11月に入ると東京でも雪が降る日がある。晩秋と言うよりは冬到来である。
東大路将は厚めのコートを警察庁刑事局組織犯罪対策部内部組織犯罪対策課のフロアに入ると脱いで自身の机の後ろにあるハンガーにかけて椅子に座った。
天童翼と根津省吾、菱谷由衣は既に机で新潟県警に出向くための準備をしており、将も新潟県警の警察学校の在籍者のリストを見ながら振り分けをしていた。
警察内部に入り込んで犯罪組織の人間を見つけ出して更迭するのが仕事で4月に事実上発足して約半年、警視庁から始まり、大阪府警に愛知県警、最期は鹿児島県警と西日本の警察内部から組織の人間を排除した。
その目まぐるしさから言えば今はかなり落ち着いた日々である。が、新潟県警を皮切りに今度は東日本から犯罪組織の面々を見つけ出し排除しなければならない。
そのため4月になって計画が実行されれば忙しい日々が始まるだろうことは将以外の翼や省吾や由衣にはよくわかっていた。
しかし、内部組織犯罪対策課の課長である桐谷世羅が最後に入ってくると彼らを見て
「ちょっと集まれ、話がある」
と作業中の将たちを呼び集めた。
将と翼と省吾と由衣は即座に立ち上がると駆け寄った。窓を背にして椅子に座り桐谷世羅は一枚の紙を机の上に将たちの方に向けて置いた。
それが、新たな警狼ゲームの始まりであった。
4月の時に警察庁長官である鬼竜院闘平が動いたのは一通の密告文章からであった。通報者は未だに分かっていない。
だが、警察庁で調べるとその密告は正しく西日本から犯罪組織の人間を排除することが出来た。その密告が再び送られてきたのである。
『山形県知事が狙われている。『セクハラスキャンダル』を作り上げて県知事を追い込み自殺に見せかけて殺す計画が練られている。山形県警の人間も加わっている』
そういう内容であった。
桐谷世羅は将を始めとして他の面々を見て
「新潟は後だ。先に山形を攻略する」
と告げた。
「今回は山形から順次東北を回っていく形にするので当分東京には帰れないと思ってくれ」
将は驚いて翼と省吾と由衣を見た。三人も驚きながら顔を見合わせた。
桐谷世羅はにやりと笑って
「いいか、狼はまだこちらが動き出しているのを知らない。つまり相手が余所を見ている間に最大限のカウンターを食らわせ一気に畳みかけると言っているんだ」
と告げた。
「どちらにしてもやらなきゃならない。ならば、向こうがよそ見をしている間にやった方が良い。別に新潟からするというのに意味があったわけじゃないのだからな。それに手順に囚われ過ぎて逃したチャンスは二度とこない」
翼はそれに
「確かにそうだな」
と呟いた。
「俺も省吾も身寄りや他に家族がいるわけじゃないから東京に暫く帰れなくても問題ないから、東大路と菱谷が追いかけてくる方でも良いぜ」
将は腕を組んで
「まあ、俺も問題はないと思う。姉貴も母さんも警察の仕事だったら喜ぶ」
とハハハと力なく笑った。
翼も省吾もその辺りは7月の人狼ゲームの時に事情は把握しているので苦笑をするしかなかった。問題は菱谷由衣である。彼女については『組織に敵対する第三勢力の人間だった』ということ以外に特記したモノが将の中にも翼の中にも省吾の中にもなかったのだ。
それこそ家族構成も知らないという状態であった。
由衣は笑むと
「私も大丈夫です。心配なのは冷蔵庫の中の生ものだけなので今日帰ったら食べておきます」
と答えた。
将は「んん」と自身の部屋の冷蔵庫の中を思い浮かべながら
「飲み物以外に心配するモノがない」
と心で呟いた。
実家では母親が何時も料理を作ってくれていたのではっきり言えば料理経験はゼロなのだ。しかも、内部組織犯罪対策課で合宿中は外食や弁当なので作る必要もない。今はコンビニ弁当である。
翼はあっさりと
「あ、俺らも片付けないとな」
と省吾を見た。
省吾はそれに
「じゃあ、お鍋かな。それで出発まではお弁当で良いんじゃないかな?」
と答えた。
将は横っ飛びしながら
「え!? 天童と根津は自炊派!?」
と叫んだ。
翼は頷いて
「俺、料理できるぞ」
と答えた。
「省吾は鍋担当だな」
桐谷世羅は冷静に
「俺は作らん。若葉が料理上手だからな」
とポソリと答えた。
将は戸惑いつつも
「もしかして……奥さん……いるんですか?」
とチラリと桐谷世羅を見た。
桐谷世羅はあっさり
「ああ」
と答えた。
それに4人ともが『既婚者!?』と心で叫んで凝視した。
こう言ってはなんだが癖はあるし口は悪いし、性格も一見しただけでは良さそうに見えない。だが、既婚者なのだ。
翼はこれ以上ないくらい真剣な顔で
「まじか」
と呟いた。
桐谷世羅は驚く4人を気にした様子もなく
