百十七話「日の出にかけた願い」



 ゾニー視点。



「イブさん!! ここは我々が引き受けますよ!!」


 巨大な青竜の目の前に、翼を生やした魔物が「グルル」と唸っていた。

 そんな様子を発見した僕らは剣を抜いて。


『すみません、近衛騎士団の皆さん!! 頼んでいいですか? 』


 イブが空中で魔物に絡まれ、落ちた先は『大魔法図書館』だった。


 高く石で建築された図書館の前で。

 ゾニー達、十五部隊と遭遇してしまったのだ。


 イブが異業種を置いて飛び立つと共に、

 地上では戦闘が起こっていた。



 激しい突風が常に現場には吹いていた。

 僕は剣を構え、他の部隊の人間に周囲の避難をさせながら。


「――【剣技】火我射・葉月切りッッ!」


 剣を魔物の背中で火花を纏った剣を振るう。

 しかし、どうしても刃が通らなかった。


「固い、どうなっている? うわっ」


 僕が混乱しているとまた一層と風が強くなった。

 何が起こっているのか、まったく想像ができなかった。

 想定も何も出来ない。

 敵がどういう存在なのか、なんの能力を持っているのか。


 魔物は地面に伏したまま動かないのに、何故か風だけが周囲に吹いていた。


「この異形種、何なんだ……!」


 異形種。

 本来魔物とは特質すべき性質は上位種以外持っていなかった。

 それにその上位種すらも、出現報告が数えるほどしかない。

 なのに、この異形種は、

 上位種よりも強い特殊さを持ち、

 そのうえで多数このグラネイシャに出現している。


 ……元来、あのストロング・デーモンでも討伐難易度は『SS級』だと言われているのに。

 この異形種は明らかに、それ以上の強さを秘めている。

 この特異性なら『SSS級』か?

 ならば、確実に僕達では勝てない。


 『SSS級』と分類される魔物は一筋縄では行かない。

 その中には神獣と言われる物も多い。

 そしてレベルに達する脅威が、この国に攻め入っている。

 死神、魔物を操る少女。

 ……第二次魔界大戦争でも起こすつもりなのか?


 いいや、今はそんなことを考えている暇はない。

 目の前の敵に集中しなきゃ。

 どちらにせよ、

 今力勝負に持ち込まれると、確実に負ける。


「――――」


 馬鹿力を持っている敵に有効なのは頭を使った戦闘だ。


 敵の強さを測り、敵の脅威を理解し、習性を理解し。

 そのうえで頭を使う。

 だが、ここまで情報がないと。

 作戦を練る以前の問題だ。


 このままこの魔物を放っておいて、『ファイトフィールド』が来るのを待つのも手だが。

 出来るだけ魔物を減らしておくのが我々王都組の仕事だ。

 こうしている間にも、他の部隊が続々と魔物をこちらまで追いつめている。


「ゾニー!!」


 僕が、動いていない魔物の背中で剣を振っていると。

 後ろから女性の声が聞こえた。

 振り返ると、強風の中に金髪の彼女がいた。


「ナタリー!! このまま攻撃は続ける!! 倒すまではいけなくとも、ここに抑え込むくらいは」

「了解したわ! とにかく、風のせいで援護が遅れるけど……!」

「分かってる!! 動き出したらすぐ逃げるさ。そっちも結界魔法の準備を」


 結界魔法でどのくらい時間が稼げるか分からないが。

 ファイトフィールドが来るまでは稼げるだろう。

 ……時計を持っておくべきだった。

 予定時刻を確認できない。


「……時計は持ち歩くべきだな」


 時間さえ分かれば作戦を練れるというのに。


 ――その瞬間、周囲に異変が起こった。


「……なんだ? この異変、違和感は」


 おかしい。

 何かおかしい。

 確かに雪も降るくらいこの季節は寒いけど。

 そうだけど、それとは違う。



 ……ここ、こんなに寒かったっけ?



「ゾニー!! 大変!!」


 声が聞こえた。ナタリーの声だった。

 僕は振り返るのと同時に、ナタリーは叫んだ。


「凍ってる!! 風が、凍ってる!! そこは危ない、逃げれなくなるわ!!」


 その叫びで気が付いた。

 僕はすぐ足元を見てみると、既に手遅れになっていた。


「……気づかなかった」


 僕の両足は既に魔物の背中に凍り付いていた。


「クッハハハハ!!」


 魔物の声が聞こえてくる。

 僕の足から伝わってくる振動的に、真下の魔物が喋っていた。


「馬鹿ガ、馬鹿ガ馬鹿ガ馬鹿ガァ!! 俺ノ背中ヲトッタカラト言ッテ居座ルンジャナカッタナァ!!」

「……罠だったってこと?」

「ソノ通リサ、愚カナリ愚カナリ愚カナリ愚カナリ、ウォロカァナリィ!!」


 高揚している様に魔物はゲラゲラと笑う。

 愚かなり愚かなりって、何だか面白いことをいうな。


「凄い調子乗ってるね」

「アァ? オ前ハ、敵ガ罠ニハマッタラ笑ワナイノカ?」

「全然笑わないね。だってほら、笑ってないでしょ?」

「ン?」


 僕は剣を突き刺したままだった、両足も凍っている。

 だからこそ、勝ったも同然だ。


「――【剣技】ささやかな悲鳴」


 氷。それは水系でありながら、火の系統でもある。

 火、いいや、“熱”だ。

 火属性魔法は空中の魔力を火そのものへ変換してくれる。

 では逆はどうか?

