屋敷に来て一週間程が経った。
色んな準備をしてきた。
その間、カーソンにはあの虐待をさせないように部屋に結界を張り。
沢山の根回しと話し合いを重ねて。
僕とナタリーとエミリーさんは、ついにその日を迎えた。
「……」
「ウッドさんに見てもらいたいらしいんですよ。カイソンくんが」
「どうして、ここが?」
あの虐待をしていた部屋に、ウッドさんはいた。
そこで上半身半裸になり、木刀を振っていたのだ。
「何を言ってるんですか。一度僕はここを見た事あるんですから」
「……あぁ、そうだったね。カイソンがどうしたんだい」
「剣について、見てもらいたいことがあるらしいんですよ。ここでやっていましたよね? 剣の稽古」
「………分かった」
少し不安そうな顔を見せたが、ウッドさんは考えた後そう言ってくれた。
静かな廊下を歩く。
使用人一人もいない廊下を歩き、
僕とウッドさんは少し異様な雰囲気に動じずに進んでいた。
ウッドさんは剣を腰に掛けていた。
いつでも実力行使をしてくる可能性がある。
でも、手練れなら分かる筈だ。
僕は先ほどから、隙を全く出していない。
「……」
「………」
ウッドさんはきっと気づいている。
剣を持っている暴剣なら分かるはずだ。
敵の隙を見極めるのが大事な剣士なのだから分かる。
――これは静かな宣戦布告だと言う事を。
「ふっ」
廊下を歩いていると、ウッドはそう笑った。
「思ったより早く、あなたと剣を交えそうで嬉しいよ。ゾニー・ジャック」
「……僕も、『暴剣』と戦えるなんて光栄ですよ」
「いずれこうなると思っていたが、早かったな。流石騎士様と言うべきか」
「………一体、何を仰っているのか」
「うちの使用人まで丸め込んで、そこの階段に隠れているナタリーも、
右角三つ目のドア裏に隠れているエミリーも丸わかりだよ。
殺気を抑えるのが苦手なのかな? それとも震えを抑えるのに必死なのか」
「――――っ」
刹那、白い剣閃が屋敷の中で暴発し。
開いた穴から冷たい風が流れて来て、僕は中庭の低木に背中を沈めていた。
「く……っ」
全身がズキズキと痛かった。
反応は出来ていたのだが、攻撃の斬撃が想像の十倍は強かった。
「――――」
「カカカ」と、煙の中から黒い刃の剣を握ったウッドが顔を出す。
「いやはやだよ。こうも屋敷を破壊するとは、自分でも驚きだ」
「バケモノめ……!」
引きつった笑顔で僕はそう言った。すると、
「――心外だなぁ、『暴剣』と言ってくれよ」
鋭い剣を特徴的な構えをするウッド。
次の攻撃が来ると言う分かりやすいポーズであり。その瞬間。
「――【禁忌】黒死波動!!」
黒い波動が空を切り、屋敷の壁から黒煙が浮かび上がった。
屋敷の中から顔を出したのはナタリーだった。
禁忌、それは人間に対して使うと恐ろしい事になる魔法なのだが。
相手が相手だからか、ナタリーは平然と禁忌を使用した。
僕の姿を見つけると、ナタリーは僕を見ながら。
「ゾニーッ!にげ――」
「隙だらけですよ、レディ?」
「がァ!」
ナタリーの容赦ない魔法攻撃。禁忌を食らわせた、筈なのに。
黒煙の中から平然と飛び出たウッドが、攻撃を放った後のナタリーの腹を殴った。
潰れたカエルのような声が響き、ナタリーは吐きそうになりながら地面に倒れた。
「……それ以上は、やめてほしいですね」
それは僕の心から漏れ出した本音だった。
ナタリーさんは今大事な時期なのだ。
好きな相手がいる時期なのだから、あまり体に傷を増やしちゃいけない。
すると、ウッドは本気で分からなそうな顔をして。
「なに言ってるの? 先に仕掛けてきたのはゾニーさんでしょ。一体どうして、私を?」