「よし、山形県警の合宿日程と場所を今日中に選定する。11月だから島というわけにはいかないが、出来るだけ邪魔が入らない場所を選ぶ」
と言い
「俺は少し寄るところがあるので先行する。お前達は詳細を書いて置いていくので読んで合宿計画を立てて三日以内に来い」
4人は敬礼すると「「「「はい」」」」と答えた。
翌日、桐谷世羅は手書きのメモを置いて旅立ち、4人はそれを見て暫く呆然と立ち尽くしていた。
将は目を細めたまま
「……簡易過ぎないか?」
と呟いた。
翼は冷静に
「まあ、課長らしいけどな」
とぼやいた。
省吾は二人を見ると
「だって本当に日付と場所だけだよ」
とアワワと呟いた。
菱谷由衣は苦笑を浮かべて
「ここが課長の課長らしさかも知れませんね」
と告げた。
内容は本当にあっさりしていて合宿として確保した場所と日時であった。
『山形県総合運動公園・屋内多目的コート・総合体育館』
『11月30日12月1日2日』
それと山形県警配下の警察学校の生徒の身上書であった。
将はそれを見て「ん?」と思ったものの
「全員で54名か」
と呟いた。
この中に組織の人間がいるかどうかは真っ白である。これまでは最低でも一人は前もって分かっていたのだ。いわば、これまでは芋ずる式で組織の他の人間も見つけてきたのだ。しかし、今回は分からない。
見逃す可能性はあるだろう。
それに翼が
「それが全てではないが組織の人間の傾向性ならわかる」
と告げた。
将は翼を見た。
翼は身上書をパラパラ見ながら
「俺と省吾は苗字が違うけど兄弟だ」
と告げた。
将は驚いて翼を見た。由衣も同じで驚いて二人を交互に見つめた。
省吾はにっこりして
「あれ? 言ってなかったっけ」
と告げた。
将は首を振ると
「聞いてないな」
と答えた。
由衣も驚きながら頷いていたのである。
翼と省吾は二卵性双生児で生まれたが4歳の時に両親が事故で亡くなり、その後は愛彩養護園という施設で暮らすことになったのである。翼は天童家に引き取られ、省吾は養護施設で生きてきた。だから苗字が違うのである。
翼は笑むと
「つまり、俺は元々の苗字が根津なんだ」
と告げた。
「でも天童の両親は10年だったけど俺を凄くかわいがってくれたし、省吾はそういうの大切にしないとダメだって……苗字が違っても兄弟だって言ってくれて」
……養護施設で再会して18歳で施設を出て働きながら大学へ行きだした頃に一足先に就職してた人に誘われて組織に……
将は視線を動かして
「その人がもしかして……俊也って人?」
と聞いた。
翼は頷いた。
「先に警察に就職したけど……自分にはできないって辞めて……新しい仕事だって出掛けたまま」
省吾は泣きそうに俯きながら
「ん、俺達には兄みたいな良い人だったんだ」
と言い
「今もそう思ってる」
と告げた。
将は二人を抱きしめると
「そうか」
と言い
「その人の分も二人は生きていかないとな。それにきっとその人は今安心してると思う」
と告げた。
翼も省吾も将を見た。
将は笑むと
「だって、その人は自分には警察の中で隠蔽できないって辞めたんだろ? 同じことを自分のことを慕ってくれているお前達がしてたらきっと悔やんだと思うぜ。遠野さんだってそうだったじゃないか」
と告げた。
「だって、自分の好きな人間に自分が嫌なことをさせて喜ぶ奴いないだろ?」
翼は省吾を見て
「確かにな」
と笑った。
省吾も頷いた。
「だよね」
由衣も笑みを浮かべて三人を見つめた。
翼は身上書を見て4枚ほどリストアップをして
「可能性の問題だが」
と告げた。
4人は共通項がある訳ではない。将はそれを見て翼を見た。
「何故?」
翼は将の問いかけに
「一つは父親の職業が役所など公務関係。一つは親が個人業。経営状況を調べる必要があるかな。それでこの一人については家族構成に疑問」
と説明した。
将は頷くと
「わかった。取り合えずこの4人を軸に考えよう」
と告げた。
「元々、いない可能性もあるから4人を軸にして全体的に俯瞰して見ながらやろう」
そう言って4つの班に分けてそれぞれ実家の住所の近い人間がいたのでその二人だけは一緒にして振り分けた。
54名なので16名、13名、13名、12名としたのである。13名に一人ずつ、そして、16名は誰も入れず、12名に二人配置したのである。
10人越えは将も初めてであったが、元々、人狼ゲームの配役の変更なども考えていたので狂人と占い師を追加して、人狼を3名とした。
翼が息を吐き出し
「これでいいな」
と言った時に将は息を吐き出して
「もう一案作っておこう……万が一用に考えておいた方が良いから……」
