――――。
俺の名前はロンドン・ティザベルだ。
その場所を表現するなら。
壁を伝っている植物は天井まで伸び、その間から差し込んでくる日光は凄く幻想的だと思う。
黒い屋根とレンガの壁の建物が見渡せばあり、俺は立ち、少女は座っていた。
現在俺は、ソース邸でこの女の護衛をしている。
「ねえロンドン。あの花、なんていうの?」
と言い女は中庭に生えているえらく豪華な花。
の中から、白い地味な花を指を向け言った
「あれはぁ……知らん。明日調べてこようか?」
「うん。気になる」
少女の名はクラシス・ソースと言うらしい。
ソース家は魔法大国グラネイシャの四大貴族の一つであり。そこそこ有名な名家だ。
魔力の扱いが長けており。
度々神級魔法使いを出している本物の魔法使い一族。
黒バラの家紋が印象的で、全てが美しく、上品な場所だった。
「ふん、ふふん」
黒髪ボブで、青い瞳をした優しそうな女だった。
丁寧な言葉遣い、品のある態度、見ているだけで見惚れそうな全貌だ。
俺が詩的な表現を使うなんて珍しいが。使わなきゃ表現できなかった。
それほどの美貌、美しい少女だったのだ。
だからこそ、俺の場違い感が物凄く際立った。
「………」
俺はなぜこの場に、こんな重要な仕事を命令されてやっているのか。
それはただ一つ。この女に『名指し』されたのだ。
俺はこの女に見覚えは無いのだが、おかしいなぁ。
俺、どっかで会った事あったっけか。
「クラシスは、花が見るのが好きなのか?」
「あなたと見る花が好きなんですよ」
本気そうに、微笑みながら言った。
「……お、おう。俺と見ても、俺のせいで花の美しさが妨げられないか?」
「そんな事はありませんよ。あなたは魅力がある立派な成人男性です」
「俺30歳のおっさんだぜ? もう成人男性なんて若々しい言葉、使われなくなったさ」
会話をしていて楽しくないなんてなかった。
飽きない、と言うべきだろう。
なぜなら思っていた180度歪んだ回答が必ず帰ってくるからだ。
俺は人と喋らない性格だと思ったんだが。
「今日はどんな話をしてくれんだよ。お姫様」
「そうですね。では、この話はどうでしょう」
俺は本を読まない性格だった。
でも、少女が語る物語はとても魅力的で。耳が心地よかった。
心が安らいで、でも安心はできなくって。
だから俺は。過去を考え続けた。
俺にとっての過去は、俺を象徴する罪なのだから。
【お前を、私は溜まらなく■したいよ……!】
過去は痛い物だった。
苦しい物だった。でも、いつも毎日思い出していた。
それは俺の罪だからだ。
ネェちゃんの食堂の料理人として働いていても、ずっと覚えていた。
――俺に人生に価値はない。
「勇者は言った。価値のない人生はこの世に存在しないと」
その言葉に、俺は思わず目を疑った。
「……その勇者は、えらくポジティブな思考なんだな」
「私もそう思います。大昔魔王を封印した勇者は、
生粋のイケメンで、さわやかで、素晴らしい人だったそうですよ」
「ちぇ、俺は嫌いだ。そう言い伝えた奴も嫌いだし、お前の口からその単語は聞きたきゃねぇ」
「ふふ。私もこの勇者は嫌いなのです。だからこそ、この話の結末が大好きなんですよ」
「ほお? 聞かせてみろよ」
聞かされた話はまぁ酷かった。
魔王を封印して賞賛される筈の勇者は、
その大衆の祭り上げに耐え兼ね消息を絶ったらしい。
消息を絶ちたくなる程の祭り上げって、どんなんだろうか。
俺には想像できなかった。
まぁもしかしたら、人と居るのが苦痛と感じる人なのかもしれないし。
案外、世界を救った英雄でも、人見知りだったりすんのかな。
「で……どうしてクラシスはその勇者が嫌いなんだ?」
「……なんででしょう。自分でも分かりませんが、何だか気に食いません」
「あー分かるわ。俺もそんな感じだ」
「やはり似たもの同士ですね」
そうなのだろうか?
