀雄は勝尾時春が前に座ると笑みを浮かべ
「山形県警が落ちた」
と第一声で告げた。
「組織の人間は更迭され今までしてきたことを再捜査され逮捕されている」
それに勝尾時春は目を見開いて息を飲み込んだ。
「ま、さか」
和田秀雄は写真を置くと
「これが警察内部で我々を洗い出している部署の人間だ。恐らくこちらを重点に動いている」
と告げた。
「新潟に入ったら始末しろ」
……俺は他にも警戒を呼び掛ける場所がある……
勝尾時春は写真を手に震えながら
「……こんなことになるなんて」
と顔を伏せた。
外は雪が白い幕のように流れ、地上に白亜のカーペットを敷き広げていた。
将は桐谷世羅から
「まあ、傷が治るまで動けねぇんだ。ゆっくり休め」
と言われて、本を一冊渡された。
『貴方も遊べる人狼ゲーム』という人狼ゲームの説明本であった。ゆっくりしろと言いながら左手で仕事関係の本を出すというのが、流石である。
将は動けないのでノートを母親に言って買ってもらい人狼ゲームの人数パターンによる進行方法を纏めた。人狼ゲームは同じ人数でも配役によって変わるゲームである。ただ、問題は別にゲームをただ楽しむためのモノではないという点である。
将は幾つかのパターンをノートにまとめると
「警察学校の人数は50名から70名くらいだから10名区切りで考えて、配役は……」
と呟いた。
母親は隣に座りながら
「将も大変ね、警察の人間は皆そうね」
と困ったように笑い、扉が開くと立ち上がって
「将、私は飲み物を買ってくるわ」
と入れ替わりで入ってきた翼に会釈をして立ち去った。
翼は将の前に座ると
「気を遣わせて悪いな」
と母親が去った後を見て言い
「来週、新潟県警の警察学校で合宿を行うことになったから知らせに来た」
と告げた。
将は「おお、そうなんだ」と呟いた。
「悪いな、天童。根津や菱谷にも言っておいてくれ」
翼は首を振ると
「いや、課長も俺も本当は東大路が動けるようになってから再開しようと思っていたんだが……新潟県警から依頼があったんだ」
と告げた。
将は驚いて目を見開いた。
「依頼? まじか」
これまで警戒され忌避され邪魔されてやってきて、望まれてやることが無かっただけに驚きであった。というか、望む県警なら心配ないんじゃないのか? なんて考えてしまいそうになる。
翼も同じようで
「何か、反対に行かなくて良いんじゃないのか? なんて思ったんだが……課長は県警からのヘルプが入っているのかもしれないからなって言ってさ」
と苦笑して
「あの人、仕事面倒くせぇとか、まだやるのか、とか言いながらきっちり熟すんだよな」
と告げた。
将はフロアでの桐谷世羅の様子を思い浮かべながら腹を抑えて
「悪い、笑かさないでくれ。傷に響く」
と告げた。
翼は慌てて
「悪い悪い」
と言い
「それで新潟県警で俺たちの担当についてくれるのが警務部じゃなくて刑事部捜査一課の神生課長で、確かに何かありそうだとは思ってる」
と告げた。
通常は警務部が取り仕切るのだが刑事部と言うのも確かにおかしいと将は思った。将はノートを出すと
「これ、一応今後のために書いた人狼ゲームの構想」
と言い
「良かったら利用してくれ」
と告げた。
翼は受け取ると
「サンキュ」
と応え、立ち上がると
「じゃ、一応報告だけだから……無理するな」
というと立ち去った。
将は彼を見送ると窓の外を見て
「新潟県警か……頑張れ」
と小さく呟いた。
将の書いたノートを手に翼は警察庁組織犯罪対策部内部組織犯罪対策課のフロアに戻ると新潟県警の資料集めをして待っていた省吾と由衣にノートを見せた。
「東大路が考えていた今後の人狼ゲームの幾つかの案だ」
それを見て省吾は
「ゆっくり休めばいいのに」
と言い、ノートを机の上に置いてぺらりぺらりと捲った。
由衣は苦笑しながら
「休めと言いながらきっと桐谷課長に本を渡されたんだわ」
と全てを見透かしたように言い
「この中から案を練りましょ」
と告げた。
桐谷世羅は先に新潟へ行って要望してきた人物に会うと新潟でもかなり田舎の雷駐在所で落ち合っていた。雪が深いこともあって新潟駅で新潟県警刑事部捜査一課長の神生波留と落ち合い雷駐在所へと向かったのである。
