七十四話「歪み」



 幼少期のロンドン・ティザベルは、いわゆるガキ大将だった。

 少し体格が大きい事を理由に、喧嘩では負けなしだった。

 それとなしに、街で歩いていた騎士を見て憧れを抱き。

 ガキ大将のまま騎士になるため、そうゆう学校へ行った。


 ――ロンドンは剣術も長けていたが、それよりも卓越した体術が取り柄の男だった。

 だからだろうか。ロンドンは負けを知らない子供になった。


「おい。金出せよ?」

「ひっ……ひぃ」


 その日もロンドンは、同級生をいじめていた。

 でもその日は、いつも通りには行かなかった。何故なら。


「喧嘩かい? 良くないなぁ。それに君たち、学生じゃん」

「あ? おっさんさ、何を言うかじゃなく、誰に何を言ってんのか理解してからにしろよ」


 路地裏でロンドンは。

 ボロ雑巾のようだが、丈の長い皮の上着を着た背の小さい男にそう言った。

 だがその男は怯むことなく、突然笑い出した。


「面白い子じゃないか。俺様に喧嘩かい?」

「俺様って、俺より上から目線じゃねぇかぁ?」

「そんな汚い言葉、親御さんが悲しむよ。

 あ。でもこうゆう不良児って親から捨てられてたりするの――」

「隙あり!」


 男が語り出した瞬間、ロンドンはすぐさま右腕でパンチを繰り出した――が。


「え」


 その右腕は男の左腕の親指人差し指中指で完全に止められていたのだ。


「あのさぁ、喋ってる時にやるのは反則だぜ? お前さん、喧嘩っ早いのな」

「なァ!? お前、何者だ!」


 ロンドンは焦った。

 自分の一撃がこうも簡単に止められるなんて予想していなかったからだ。

 だからこそ、声を荒げ男にそういうと。


「俺様か? 俺様はなぁ」

「イ゛――!?」

「――序列一位『魔神』だよ」


 刹那、ロンドンは一回転と周り。地面に背中を勢いよくぶつけた。

 すぐさまロンドンは暴れ、男に飛びかかろうとしたが。

 ロンドンの一撃より数十倍の力で男はロンドンを殴り。蹴り。最終的に。


「疲ッかれた~。君面白いじゃん。

 ねぇ、もしよかったらさぁ、騎士団に来てよ? 騎士になれば、俺様と遊び放題さ」

「…ツっ………」

「あ、聞こえてないかなぁ? やりすぎちゃった? 

