番外編「サザル王国の流れ者 アーレ」



 ――僕の人生で三度目の激情は、初恋だった。



 僕の名前はアーレだ。

 一応だが、魔族と人間のハーフで。人間の血が濃いけど、この赤髪はお父様の血だ。

 元々僕はノージ・アッフィー国と言う場所で生まれた。

 そこは、一言で言えば最悪だった。

 痩せた木に葉のない細い枝。常に砂が舞っており。突風が吹けばたちまち砂嵐になったりした。


「――――ア」


 母はそこで串刺しと言う惨い方法で殺された。

 父は母を殺した連中に復讐を遂げてから、僕の前に現れなくなった。

 それが物心付く前に行われ、だからか悲しいとか感じなかったけど。

 それで不便はしてきた。


 ――僕の第一の激情は、怨みだ。


 そこから色々あり。ノージ国からイエーツ大帝国の孤児院で引き取られ、そこで成長してから学校へ通い始めた。

 イエーツ大帝国は魔族が少なく人間が多い国だ。

 だから僕は、浮いてしまった。

 なんせ目立つ赤髪で、親がいないと来た。それはそれは珍しいもんで。


「………」


 結末は想像できるだろう。

 イジメられ、不登校という奴になった。


「なんっだよ……ただの人間じゃねぇか」


 当たり前だけど、保護者が居なかった僕は学校の寮で暮らしていた。


 ……だからだろう。

 『寮から出ない魔族』は、瞬く間に噂になった。

 どうして寮から出ない僕が、その噂を知っているか。

 夜な夜な僕の部屋に忍び込み、その魔族を驚かせると言う悪趣味な遊びが流行ったからだ。

 僕の部屋には毎日の様に人が来た。


「………つまんね」


 そして僕の姿を見て、髪には驚いたが、基本的に落胆して帰った。

 僕が寮の窓を破って、外に居た地竜に隠れて乗り込むまで時間は掛からなかった。

 その結果、僕はイエーツ帝国から。

 いつの間にかサザル王国へと渡っていた。


 僕は盗みを働いた。

 食べるものは盗み、でも殺しはしなかった。それは違うと思ったからだ。

 人の血は見たくない。それに、あの復讐の為に僕を捨てた復讐鬼と同類になりたくなかったのだ。


「おい! 泥棒だ!!」


 今日も今日で僕は盗みを働いた。三度目で対策されていたが、注意さえ逸らせば簡単だった。

 とにかく人込みを出来るだけ倒しながら走った。そうした方が僕じゃなく、倒された人の方に目が行くからだ。

 でも、目がいかない場合は。


「くっ……」

「今日こそ取り押さえたぞ」


 流石に、この逃げ方も変えなきゃなぁ。

 僕は殴られた。何度も殴られて、顔の形がおかしくなるんじゃないかってくらい痛めつけられた。

 全身がもう痛みを感じなくなった時、男は満足したように一蹴りしてから帰った。


 僕は路地に放置された。

 不思議と後悔などは無かったと思う。

 ただ、ずっとあったのは。父親に対する恨みだけだった。

 でも――。


「お前、自業自得だからな」


 痛みで体が起こせなかったから、話しかけてきた人が誰だか分からなかった。

 でもその人は動けない僕を運んで、手当をしてくれた。


「お前。今日からうちで働け」


 彼は武器屋をしていた。そんな彼に僕は救われた。

 最初こそは反抗していたと思う。でも、暖かいご飯と、フカフカのベットは、数十年の孤独を癒すのには十分すぎた。


「俺の……名前は、アーレ」

「……やっと名乗る気になったか。よろしくな、アーレ」


 僕は最初こそ不器用だった。

 汚れていたし、目つきが悪かったし、すぐに手を出していた。

 でもそれでは駄目だとその人に教えられ、去勢されていった。

 ――その去勢は悪い気持ちを抱かなかった。

 どんどん自分が変わってくのが楽しいと感じていた。


 ――僕の第二の激情は、温かみだった。


 どんどん変化していった。乱暴だった筈の性格が穏やかになり。

 いつの間にか一人称も変わっていた。

 バーテンダーとして店に立たせてもらって、僕は色んな人と出会った。

 話したり笑ったり。お金を貰う大切さや趣味まで出来た。

 素晴らしい日々だった。

 これ以上ない程の幸せだった。

 そして。


 ――僕の第三の激情は、初恋だった。


 僕は、年の離れたその人に恋をした。初めて出会った時は、騒がしい人だなと思った。

 でもその騒がしさで、鬱陶しいや煩わしいなどは感じなかった。

 その騒がしさは、僕の胸を静かに躍らせてくれた。


「……っ」


 その人と居るだけで僕は胸が熱くなった。


 でも、叶わぬ恋だった。

 何故ならその人は旅人だった。

 きっとすぐ違う場所へ行ってしまうのだろう。

 叶わないなら、それでいい。

 昔の僕なら、きっともっと違った結論を出していた。

 でも今の僕は、その叶わぬ恋を受け入れられる程、成長していた。


 そう自分で区切りをつけてから数日後。

 その人が店に来て、大事な役目を終えたからぱーとやりに来たらしい。

 その人はいつも通り騒がしく語りながら。自分が何を頑張ってきたのかなどを話していた。


「私だってぇ、別にモテたいし彼氏の一人くらいほしいの!!」

「きっとケイティさんならいつか出来ますよ」

「そう? でも私、いっつも女として見られなくってさぁ!」


 その日はずっと店に居た。

 もう辞めといた方がいいと止めたが、彼女は聞かなかった。

 彼女は自分の席でぐっすりと寝てしまった。

 顔が真っ赤だ。それに、やけに気持ちよさそうに寝ているので起こすのが申し訳なくなった。


「どうしようかな」


 その時の彼女は、綺麗だった。

 乱れた茶髪も、少しだけはだけている胸元も。

 全て含めて美しかった。可愛かった。


「………っ」


 口を噛んだ。

 何をやっているんだと自分に言う。

 僕と彼女は年齢も離れている。まだ僕が18歳に対し、彼女は25歳だ。

 だからきっと、僕が告白したら困るに決まっている。


「でも……」


 でも、でも。

 今のこの時が最後でもいいから。今だけは彼女を見て居たかった。

 ずっと彼女を見ていた。見て、癒されて、覚悟して。


「あ、ケニーさん!」

「アーレ!ケイティは居るか?」


 幸せは必ず終わってしまう。叶わぬ恋は変わらずそのまま。

 ――咲かない花もあるのだ。諦めよう。


 僕もきっと出会いがあるはずだ。

 彼女にもお似合いの出会いがあって、だから、諦めよう。


 ケイティさんは店から出て行った。

 さようなら。どこか見えない場所で、幸せになってください。