白い山の稜線と道路の両脇には白く染まる畑と境が見えないが雪の下にある農道が広がっていた。桐谷世羅は車窓からその様子を見ながら「すっげぇ田舎だな」と考えつつ、見えてきた道路の脇にありやっぱりこんもりとした雪の木々に囲われた交番を目にした。
神生波留は車を駐車場に停めると
「ここが雷駐在所です」
と駐在所の戸を開けると中にいたひょろーんとした壮年男性を見て
「白木警部補、来ていただきました」
と敬礼した。
桐谷世羅も「さむっさむっ」と飛び込むように中に入り
「初めてお目にかかります。内部組織犯罪対策課の桐谷世羅です」
と敬礼した。
雷駐在所で定年後も再雇用で駐在員を続ける白木啓介も敬礼し
「いやぁ、寒いところすみませんねぇ」
とにこにこと笑うと奥の生活空間にあるポットでお茶を入れると二人の前に置いた。
「もうねぇ、ここは本当に雪が凄くて……雪掻きで腕が太くなりそうで」
桐谷世羅はひょろーんとした白木啓介を見て
「いやいや、全然太くなったように見えねぇんだけど」
と心で突っ込みながら苦く笑って
「面白い駐在さんだ」
と呟いた。
神生波留も肩を竦めると
「そうなんですよ」
と言いながらお茶を飲んだ。
桐谷世羅も「いただきます」とお茶を飲んだ。
白木啓介はそれを見ると
「貴方はぶっきらぼうに見えますが、内面は全く違いますね。とても繊細で責任感も強い」
と言い正面に座り表情を変えると
「貴方なら信頼できます」
と告げた。
桐谷世羅は目を見開くとふっと笑むと
「こりゃ、一角の人間だな」
と肩を竦めると
「それで今回の依頼の件をお聞きしたい」
と告げた。
白木啓介は頷くと
「実は先日、5年ぶりに県警本部に出向いたんですけどね。警察学校に勝尾時春という教官が5年前の彼と違う人になっている」
と告げた。
……。
……。
桐谷世羅は「んん??」と目を細めて、隣に座る神生波留を見た。真面目に本気でこの人物の話を信じたのか? という疑惑の視線である。
神生波留は息を吐き出し
「正直に言うとある程度は調べています」
と言い書類を渡した。5年前からの採用された新人警察官の試験成績と卒業時の成績表である。
「勝尾時春は5年前から教官職を担っていましたが極秘に調べたところ1年前から突然本来なら不合格の人間を合格に変更し県本部配下の交番勤務にその人物を回していたことが判明しました」
……つまり彼の息がかかった人間が1年前から少なくとも5名以上はいる……
桐谷世羅は目を細めて
「しかし人事権は教官一人じゃぁどうしようもないだろ。まあ、学校での成績がモノを言うのは言うけどな」
と告げた。
神生波留は頷いて
「ええ、その辺りも内偵したら去年に希望で配属された警務部警務課第一人事係の松本圭也巡査が警察学校へ度々訪れて勝尾時春と接触しているのが分かっています」
と言い
「松本巡査は元々勝尾時春教官の教え子で話では配属の助言をもらうためと言っているそうですが……まあ、この辺りは普通でもあることだったので見過ごされていました」
と告げた。
桐谷世羅は腕を組むと
「確かにそうだな。それに卒業したばかりの新人警察官の交番勤務の配置だ。それほど重要視されてはいないところだしなぁ」
と呟いた。
白木啓介はそれに
「しかし、地域課の交番勤務から誰もがスタートを切って2年ほどで新しい配属へと移っていくと考えるとこれが重要なんですよねぇ」
と告げた。
「成績によって中央に近い重要な交番勤務が埋まり、人のいない駐在所になると出世がね」
桐谷世羅は彼を見て
「確かにあんたの言う通りだ。交番勤務の場所によって出世が変わるのは事実だ。正に外堀を埋めて中へと侵入するか……」
と告げた。
「今年の初めに警察庁長官の元に外部からの密告があった。JNRと警察庁内部では呼んでいる組織だがそのJNRが人員を潜り込ませてその組織に都合の悪い事件を揉み消していたことが分かっている。もしかしたら勝尾時春とその警務部の第一人事係の松本圭也巡査もそうかもしれない」
白木啓介は安堵の息を吐き出し
「いやぁ、何寝言を言っていると言われるかと思いましたけどね」
と言い、神生波留を見ると
「神生課長は本物の勝尾時春の発見をお願いしますね」
と告げた。
桐谷世羅は彼を見ると
「それは本物は死んでいると?」