俺と似た者同士ってのは、最高の不名誉だぜ?
まあただ、俺は何も言わなかった。それは俺の仕事じゃないからだ。
その日の護衛は終わった。
クラシスの部屋には最高級の防護結界が張られていた。
それは俺が張った者じゃなく、家の方針だった。
俺はクラシスの横の部屋で眠ることになった。
こんな毎日がここ数日続いている。異変は何もない。
一応王様から全ては聞いている。死神候補などの事も聞いているが、正直信じていない。
俺はもう騎士を引退した身なんだ。ここに居るだけで自分が何者か忘れそうになる。
なんで、ここに居るんだろう。
どうして俺は、この剣を腰に装備出来るのだろう。
――――。
次の日になった。
俺はクラシスに聞かれていた花の名前を使用人に聞き。それをクラシスに教えると、
「ありがと、ロンドン」
満足そうに笑ってくれた。
笑顔が可愛いのは子供の専売特許と言う奴だろうか。
俺も子供ウケの為に笑顔を良くしようかな。
不気味と笑われそうだが。
昨日と同じ中庭に二人で座った。
クラシスは、この場所が大好きらしい。
“屋敷から出ることを許されていない”彼女にとって、一番の憩いの場だったのだ。
すると、クラシスは笑いながら聞いて来た。
「――ロンドンは、好きな方とか居るのですか?」
「好きな人ぉ? そうだなぁ、ネェちゃんには感謝してるが。それ以外には特にないかな」
これでも俺は女経験がないからな。
学校を出てから、ずっと剣に打ち込んでいたし。
「その、ネエちゃん。と言うのは?」
「文字通りの姉貴だよ。血が繋がってる最後の家族さ」
「では感謝とは」
「昔色々やらかして、行く当てのない俺を雇ってくれたんだよ。
それまで俺は問題児だったんだが、ネエちゃんのお陰で色々会心出来た」
懐かしい話だ。
俺だって乗り気じゃなかったが。『私と同じ血が流れてるなら、あんたも料理が出来る筈だと』言われた。
そう言われて、合ってなかったらすぐ逃げるつもりだったのに。
俺はこうも食堂の料理人として染まっていた。
人間案外ちょろいもんだ。
「あと、最近色々話せるダチもいるな。ケニーって言うおっさんなんだが」
「ケニー……あぁ、ケニー・ジャックですか?」
「え!? 知っているのか?」
ケニーの事を知っているだと?
あいつは意外と最近まで引きこもりだったとか聞いたんだが。
どこで知ったんだろうか?
「………」
「……?」
「訳アリでしてね。名前を小耳に挟んだ程度です」
と、はぐらかされた。
まあでも、あいつ、確かにジャック家の人間だし。
俺と似た者同士でろくでなしだと思っていたが、名前は有名なのかな。
貴族の中では有名人だったりするのかも。
ジャック家はある意味有名だが、まぁそれ以外でも有名なのかもな。
そう言えばあいつ。今サザル王国に居るんだっけか。
元気にしてるかな。ま、なんか元気に帰ってきそうな雰囲気あるから大丈夫だろう。
ネエちゃんも帰りを心配してるから、帰ってきてくれよ。ケニー・ジャック。
……なんで知っているんだろうか。
俺の件もそうだが、どうしてクラシスは俺を知っていたのだろうか。
この護衛の任務、対象者にも事情を語っていないのに。
なぜかクラシス・ソースは自ら王様へそう願った。
そして王様に、俺の名前をだした。
一体俺とこの少女に、どんな接点があったのだろうか。
全く覚えていない。
俺が馬鹿なだけなのだろうか。
………。
ま、考えても分からない物は考えるだけ無駄か。
頭が痛くなってきた事だし。
……でも、少しくらいいいよな。
「――じゃあ逆に聞くが、お前は好きな人いるのかよ?」
「……私?」
「当たり前だ」
クラシスは驚いたような顔をした。
