五十一話「手紙」



 俺は急いでサヤカにその手紙を見せようと走り出しかけたが。


「あっぶね」


 そうだ。サヤカは魔病とかの事情を知らないんだ。

 もう少しで色々暴露するところだったぜ……ふぅ。



『魔病治療の手がかり発見。急いでサザル王国まで来てください。

 あなたを助けたいです。お願い。兄さん。

 サザル王国首都サーゼル。

 冒険者ギルド。          ケイティ・ジャックより。』



 サザル王国で、こんなに早く手がかりが見つかるとは。

 正直、俺も驚きだ。

 つうか、あまり信じてなかった。

 ケイティの魔法の実力は確かだが、魔病について調べる旅をすると言い出した時は正気かと疑った。

 何故なら、魔病とは数百年も治療方法が見つかっていない難病であり。

 あまり事例もないし、治療は不可能だと言われたのだ。


 もちろん、治そうとする人間はいると思う。

 だが、その不解明さと。原理の不可解さからか。

 数年前に、魔病の関する学者はすべてやめたと言われていたからだ。

 魔病に掛かったら=助からない。

 もう助けようとしても無駄なのだと世間が知っている。

 それほど分からなくって、それほど難しい病なのだ。


 それはそうだ。

 難しい。

 意味が分からない。

 どうゆう経緯で魔病になるのかも不明だし。

 どうゆう作用でどうゆう成分で、その魔病の症状なども全く解明できていない。


 俺を魔病だと診断した医師が、冷たい目をしながら。

 めんどくさいものを捨てるように俺を病院から追い出したのは。

 そうゆう、治せない病だと言う世間常識があるからだ。


「……でも、ケイティが」


 見つけた。

 治療方法を、見つけた。

 本当なら物凄い事なのだが。

 世間常識とまでなっている魔病の不治さを、この短期間で見つけた治療法で何とかなる物なのだろうか。

 ……でも、希望があるなら。

 それにかけてみたい。


「あぁーでも。距離的にも」


 そうだ。行くとしても、それには数か月かかってしまう。

 サザル王国は確かに魔法大国グラネイシャからは近いが。

 確か、一度中央都市へ行き、そこから東の方へ冒険しなきゃいけない。

 そう、冒険。旅だ。

 今の俺とサヤカに、数か月と旅するほどの体力は……あるのかもしれない。

 でも、数か月の時間は、痛い。

 俺はそこまで時間の余裕がないのだ。


 つい先ほど、生きようと決めたばかりなのに。

 もしサザル王国での治療法が失敗だったら。

 大幅に時間を無駄にしたことになる。


「………どうすれば」



――――。



「あのさ、お前さ。困ると頼るの俺しかいねぇのかよ」

「すまんモールス。この通りだ」


 さて、初っ端から俺はあることをしている。

 それは太古の昔、大きな戦争があった時に使われた技だ。

 それをすると、敵国の怒りが呆れに変わり、戦争が終わったと言われている。

 その名は、土下座だ。

 ド・ゲ・ザ。


 久しぶりの金髪のひょろがりが、困ったように頭を掻いた。


「まぁ、力にはなるさ。家に入れ」


 流石俺の友モールス・ダリック様だ。

 話が早くて助かるぜ。

 家に入ると、いつも通りサーラさんが居て。

 あ、そういえば。

 あの戦い以来、二人とは会っていなかったな。


「あの、二人とも怪我とかなかった?」

「特にねぇよ。あぁ、だが。サーラが少し怪我をしたな。

 うちのサーラを治癒魔法で治してくれたガキには感謝だ」


 そうだったのか。

 あの二人なら、やりかねんな。

 自慢の子供たちだ。


「俺の仕事先の運搬業で計算すると、そうだなぁ。サザル王国までは三か月かかる」

「三か月か……長いな」

「つうか、それまたどうしてサザル王国に?」


 と不思議そうに聞くので。

 俺はとりあえず、最初から包み隠さず話してみた。

 するとモールスは驚いたように。


「……まさか、本当に存在するのか?」

「確証は持てない。けど、向かう価値はあると思うんだ」

「それはそうだなぁ。てか、そのケイティっつう姉ちゃんはいつ頃グラネイシャを出たんだ?」

「え?あーと」


 ゾニーに修行をつけてもらう前だから、だいたい一か月前くらいか?

 あ、違うか。

 どうだろう。

 二週間から三週間前……あれ?