と同時に見つめてきた三人に唇を開いた。
計画書と手順を作り翌日、四人は山形へと飛んだのである。先行して山形へ向かっていた桐谷世羅と合流し、予め取っていたホテルの一室に集まり会議を行った。
リビングに個室が3つあり、最大9人宿泊できる部屋であった。警察の中にも組織の人間がおり、極秘で動く以上は拠点となる場所が必要だったのだ。
その為に桐谷世羅は多人数で泊まれる部屋をチャージしていたのである。テーブルに5人が集い、将が桐谷世羅に計画書を見せた。
桐谷世羅はテーブルに置かれたそれを手にすると
「なるほど、悪くない」
と言い
「ただな、今回のメインは密告の事実確認と知事が狙われるということは知事が組織にとって不利になる情報を持っているということだからその内容を知ることだ……人狼ゲームの方は二次的なものだと考えてくれ」
と告げた。
将は内心で
「やっぱり」
と心で呟きつつ
「実はもう一案考えてきました」
と答え、隠していた予備用の紙を置いた。
「課長が置いていったメモ書きを見て、一応そういうこともあるかと思って考えていました」
それは54名全員が対象ではなく問題の4人を2人ずつに分けて12名一班で二班のみ行うというものであった。
桐谷世羅は将たちを見てニヤリと笑うと
「やりやすくて助かる」
と言い
「じゃ、合宿の実行は東大路と天童の二人でそれぞれ一人ずつが担当になって行ってくれ」
と告げた。
由衣と省吾は同時に「「自分たちは?」」と聞いた。このままでは手持ち無沙汰になる。やることが無いのだ。
桐谷世羅は笑って
「安心しろ、二人には重要な仕事を頼む」
と言い
「いま弓削県知事には八重塚圭に秘書としてついて貰っている。メディアの方の動きは遠野秋日が協力してくれると言ってくれた。菱谷と根津は合宿のフォローということで警察内部での動きを見張っておいてくれ。一応、東大路のフォローは菱谷で、根津は天童だな」
と告げた。
そう、合宿は行わなければならないが全員がいなくなった後に県知事へスキャンダルでっちあげ襲撃が行われると対処する人間がいなくなるということになる。それを回避するために由衣と省吾には合宿のフォローという名目で警察内部の動きを見張るように告げたのである。
由衣は敬礼すると
「了解しました」
と答えた。
省吾も慌てて
「俺もです」
と答えた。
計画は即座に発動し翌朝、実行に移されることに決まったのである。会議が終わり桐谷世羅は遠野秋日と八重塚圭との情報連絡のために部屋を出た。
翼は将を見ると
「第二案を用意しておいてよかった。さすがだな」
と告げた。
将は首を振ると
「いや、俺は課長が場所を二か所しか取っていなかったので可能性を考えただけだから」
と言い、腕を組むと
「考えればさ、これから先はこういうことは多分にあるし、もしかしたらこういうモノばかりになる可能性があるなって考えた」
と告げた。
由衣が「それは?」と聞いた。
『こういうモノ』がどういう内容を指しているのか分からなかったのである。翼にしても省吾にしても将の思考が読めなかったので沈黙を守った。
将は三人を見ると
「今までは『誰が狼か』一人は分かっていただろ? でもこれからは表向き『狼がいない』状態で『いれば』見つけないといけない」
と告げた。
翼は頷くと
「確かにな」
と答えた。
将は翼と省吾と由衣を見ると
「俺はどちらの組織にも言えるけど、組織という枠に入ったことが無いから天童が選別したようにすることが出来ない」
と告げた。
「今回天童が教えてくれた時に分かったんだ。そういう組織に入るにはきっと『理由』があるんだと」
翼と省吾は養護施設で出会った兄のような人物からの誘いだ。きっと俊也という人物にも誘う人間がいたのだろうが、理由は三人とも『生い立ち』である。
由衣にしても『家族をその組織によって失う』という理由があって第三勢力の中へと入ったのだ。
将には想像が出来てもわかることが出来ない。そして三人とも組織の中にいたことで組織の人間が目を付ける人物がどういうタイプの、どういう理由の、どういう環境の、人間かをきっとある程度理解しているのだろうと将は思ったのである。
将は三人を見つめて
「恐らく俺たちの警狼ゲームはきっと本当の段階に入ったんだと思う」
と告げた。
……これまでは狼の一人は分かっていた。だが、通常は全く真っ白の状態で行うことになる……
「密告なんてある時はある、無いときは無いから」
だからこそこれまで内部に組織の人間が入り続けていたのである。そして幾つかの事件が隠蔽されていたのだ。現実こそ真の人狼ゲームなのだ。
由衣をこくりと固唾を飲み込んだ。翼と省吾も同じであった。