と聞いた。
白木啓介は冷静に
「そうでなければ良いと思いますが……他人が数年も成り代わり、且つ背後に組織がいると考えると可能性は高いかと」
普通は人が生きて活動している以上は痕跡がある。と答えた。
桐谷世羅は立ち上がりながら
「あんたは怖い人だな、するりと人の心に入る柔和さを持ちながら認めたくない現実を見つめる目も持つリアリストでもある」
と敬礼をした。
「そうそう、こっちの若いのを送る手はずを整えるが……力を貸してもらいたい」
白木啓介は立ち上がると
「こんなうだつの上がらない老兵のような人間で良ければ」
と答えた。
桐谷世羅は笑むと
「ああ、貴方が良いと思ったからな。宜しくお願いする」
というと、神生波留を見て頷いた。
その時、白木啓介が「ああ、そうそう」と呼び止めると
「これは余談なんですが……そのJNRという組織が各地の警察に浸食しているとしても秋田県警だけは大丈夫だと思いますよ」
と告げた。
桐谷世羅は肩越しに見て
「何故?」
と聞いた。
白木啓介はにこやかに笑むと
「あそこの県警本部長は隼峰統と言う人物がしていましてね。両脇もかなり固いし……何よりも秋田自体が特殊な土地柄ですから」
と告げた。
「JNRの人間が潜り込んだとしても直ぐに神の眼で弾きだされてしまいますよ」
桐谷世羅はピシっと動きを止めて
「本気か? それともからかわれているのか??」
と心で突っ込みつつも
「……内容は突拍子もないが何故か信用していい気がするのが怖いな」
と呟き
「ご助言ありがとうございます」
とだけ返して駐在所を出た。
雷駐在所の周囲はホテルもマンションもない片田舎。白い稜線にどこまでも続く白い田畑の向こうにぼんやりと木か町のビルか分からないものが見えるだけの場所である。
桐谷世羅は車の助手席に乗り込み神生波留が車を走らせると暫くして
「白木啓介警部補はあそこでずっと?」
と聞いた。
神生波留は運転しながら
「いえ、35歳から60歳まで刑事部捜査一課におられました。俺はその最期の生徒で」
と懐かし気に告げた。
「その後、再雇用されて雷駐在所に戻られたんですよ。元々は雷駐在所で35歳まで勤務されていたので」
……ただ秋田県警については信用して良いと思いますよ……
「秋田県は隼峰家という神代の土地と言われているので強ち白木さんが言うのはハズレじゃないんですよ」
桐谷世羅は驚きながら
「なるほど」
と応え
「しかし、あれだけの人ならノンキャリアでももっと出世しただろうに」
と心で呟いた。
神生波留はそれを見越したように
「凄すぎたんですよ」
とさらりと告げて車を走らせ続けた。
桐谷世羅は新潟駅まで送ってもらうとその足で新幹線に乗って東京へ戻った。翌日、フロアで翼と由衣と省吾の三人に『勝尾時春』のことと『松本圭也』のことを伝えた。
その上で
「新潟県警で再雇用の駐在員の白木啓介警部補に助力を願っている。率先して連携をとれ」
と告げた。
率先して連携をとれ……と言われ、翼も省吾も由衣も顔を見合わせた。どんな凄い人なのか気になったのである。三人は敬礼をすると書類を纏めた。
翼は省吾と由衣が用意した新潟県警の一覧と勝尾時春と松本圭也の身上書を見て
「……この二人か」
と呟き
「でも、人に成り代わるなんて可能なのか? ましてそれを見抜くなんて」
と心でぼやいた。
ただ翼の思考を埋めているのが不安であった。
確かに人狼ゲームは出来る。それにJNRの人間の空気も恐らくは自分の方がよく読める。だが、それだけではダメなのだ。狼を見つけ出して屈服させ……そして、他の人間を鼓舞する。心を動かさなければならないのだ。
今までその部分を将が担当してきたのだ。
翼は息を吐き出すと組織の人間の可能性がある人物を交えて10名ほどを拾い出し
「すみませんが、出かけてきます」
と立ち上がった。
省吾も由衣も顔を向けた。桐谷世羅は全てを見抜いているように
「おう、東大路に宜しく言っておいてくれ」
と告げた。
翼は頷くと
「わかりました」
と応えてフロアを出ると将が入院している病院へと向かった。
桐谷世羅は不意に
「そう言えば、東大路の母親と瀬田祥一朗が話をしていたみたいだがどういう関係なんだ?」
と思い出しながら心で呟いた。