 魔法ばっか使ってると、こっちの手加減を忘れちゃうよ」


 男は平然とそう呟き、倒れているロンドンの奥に居る少年へ向かって。


「キミ、名前は?」

「……ヒッ!」

「怖がらせてしまったね。まぁいいだろう。そこに倒れている元気な坊やの事、頼んでもいいかい?」


 その少年は言葉こそ発さなかったが、その男の問いに小さく頷いた。

 男は立ち上がり、その路地裏から出て行った。


「……ろ、ろんどん?」


 少年は怖がりながらも、ロンドン・ティザベルへ近づいた。


「さわんなくそ……あいつ、やばすぎ、だろ」


 口からベッとすると血が飛び出し、土の上に血痕が広がった。

 その様子を見て、近くに居た少年はロンドンに杖を向け。


「――【魔法】ヒール」

「イッ!?」

「うご、かないで。治癒できない」

「ッ………はやく、なおせ」


 思えば、ロンドン・ティザベルにとって。

 これが初めての共同作業だったかもしれない。

 共同とまでは行かないかもしれないけど、ロンドンにとってはそう思えた。

 さっきまで殴っていた相手に助けられる。

 それは何とも屈辱的で、でもイライラしなくって。

 だからこそ、ロンドンは。


「名前は?」

「………」

「お前の名前だよ。さっきは、殴って悪かったな」

「…………ヨアン。ヨアン・レイモン」

「ヨアンゥ?……まぁ、明日までに覚えてたら。よ、よろしくな」


 形と言えば、それで友達と言う事になるのだろう。

 だがそれは。違う方向へ進んでしまった。



――――。



 ロンドン・ティザベルは騎士になった。

 ヨアン・レイモン  は騎士になった。


 ロンドン・ティザベル、大柄で筋骨隆々であり。剣技に長けていた。

 ヨアン・レイモン、小柄で、性格は真面目であり。魔法の扱いを得意としていた。


 二人は新人騎士の中で有名だった。

 何故ならどっちも学生時代から一緒に居て、ロンドンは男、ヨアンは女からの支持を得ていた。

 かと言ってだから何だと言わんばかりに、二人は周囲の評価を気にしていなかった。


 まだこの頃の二人は仲が良かった。

 だが、


「……え?」

「――――」


 その時から、二人の友情に亀裂が走った。

 とある時。任務中の話だ。ロンドンが密輸組織相手にボコボコにされた時。

 ヨアンが加勢に入り。

 ロンドンをボコボコにした手練れの集団を――全滅させた。


 【マジックフィールド】とは結界術の一つであり。その範囲内に入った者は魔法を使えなくなる。

 剣術を得意としているロンドンは別にだが、魔法を得意としているヨアンは圧倒的不利な状況だった。


 だが、勝利した。


 ――ヨアン・レイモンは、ロンドン・ティザベルよりも体術が優れていたのだ。


 その光景を見て。

 ロンドンはおかしくなる程、狂い叫びたいくらいのショックを受けた。

 それもそのはず、元々の関係はロンドンがヨアンを殴る関係で、

 力関係は見なくても分かる物だった筈なのに。

 どうしてか、時の流れは残酷で。

 ロンドンが勝てなかった相手に、ヨアンは勝ってしまったのだ。

 勝った。勝利、負かした。

 ヨアンは知らぬうちに、組織と一人の人間を負かしていたのだ。


「………」


 そこから、ロンドンとヨアンの友情は歪んだ。



――――。



「お前を、私は溜まらなく殺したいよ……!」



 セリフから想像できないだろうが、

 それはヨアン・レイモンから発せられたセリフだった。

 鋭い殺意。聞いたことがないくらい怖い声色。だからこそ、男は正気に戻った。


「――――」


 俺は、何をしていたんだ。

 なんだこれ、え? 血。

 血だ。赤いろだ。ここは、どこだ。

 あれ、地面が歪んで。

 あ、ああ。


「俺が……やったのか……?」


 ロンドン・ティザベルは、ヨアン・レイモンに深手を負わせた。

 とある林の中で、ヨアンは腕から血を流し、ロンドンはその光景を見て混乱していた。


 かつて友だった相手に、同じものを目指した筈の友に。俺は何をしているのかと。

 腕が震えた。血が生ぬるかった。気が動転した。分からなくなった。

 嫉妬。

 元々こじれていたそれを、また歪めてしまった。

 誰が悪かったとか、誰が正義だとかは存在しない。

 ただ、いずれはこうなっていたとだけ言える。


「ロンドン……悪いが、絶交だ」

「っ……いやっ。ま、あ。は。っ」


 ロンドンは悩んでいた。

 それを聞こうとヨアンはロンドンに話しかけた。

 だがロンドンからしたら、悩みそのものが自分の悩みを聞きに来たのだ。

 言わなければ良かったかもしれない。

 でも、打ち明けないのも、ヨアンは許さなかった。


 『ここ数日のロンドンは、ヨアンにとって苦痛その者だった』


 考えてみればそうだ。

 【マジックフィールド】へ何故ヨアンが突撃をしたのか。

 それはただ一つ、ロンドンを助けるためだ。

 ロンドンを助けるために、捨て身の攻撃を仕掛けた筈だったのに。

 気づけばそれは、ロンドンを傷つけていた。


 苦痛だった。

 納得できないと言うのは、長く続けば続くほど苦痛へ変わる。

 だから、ヨアンも爆発した。

 だから、ロンドンも爆発した。


 最悪な形での絶交、その次の日にはヨアンが騎士を辞めていた。

 その噂はすぐ広がり、新人騎士の間で『ロンドンがヨアンを辞めさせた』と言うデマが流れ。

 ロンドンは騎士の中で孤立。

 辞めるのも、時間の問題だった。



――――。



「………」


 全部、俺が悪い。

 俺が変な嫉妬なんて抱いたから、俺が頑固だから。