「……そりゃ、騎士だからですよ」
「…………あぁ、そう。騎士は余計なお世話が大好きでしたね。
求められてもいないのに、助けてほしいとも思っていない相手を勝手に助ける
――いぃ、ご身分だ事だ」
「やはり、僕達が嗅ぎまわってるのを知ってたか……!」
この一週間、僕達は隠密に行動をしてきた。
本来の護衛の任務も勿論してきたが、ウッドにばれないようにここまで来ていた筈なのに。
どこで聞きつけてきたのか、それとも、趣味の悪い盗み聞きを本当にしていたかだな。
「どこまで知ってる?」
「まぁほとんどは近くで聞いていましたよ。でも子供たちは何を喋っていなかった」
近くで聞いていた、ね。
ナタリーの予測は正しかった。
虐待を見られても、どうしてウッドからアクションを起こしてこなかったのか。
僕らが何も言ってこないと、本気で思っていたのか。
答えはノーだ。
ウッドはこの状況を望んでいた。
全ては剣を交えるため、ここまで無干渉を貫いていた。
いや、聞いていたと言う事は無干渉ではなかったのかもしれないけど。
少なくとも、この状況が暴剣ウッド・ベイカーが望んだ、最高の状況だと言える。
「………」
「結局、助けすら求められてないのに、そうやって騎士は勝手に行動を始める」
「…………」
「昔の私と似ていますよ、ほんとに、嫌なくらい」
そう言いながら、ウッドは心底嫌そうな顔をした。
何を言っているのか僕には分からないけど、とにかく、聞かなきゃいけない事があった。
「ウッド・ベイカー、お前に問おう。お前にとって剣を振るとはなんだ」
「私? そうだね。なんだろ」
ウッド・ベイカーは、本気で分からなそうな顔をした。
本気で困ったように自分の剣を眺めながら。
そしてハッとして。
次の瞬間笑顔になった。
「趣味かな。最初にそう言いましたよね」
「……なるほど、ありがとうございます」
「何の意味があったのか分かりませんが、まぁいいでしょう」
「意味はもちろんありましたよ」
『他人になるな。他人の道を行くな。
お前の自分で切り開いた道を、堂々と歩けば良いんだよ』
僕のカッコイイ英雄ケニー・ジャックの言葉だった。
ずっとあの人になるために考えてきたけど、でも、違うんだ。
騎士とは何か。
隊長として、リーダーとして。
「あなたが何を聞き、何を見たかなんて知りませんが。――物凄く滑稽ですね」
「……なに?」
「全ての始まりは数年前。カイソン達の、あなたの母親が死んでからだ」
「………」
僕がそう叫ぶと、ウッドは動揺したように目を見開いた。
――――。
ウッド・ベイカーは歪んでいた。
昔、まだ暴剣と呼ばれる前の話だ。
弟を拉致され、身代金を要求された時、
ウッドは弟を助けるために剣を握った。
少年は一度も剣を握ったことがない筈なのに、
その剣を使いこなし、
赤くした。
ただ正義感が備わっていた少年には隠れた才能。
『剣術』があったのだ。
少年は一人で100を超える組織の構成員を惨殺し、だが、助けられなかった。
最後の最後で、弟の命だけ取られたのだ。
100人と言う壁は、客観的に見れば恐ろしく瞬殺だったのだが。
その100人の壁は。弟に毒薬を飲ませる時間を稼ぐには十分すぎる物だった。
ウッドが部屋にやってきた時。弟はもう助からなかった。
――弟には、最後の力を振り絞って言った遺言があった。
それは、毒を盛られ血を吐いている弟が最後に呟いた言葉。
それは――。
「助けになんて……こないで、ほしかった……」
「――――」
それだけ言って、弟は死んだ。
結局、弟は助けを求めていなかったのだ。