瀬田祥一朗はJNRの六家の一人である。同じ鹿児島に六家の一人である松村当二もいた。あと、4人。その一人が山形県警で問題を起こそうとしていた人間なのだろう。
なるみ礼二の後を引き継いで駐在所に勤めた6名が恐らくは六家なのだ。名前と住所は分かっているが何もなく踏み込むことは出来ない。
「あの瀬田祥一朗も結局は鹿児島で起きた全ての事件には関わっていなかった」
だから捕まえることが出来なかったのだ。
その小さな呟きに菱谷由衣は視線を一瞬向けたものの直ぐに作業に戻った。
同じ頃、将はベッドの上で息を吐き出していた。一か月ほどは入院ということで退院後も激しい運動は暫くNGと言うことである。
勿論、今の仕事はそれほど激しくはないので、勤務することは加納だろう。だが、問題は『今』だ。
「後一週間か……退屈だ」
その時、戸が開いて翼が姿を見せた。
「よう、本当に暇そうな顔をしているな」
将は顔を向けると
「おお、新潟県警の方はどうだったんだ?」
と聞いた。
翼は頷くと
「ああ、どうやら学校の教官が怪しいらしい。それと警務部の一人がな」
と告げて、今回選抜した10人の身上書を出した。
「これは俺が拾い出した今回のメンバーだ」
将は見ながら
「なるほど、こいつとこいつに天童は目をつけたってことか」
と二枚引き抜いて渡した。
「一人は親が公の仕事でもう一人は……自営業なのに家を継いでいない感じだな」
翼は目を見開き
「よくわかったな」
と告げた。
将は笑って
「まあ、この前話を聞いてたからな」
と応え
「それで10名だけどどのパターンで行くつもりなんだ?」
と聞いた。
翼はノートを開いて見せた。
「この狼2に狂人1占い師1で行こうかと思ってる」
と告げた。
将は頷いて
「なるほどな」
と言い、少し考えると
「教官がおかしいって事なら、教官を嵌めるのも良いんじゃないか?」
と告げた。
翼は「え?」と聞き返した。
将は笑むと
「教官に先に配役を渡すんだ」
と言い
「その反応をみても良いと思うけど」
と告げた。
「きっと自分に都合が悪そうなら何か言ってきそうな気がする」
翼は驚きながら
「あ、ああ」
と応え俯くと暫く沈黙を守った。
将は何時にない歯切れの悪い翼に
「どうかしたのか? 天童」
と聞いた。
翼は息を吐き出すと
「いや、俺がお前のように……できるのかって思ってな」
と苦く笑みを浮かべた。
自分と東大路将は違うのだ。自分が彼のように相手を見抜き、屈服させ、そして、他の新人警察官を鼓舞できるのかどうか。そう考えた時に出る答えが『No』なのだ。
将はジッと翼を見て
「……別に天童は天童だし、俺は俺だから俺のようにしなくていいぜ」
と告げた。
「天童らしくすればいい。俺だって天童のようにはきっとできない」
翼は小さく息を吐き出すと
「お前にはわからないさ」
と立ち上がると、そのまま背中を向けて立ち去った。
将は動きかけたものの傷を抑えて
「はぁ!? ったく、わかってないのは天童だろ」
と呟いた。
将は天童翼の持つ目を持っていないのだ。誰が悪に染まろうとしているのか。JNRが誰の手を引こうとしているのかなど分からない。それをこれまで見つけてきたのは彼なのだ。
「わかってないのは本当に天童の方だ!」
将は息を吐き出すと窓の方を見つめた。
桐谷世羅は暗い表情で戻ってきた翼を見ると
「やっぱりだな」
と心で呟き、立ち上がると
「よし! 色々手配もあるから明日には計画書を提出しろ。それで明後日から新潟に乗り込め」
と告げた。
「根津は合宿時の天童のフォローと向こうでの設置とかの準備をしろ。菱谷は根津と警備部の連絡係だ」
……天童は本番まで自由行動だが新潟県警の協力者に計画書を説明しながらそれでよいかを相談する……
「わかったな!」
三人は敬礼をして
「「「はい」」」
と答えた。
省吾は翼の表情を見ると
「翼、大丈夫かなぁ」
と心で呟いた。
これまでずっと側にいたが、東大路将と出会ってからの翼は少しずつだが変わり始めていたのである。それは良い方の変化だと省吾は思っているが、その変化につきものの壁にいま当たっているのだろうと感じたのである。