 空気中の熱を奪う事で、氷をその場に生成する。

 奪うから生成、それが氷系魔法の使い方だ。


 奪う。そこだ。


 剣先から魔力が伝わって、地続きに魔物の背中に白い氷が広がった。

 空気がひんやりとしていた。

 風がだんだんと落ち着いて来た。


「――――」


 ゆっくりと風が収まって、空気中の水分が小さな小雪へと変換され。

 魔物が気が付いた時には、既に魔物の半身が氷付けにされており。


「ナ、ニィ」

「僕と出会ったのが間違いだったね」


 ついに剣は魔物の背中に入るようになり。凍った皮膚を貫通して、壊死した内臓を更に貫通して。


「グッ、ッッガアアアア」


 魔物の核へ刃を通した。


 風が完全に止んだ。

 周りは一部凍り付いており、まだ空気は冷たかった。

 そんな中、魔物を倒した僕とナタリーが、その場に取り残されていた。


「………」


 僕、ゾニー・ジャックの剣の師匠は、

 マークス・バレッタ・イザルと言う【氷剣の達人】と呼ばれる男だ。

 熱を奪う。奪って利用する。


「僕の前で氷を使うなんて、愚か者でしかないよ。君」


 氷系の剣技は、とりわけ習得は難しい。

 繊細な魔力操作を求められる分、難易度が高いのだ。

 でも僕は出来る。


 僕の取り柄はどこだと聞かれたら、この氷系剣技が得意だということだ。

 まぁ、それしかないんだけどね。


 馬鹿力を持っている敵に有効なのは頭を使った戦闘だとか言ってたけど。

 割と相性が良ければ、馬鹿力でも勝てるんだ。


「異形種を倒したんですか?」


 とはナタリーの言だった。


「倒した。息もしてない。というか多分、できない……うぅ」

「ゾニー!? 大丈夫ですか」


 僕は魔物に背中で右手を背中につけ屈んだ。

 くそ、流石に精密な魔力操作は疲れるな。


「……」

「どうやら、異形種も相性次第で勝てるんだね。ただ、相性が悪ければ、負けるかもしれない」

「……まるで、魔法使いと戦っている様ですね」

「実際そうだよ。異形種は魔法を使ってくるんだ」


 戦っている感触で言ったら、ほんと魔法使いだった。

 人外の魔法使い。初めての経験だ。

 こんな化け物、一体今までどこに……?