普通にお金を払っていれば、弟は生きていたかもしれない。
『助けて』
なんて言われてないのに勝手に助けるのは身勝手な行為だと、ウッドは知った。
それから月日が流れ、結婚した。
二人の子を産み、特に不自由なく育った。
だが、不幸は訪れる。
病により母親が死んだのだ。
男手一つで二人の子供を育てることになり。ウッドは苦労した。
もちろんストレスなどが溜まった。
だから、こうなった。
「……とうさん……やめて」
ウッドは、子供に手を出したのだ。
ウッドはどうかしていた。狂っていた。
一人で育てる難しい子供、そしてまだ拭いきれていない妻の死。
女のアイソンを襲った。服を剥がしてその純血を散らそうとした。
それはとても胸糞が悪く。クズな行動だ。
でも、そこにカイソンが割って入って。
「………」
「お、俺が、アイソンの分まで罰を受け、るから。俺を殴れ」
これが、カイソンが自ら望んで虐待されていると言う理由。
そうするにアイソンを守るためにカイソンは自分を犠牲にしていたのだ。
――そしてその事を、ゾニー・ジャックは知っていた。
――――。
「………」
「馬鹿ですね。
その事をカイソンが風呂で間接的に教えてくれて、現場を押さえられて。
そして『アイソンが紙に書いて』事情を全て教えてくれましたよ。
あなた、相当子供に信用されてないんですね」
そう、紙で教えてくれた。
実はこの一週間、毎日僕はアイソンに会いに行っていた。
最初こそ素っ気なかったが、三日目くらいから少しづつ態度が変わった。
「……これは」
「しっ。……しらない」
紙を渡された。
アイソンが読んでいた本の切れはじに、小さな字で書いてあったのだ。
『助けてください。私の弟を、救って』
僕は全てをアイソンから聞いた。
ウッドに襲われた話もアイソンからだ。
きっとそれを話すのは覚悟がいる事なのに、僕に意を決して語ってくれた。
その救援要請を無駄にできない。
そう、僕らは『助けて』と言われた。
「助けてと言われたんだ。動かない騎士がいない訳ないだろぉ! ウッド!」
僕らは助けてと求められたんだ。全力で答えさせてもらうよ。
僕の道、僕の騎士、それは――。
弱い物を救い、強い物も救い、全てを守り抜く騎士になりたい。
「……そっかぁ、まぁ、そうだよね」
「覚悟しろ。『暴剣』ウッド・ベイカー!」
僕が剣を構え、決闘を申し込む。
剣を構え、剣に魔力を注ぐ。その覇気を纏い、僕がウッドの目を見ると――。
笑っていた。
「――覚悟しな、『隊長』ゾニー・ジャック」
黒い剣の閃光が走り、庭には砂埃が舞い上がった。
「――【禁忌】!!」
「――【魔法】ヒール!!」
ナタリーとエミリーも参戦し、暴剣との戦いが始まったのだった。
――――。
二人の剣閃が見える位置で、二人の子供は使用人に守られながらその光景を見ていた。
使用人も既に、ゾニーの味方になっていた。
そして、その戦いを、使用人は見ているしかできなかった。
「……兄さん」
「ごめん。気づいてやれなくって」
カイソンは悲しいそうに上目遣いする妹に、そう謝罪した。
知っていた。カイソンは。
アイソンがずっと苦しんでいた事。自分がもっとうまくやれば、心配させずに済んだと。
そして、カイソンはゾニーの言葉を聞いて。
初めて、アイソンがゾニーにと喋っていたのを知ったのだ。
だからこそ、兄として、カイソンは申し訳ない気持ちになった。
結局助けてもらった事、男として守れなかった事。
でもそれは子供だから仕方がないのだ。
……だが、子供に子供だからと言っても、納得するわけない。
カイソンは悔やんだ。その持っている木刀を握りしめて。
余命まで【??日】