 俺が酷い奴だから。

 俺がいじめっ子だから。

 こうなった。


 結局、あの男は、騎士団に居なかった。


 俺とヨアンが目指したあの男は、序列一位の男は存在しなかった。

 噂程度の存在だったのだ。

 もしあの人が今現れてくれたら、俺をボコボコにして、全部うまく纏めてくれるのかもしれないけど。

 俺がまだ子供だから。

 俺がまだ、いじめっ子だから。


「あっ………」


 その時、体が勝手に動いた。

 俺の体は通りの道に飛び出したと思うと。


「――っ」

「ヒッ!?」


 これでも俺はまだ現役だった。

 子供が地竜に轢かれそうになっていた。

 だから、助けた。

 まぁでも。助けた所で何も感じなかった。


 腕の中で女の子が動いた。

 その姿を見て、俺は、戦慄した。


「――っ……!」

「……っ」


 怖い。怖い怖い怖い。

 ――恐怖だった。

 少女がカタカタと口を震わせ、泣きそうな顔をしていた。

 俺を見て、俺に救われて、俺を怖いと目で語った。

 純粋な女の子の目は澄んでいる。だからこそそれが際立った。

 俺にとにかく、その感覚が嫌と言う程響いた。


 その瞬間、俺には誰も救えないと悟った。


 その瞬間、息が苦しくなった。

 その瞬間、俺は自分が大っ嫌いになった。

 その瞬間、俺は子供が怖くなった。


 少女を地面に放置し、俺は逃げるように路地に入った。

 俺は結局。自分の感情すら制御できない。

 ――人間の皮を被った、バケモノなのだ。



――――。



「なるほど、うん。辛い話をさせてすまなかったね」


 俺が過去を全て語ると、ロベリアはそう自分のカウボーイハットのツバを持ちながら言った。


「もう何年も前の話だ。別に、時効だよ」

「まぁただ、君の事を知れたよ。悪いね。これは個人的な奴だから」

「いいさ。時には人に話すのも、何だかいいな」


 それなら良かったと、ロベリアは言った。

 クラシス・ソース失踪から一週間が経った。


 ――魔法大国グラネイシャは、混乱していた。


 街の人間は死神と言う存在を知った。

 そしてその情報を、死神に関する全てを今まで隠していた存在。


『王様と言う存在を信じていいのかと不安になり、論争が起こっていた』


 まだ発表からそこまで時間も経っていないが。

 王様を信じられない『疑惑派』と、

 王様を支持する『現王派』にグラネイシャ国民は分かれていた。

 人数は詳しくは知らないが、五分五分ってとこだと思う。


 そして驚きなのが、

 たった数日のうちにここまでの情報が公開され、

 ここまで話が進んでしまっている。


 と言う事は、

 それほど国民にとって衝撃的であり。大きな出来事だったと言う事だ。


 そして王は、国民に対し声明を出した。

 『必ず死神はグラネイシャへ舞い戻り。もう一度戦う事になるだろう。

  その時は、勢力を上げて迎え撃つ。我が名に賭けて――』


「……この事態を招いたのは、少なからず俺のせいでもあるんだよな」


 俺がクラシス・ソースの心の内を見抜けなかった。

 それが一番の失態だと今でも思う。


「確かにそうとも言えるけど、

 実際問題あれはどうしようもなかったよ。

 と言うか、うん。いずれ公表はされていた事案さ」

「そうなのか?」

「死神はグラネイシャに一度攻撃を仕掛けてる。

 だから、隠し通すのも時間の問題だっただろうし」

「……確かに。いずれ攻めてくるんだ。

 このタイミングだっただけで、いつか全て王は話すつもりだったんだろうな」

「そうだね~」


 ロベリアはそう言い座りながら両手を上にあげ「んー」と背筋を伸ばした。


 序列三位『銃士』ロベリア。

 俺に明かしてくれた本当の肩書だ。


 序列と言う物が本当に存在していたと言う事が、俺にとって驚きだったのだが。

 もしかすると、序列一位『魔神』の事を知っているのかもしれないな。


「ロベリア。序列一位の男って、知ってるか?」

「最近会ったよ」


 流石に、知らないよな。

 きっともう死んでるか、あの時あった男は序列じゃなかったのかもしれないな。

 だって俺らが騎士団で聞きまくっても、何も情報が――。


「え? 生きてるの?」

「うん。元気元気。王様の緊急招集でも居たしね。

 あぁ、でも訳アリでね。あの“子”は今表に立ってないんだ」


 ……あの子?


「な、なるほど……?」

「さっきの過去の話でしょ。

 ちなみにあれ、本当に序列一位の『■■■■■』だよ。

 アタシは会った事があるんだ。

 口調から体術の強さ、そして肩書が『魔神』なのも間違っていない」


 ……そうだったのか。


「魔神って名前的に、魔法系を得意としてるんじゃないのか?」

「一応そうだけど、“彼女”の場合はオールマイティって感じだね。

 魔法も出来れば、剣術も体術も出来る」

「……そんな奴だったのかぁ。……え? 彼女?」


 俺がそうきょとんとしながら言うと、ロベリアは真顔で。


「うん。女」

「えぇ、女でぇ、俺様?」


 流石に30歳の俺には、俺様キャラはきついかも……。

 普通に、引いた。



――――。



 そして時を同じくして、


 東部サザル王国では。



「行ってきまーす!」

「「――いってらっしゃああい!!」」


 おかしい。おかしいぞ。

 いつの間にか、アーロンがサザル王国のギルド連中に好かれている!?


 ケニー・ジャックとアーロン・ジャックは、人魔騎士団の本拠地。




 ――『中央都市アリシア』へ向け出発したのだった。