「さっきのイブさんと合流しましょう。一旦、ゾニーは休むべきです」

「……でも、まだ通常を倒しておいた方が」


 僕が言いながら起き上がろうとすると、ナタリーが必死な顔をして。


「もう十分ですよ。私達と合流する前にも結構な数を倒してくれたじゃないですか」

「そうだけど……」

「一旦休みましょう。ここは、この後に備えるべきです」


 確かにそうかもしれない。

 僕も割と疲れている。ここは一旦、休憩するのも手だ。

 そろそろファイトフィールドも追いつくはずだし、それまで休んでいようか。

 ナタリーにイブさんとの合流は任せて……。


「あ」

「……え? どうしたの?」


 僕の頭上でナタリーが言葉を漏らした。

 僕はまだ寝転がっていたので、身をよじり、起き上がって。

 ナタリーと同じ場所に視線を向けた。


「……予定より早くない?」

「いいや。多分予定通りなんですよ。私たちが、逃げ遅れているだけで」


 天高く上る結界魔法『ファイトフィールド』魔物を通さない壁が、じわじわと迫ってきていた。

 僕ら人間は通れる。だが、魔物だけは通れない特注品。

 あの結界自体は、どうやら魔法大国が生まれたときからあったらしい。

 数千年前からそんな特殊な結界が存在していたと。

 今の様な未曽有の魔物災害のとき、使用できるように眠っていた兵器だと王様は語っていた。


 あれが、この魔法大国の切り札の一つ。

 対魔物専用幽閉結界『ファイトフィールド』だ。


 地面が揺れている。

 地鳴りのような音がする。

 恐らくこのファイトフィールドに押され、魔物が来ているのだろう。

 でも、あの結界を一度でも出てしまえばもう安全圏だ。

 魔物は来れない。


 休むには最適な場所なのかもしれない。


「………」


 でも僕は行かない。

 戦うよ。僕は。この部隊の隊長なんだから。


「行くよナタリー、もう時間だ」

「……始まるのですね、決戦が」


 これから始まる決戦は、人間が存続するか、魔物が存続するかの。

 本当に最後の最後の、生き残るための戦い。


 決戦だ。





 その後、馬を使用しながら中心部へ向かった。

 既に人々は避難しており、魔物の死体が散乱している。


「――――」


 ここで誰かが戦ったのだろう。

 建物の破壊が酷い。

 やっぱりこの経済の中心である王都で、こんな大規模な戦闘してよかったのだろうか。

 ……まぁでも、このくらいしなきゃ勝てない相手なのかもしれない。

 影から現れた魔物は魔法大国各地に出現していた。

 その各地で戦闘していれば、ばらけた被害の受け方をしていたのだろう。

 今回の作戦の様に、一か所に魔物を集めるのは、英断だ。

 どれだけ勇気が必要か。

 どれだけ思い切りが必要か。

 やはり王様は凄いよ。


 馬で走っていると、十五部隊のメンツと再会する。


 僕、隊長のゾニー・ジャックと。

   副隊長のナタリー・ベル。

   魔法使いのエミリー・ソルに、

   盾使いのローゼン・キット。

   そして短剣使いのマクス・ノーミ。


 その5人のメンバーがそろった。

 僕の部隊はまだ組まれて日が浅い。

 だから人数が少ないのだ。

 この状態だと、まるで冒険者パーティーみたいだなと常々思う。


「ファイトフィールドはあと15分程で王都に付くらしいです」

「なるほど、では先へ急ごう」

「他の隊長さんも、そろそろ来るでしょうな。しっかし、こんな大規模な作戦、よくやろうと思ったもんだ」


 馬で走り、風が頬に当たってくる中、

 ローゼン・キットはそう無駄口を叩く。


「こういう判断ができるから、こんな事態に対応できるんでしょうね。やはり、王様は違う」

「王様も直々に、死神の足止めとして頑張っているらしいし……生きて居ればいいな」

「そうですね……私はあの方に恩があるので、出来れば生きてほしいです」


 マクスの言葉に、エミリーはうなずいた。

 王様は自らが囮になり、死神を食い止めると言っていた。

 王城で戦いが始まったのは聞いているが、王様が生きているか。

 それに王様は、増援が来るまで戦うと言っていた。

 僕らはまだその増援が、どういう人たちなのかを知らない。

 【人魔騎士団】と言っていたが、どういう組織なのだろうか。


「不安だろうけど、今は任務に集中しよう。どんな敵がいるか分からないんだから」

「……でも……っ」

「王様は生きているさ。若き頃、あれほど名を馳せた冒険者だったんだ。きっと、強い」

「……そう、ですよね。分かりました。すみません、不安になって」

「問題ないさ。僕も不安だから」


 不安になるのは分かる。

 実際、僕も不安で仕方がない。

 この先の戦い、どう転ぶか、全く分からない。

 その人魔騎士団が間に合うのか、そしてどれだけこの戦いで生き残るのか。

 全く想像がつかない。

 さっきは相性で異形種に勝てた。

 でも、異形種の中には僕との相性が悪い個体がいるのだろう。


 結末が読めない決戦が、本当に始まろうとしている。


「………」



――――。



 ■:魔法大国グラネイシャ・王都王城、正面城壁



 城壁周辺は既に騎士たちが集められていた。

 雑貨屋イブに設置されていた情報本部も、こっちの城壁まで来ていた。

 そこには第一部隊の隊長、ガーデン・ローデン団長がいた。

 軽くその人に挨拶をし、僕らは前線で剣を置いて座り込む。


「……時間がありますし。ここで休みましょう」

「隊長、腹ごしらえしましょう。緊急用の食料を貰ってきました」


 マクスに貰った食料を食べ、持っていた水筒で水分を補給する。

 僕ら王都組の騎士たちは、既に魔物討伐を始めている。

 だが、僕らとは違い。

 外周組の追い込み係は、戦闘をここに来るまでしないはずだ。


 さっきのさっきまで魔物を蹴散らしていた僕らは休憩時間を貰った。

 数分しかない休憩をここで満喫する。


「ふぅ……」


 今、僕らの後ろの城壁を進めば、そこには死神がいる。

 あの時、あの北の街の時に出会った。あの死神が。


 まだここになんの被害も来ていないという事は、

 恐らく王様が頑張っているのだろう。

 ガーデン・ローデンさんは中の状況が全く分からないことに、

 少し腹を立てていたけど。


 静かな景色が広がっていた。

 王城は小さな丘の上に建設されているため、ここから王都を見下ろすことが出来る。

 視界にはファイトフィールドが近づいているのが見えて、

 その根元の街では砂煙が各地で上がっていた。


 『SSS級』である可能性がある異形種だったが、

 相性次第で勝てることが判明したので、下手したら『ss級』にすらならないのかもしれない。

 強いところは強いが、弱点が弱点しすぎている。

 相性が顕著すぎるのが異形種の弱点か。


 勝ち目はあるかもしれない。


「――――」


 いつの間にか、七色に光っていた花火は消えていた。

 この戦闘が始まってから何時間が経過したか、分からない。

 日の出までに決着が付けばいいなと、何となく思った。






 時間がやってきた。

 ファイトフィールドがまじかに迫ってくる。

 僕ら第十五部隊のメンツは、各々の武器を構える。






 始まる。






 最後の戦いが。




 余命まで【残り●▲■日】