初めての一人での人狼ゲームのストーリーテイラーだ。ただのゲームならそれこそものの見事にやってのけるだろう。だがこのゲームは唯のゲームではない。警察に入り込みその権力を使って隠蔽や事件を起こそうとしている悪意を抱く人間を見つけ出し、その人間を屈服させ、且つ、そこにいる善良な新人警察官を鼓舞する役割があるのだ。
一度はJNRという組織に足を踏み入れ光がまぶしくて目が開けられない状態で善良な新人警察官を鼓舞する役割が担えるのかを不安視しているのだと省吾には気付いていたのである。
「だけど、東大路は東大路だし……翼は翼だから……俺はきっと大丈夫だと思ってる」
省吾はそう呟いて準備を始めた。
二日後、翼と省吾と由衣は新潟へと旅立った。将は見舞いに訪れた桐谷世羅からそれを聞き
「天童はどうでした?」
と聞いた。
桐谷世羅は笑むと
「まあ、お前がいなくて不安そうだったが……大丈夫だ」
と言い
「お前はどうだ? 天童がいなくなったら」
と聞いた。
将はそれに
「勿論、不安だけど……でもやるしかない……と思ってます」
と真っ直ぐ見つめて応えた。
「もちろん、天童や根津や菱谷がいて安心できるし、俺は天童達のように悪意を抱こうとする人間を見極める目を持っていないと思ってる。それでも見つけたら見逃す気はない」
桐谷世羅は「そこだな」と言い
「お前は多々倉と同じタイプだ」
と言い
「お前はそれでいい。それにな、お前はちゃんと悪意を抱く人間を見つける目を持っている」
と告げて
「天童は大丈夫だ。成長して帰ってくるから安心して待っておけ」
と立ち去った。
将は笑顔で見送り
「退院したら……高見の見学にいってやる」
と呟いた。
将がそんなことを考えているとき、翼と省吾と由衣は新潟駅の雪景色に目を見開いていた。駅の周辺の道路は雪がなく道が見えているが……その雪が寄せられた場所にはこんもりとした雪の山が出来ている。しかも歩道には雪が積もっているのだ。
翼は慎重に歩きながら
「滑らないように気を付けねぇとな」
と言い、隣で滑りかけた由衣の掴み
「……そうか菱谷は」
と呟いた。
彼女は笑みを浮かべて
「ありがとうございます。はい、大阪の方は殆ど雪が降りませんから」
と答えた。
省吾も慎重に足を進め
「まあ東京の方は少しだけど降るからね」
と言いながら走ってやってくる人物を見て
「強者だ」
と告げた。
その人物は彼らを見ると前で止まり
「遅れて申し訳ない。菱谷警部補と天童巡査と根津巡査でありますね」
と笑顔で告げた。
「新潟県警本部刑事課捜査一課長の神生波留であります」
それに遅れながらやってきたひょろーんとした壮年男性も敬礼し
「ようこそ、村上署地域課雷駐在所勤務の白木啓介警部補です」
とニコッと笑った。
「いやいや、我々は歩きなれているが、東京や大阪からならびっくりでしょう」
……まあ、慣れていると言っても滑る人間が皆無じゃないですからねぁ……
そう笑った。
省吾はアハハと笑って
「ですよね、いまねぇ」
と由衣を見た。
由衣は笑って頷くと
「はい、確かに大阪では雪が降らないので」
と懸命に踏ん張っていたのである。
翼は一歩前に出て二人を見ると出発前に桐谷世羅に言われた名前を思い出して
「この人たちが……課長が是非協力連携しろと言った二人か?」
と心で呟き
「是非というからどんなにすごく偉い人かと思ったけど」
と思い、敬礼すると
「あの、それで新潟県警本部は」
と告げた。
白木啓介は笑って
「その前にそろそろ昼食時間だし、食事をしようと思ってね」
と言い
「良い店を知っているんだ」
と歩き出した。
翼は「え」と思いながら
「いや、俺……そんな気に」
と言いかけた。
が、由衣が
「天童くん、ここは従いましょう」
と告げた。
省吾も頷いて
「そうだよ、ちょうどお昼だし……早い目に入ったんだから」
と足を進めた。
翼は戸惑いながら頷くと
「こっちはそんな気分になれないのに」
と思いつつも足を進めた。
その後ろに着くように神生波留も足を進め、三人を背後から観察をした。翼はそれに気付くと二人の後ろをさり気なく歩きながら緊張感を走らせていた。
前を行く白木啓介が案内した店は駅の近くにあるが大通りから少し中に入った雪掻きも疎らな雑居ビルの一角にあるスナック佐渡と看板のかかる店であった。