そして少し困ったような顔をして、しどろもどろとしていたので。
「ま、俺が聞くのは出来過ぎた真似か。忘れてくれ」
少し無茶ぶりが過ぎたなと自分で反省する。
流石に十代の女の子に、三十の男が聞くべきじゃないよな。
俺は別に言わなくてもいいよと遠回しに教えた、のだが。
俺の言葉と同時に。
「好きな人はいます。たまらなく、大好きで憧れている人が」
「………そうか。いいじゃねぇか」
「……っ」
「ごめん。言わせるべきじゃなかった。俺も忘れるから、忘れてくれ」
流石に踏み込み過ぎたな。
俺も悪意があったわけじゃないか、結果的に困らせてしまった。
少し子供に意地悪し過ぎたか。
俺も存外、子供の相手に慣れてねぇな。
懐かしい話だ。俺はずっと、子供の相手に慣れなかった。
だから俺はずっと。料理人で、表に出なかったんだ。
――――。
護衛が始まって二週間が経った。
変わりなく、俺はいつもの服へ着替え。髪を整えていた。
家の方針でクラシスの部屋には最高級の防護結界が張られているんだ。
正直、俺いる?
ってくらい強力な結界なので。
俺は護衛ってより、ここ数日はクラシスの話し相手になっている気分だった。
剣は一応装備はしているが、ここ数年は一度も引き抜いていない。
整備はしているが。それを人に向けることはない。
毎日だが、俺は自分の部屋の鏡で髪を整えている時。
自分で思ってしまう。
――どうして俺はあの時、戦ったんだろう。
あの時とは、北の街襲撃時の話だ。あれから随分と時は経っているが。
今だに、昨日のことのように覚えている。
俺は戦った。街の住民を守るために。騎士でもないのに、どうしてだろうか。
あのときは必死だった。
でも、一番は。ネエちゃんの食堂を壊されたくなかったからだと思う。
人を守りたいとかいう正義感が、まだ俺にもあったのか。
「………」
正義感。ね。
歪んだ正義感なんて、いらないなぁ。
そしてその日、俺がクラシスの部屋の扉を開けると。
「……え?」
そこには。クラシス・ソースが居なかった。
置き手紙が残してあった。
『私は死神になります。では、ごきげんよう』
最高級の防護結界の中から、その少女は忽然と消えていたのだ。
その騒ぎは俺が使用人に知らせ、ソース家の当主から王様へと伝わった。
瞬く間に広まったその知らせは。すぐさま作戦の中止を宣言した。
「………」
「死神との接触は?」
そう、黒い女が聞いて来た。
俺は失態をしたのだ。色んな人から軽蔑の目で見られながら、俺は事情聴取をされた。
「無かった筈だ。俺でも、一体いつからあの子と死神が繋がっていたか、分からない……」
元々死神との接触を防ぐための護衛作戦だった。接触はなかったと、今でも断言できる。
でも、結果こうなった。一体何故、どうやって接触したのだろうか。
一体どうして、こんな事になったんだ。
「――――」
俺が悪いのか?
俺が、ちゃんと出来なかったから。
俺がちゃんとしてなかったから。
「……っ」
「状況は理解した。とにかく、うん。君は良くやったよ。落ち込まないで」
――その女は俺よりデカかった。
180cmはあるだろうか?
やけにお姉さんじみた口調で、聞き心地がいいハスキーな声だった。
「……あんた、名前は?」
「アタシ? ま、いずれ知ることになるだろうけど。――『ロベリア』とだけ名乗っておくわ」
「ロベリア……」
「また会うと思うよ、うん。ロンドン。君からは面白い匂いがする」
そのロベリアと言う女性は、俺の頭上へ顔を近づけて――。
クンクン、と。俺の匂いを嗅いで。
「――あぁ、火薬の次にいい匂いだ」
とだけ呟き、俺の目の前から消えたのだった。
こうして俺は、“任務を失敗した”
余命まで【??日】