「おかしいな……ケイティは一か月も経たないうちにサザル王国にいるのか?」

「もしかしたら、何らかの方法でショートカットが出来るのかもな」


 確かに……。

 神級魔法使いなんだ。何でもありなのかもしれない。

 でも、一体どうやって……。


「そういえばなんだが、お前の兄弟って。近衛騎士団の騎士なんだろ?」

「……そうだけど、それがどうしたの?」

「そいつらにそのケイティっつう姉ちゃんの事を聞いてみればいいんじゃねーのか?」

「確かに……それで行くか」


 ゾニーやカール兄さんなら、ケイティがどうやってサザル王国に短期間で渡ったのか知っているのかもしれない。

 ダメ元だろうが、明日にでも聞いてみよう。


「助かったよ。モールス」

「今度酒に付き合えよ」



――――。



 そして俺はモールス宅を出た。

 街に帰って来たのが夕方頃だったからだろう。

 あたりはもう真っ暗で。

 流石に疲れ切っていたので、その日は家に帰って寝る事になった。


 んで、翌日だ。

 まだゾニーは王都に向けて出発しているわけではないので。

 ゾニーが泊っている宿屋へと顔を出した。


「どうしたの兄さん」


 と、俺が宿屋の目の前で困っていると。

 ゾニーから出てきてくれた。

 あ、そっか。この時間からゾニーはあの喫茶店へ行くんだった。

 ゾニーが何号室か知らないから焦ってたのが、なんだか恥ずかしいな。


「ケイティがサザル王国に向かった方法……?」


 俺はゾニーが喫茶店へ向けて歩く道で、そう聞いてみる。


「あぁ、そうだ。急用でサザル王国に向かいたい」

「それはまた。急な話だね」


 と言うので、モールスと同様に事情を説明すると。


「……えっと。一応ケイティがサザル王国に短期間で行った方法はあるんだけどさ」

「あるのか!?教えてくれ」

「それは……えっとさ。兄さんってどのくらいお金あったっけ?」

「ん?それなりには稼いで貯金もあるから。三桁くらいは……」

「なら多分大丈夫なんだけど」


 どうした。妙に勿体ぶるじゃないか。

 まさか、非公式の山賊かなんかに多額のお金を払ってお願いしたのか?

 それとも、小説の世界にあるテレポートが出来る魔法陣とかあったり?

 ま、まさか!?人間を別の位置へ運べる魔法があったり――。


「兄さんは、ドラゴンを信じる?」

「……え?は?」


 ドラゴン……どらごん?

 地竜なら騎士団が戦いの時使ってたのは見たが。

 あの、赤色で、でかくって、トケガの最強バージョンみたいな。

 小説の世界に出てくる、ドラゴン?

 そりゃ知ってるけど。

 それがなんだ?


「ケイティはね」

「おん」

「ドラゴンの背中に乗って、二週間くらいでサザル王国に行ったよ」


 そこで語られたのは、俺でも知りえなかった。

 ドラゴン、いわゆる竜と言われる存在の話だった。

 なんと竜は、実在するらしい。

 そして多額だが、三桁代のお金を払う事で竜に宅配されることが可能だと。

 だが、それは王様の許可が必要らしいが。

 それはゾニーが取り合ってくれるらしい。


 と言う事で、俺は行くための手段を手に入れた。

 次は、サヤカさんをどうするかだ。

 多分だが、俺一人の方がいいのだろうが(魔病とかの事情をサヤカが知らないから)

 その間、サヤカを誰が世話するのかと言う話だ。

 あんな魔法も使えるサヤカだが、正直に言うと。

 サヤカが数週間、あるいわ数か月一人で過ごすのは少し心配だ。

 つうことで、サヤカを連れて行こうと思う。

 なぁに、口実なんて簡単だ。


『サヤカさん。最近お疲れだから、サザル王国への旅行はどうだい』

『えぇ!いいんですか!ちょうどわたくしも行きたかったのです!!!』

『だろうだろう。知っているさ、俺はお前のご主人さまだしな!』


 と、俺は完璧なデモンストレーションと台本を作成し。

 脳内で何度も妄想、否、シミュレーションを行い。

 身なりを整え、髪をセットし、花束を胸ポケットに飾り。

 いざ、陣上に。


「え?嫌ですよ」

「あ、あれぇ?」

「もう旅行は疲れました。ボクはもう少し、マルの背中を堪能したいのですぅ」


 と、サヤカさんは。うちの猫、マルの背中に顔を沈めながら言う。

 サヤカさん。あなたもゴロゴロニャ~とか言い出しそうですよ。

 どっちが猫か分かんねぇな。


 おっと、いかんいかん。

 これは真剣な話なのだ。


「えっとな……えーと。あーと」

「……?」

「その、あれだよ。あれあれ!……」

「あれ?」

「……ケイティ様が、妊娠したんですってぇ」


 すまんケイティ。

 俺を好きなだけ殴ってもいいし貶してくれてもいい。

 なので今だけ、力を貸してくれぇ~!!!


「え?妊娠したんですか!?」

「……お、おん。旅先で一発ヤッたらしく、それで出来ちまったらしい」

「……な、なるほど?」

「それでな。身の回りの事が大変だそうだから、サヤカと俺で世話しに行くってどうだ?」

「それなら……いいですね。ボクも協力したいです」


 ああああああああああああああああああああああ。

 胸が痛い。激痛だ。

 俺はなんていうことをしているんだ。

 こんな純粋で優しい少女を、騙しているとは。

 ……あぁ、そうだ。いつかすべて話すとき謝ろう。

 そして毎日罪悪感を感じながら生きてやる。

 純粋無垢なサヤカを平気で騙す、極悪非道で残忍な男ケニー・ジャックとして生きて行こう。

 あぁ、神を。

 私に罰を。



――――。



 まさか王様から許可が下り。

 その話から三日後。

 俺たちはまた、王都へと来てしまった。

 おかしいな、最近何かとこの建物を見るぞぉ?


「やぁ久しぶりだね。と言うか、こんなに早くまた会えるとは思っていなかったよケニー・ジャック」


 気さくに話しかけてくれる王様。

 あぁ、俺は罪深い。

 いっそ死んでしまおうか。


「……我儘言ってしまいごめんなさい。今度、何かしらの命令は必ず聞くので」

「まぁよいよい。君の子供を見てみたいというわしの希望もあったのじゃよ」

「サヤカをですか?」

「あぁ、そうじゃ。うちのジーンと歳も近いらしいのでな。魔法の才もあるのだと聞くぞ」

「……王様は物知りですね」


 確かに、王様の孫のジーンと言う子とも歳は近いが。

 そんな理由だけで、国の王様ともう一度会えるとはすごいな。

 このアルフレッド・グラネイシャと言う男、案外軽いな。


「まぁ、その命令とやらを使えば。

 緊急時にうちの孫をそちらの子供に守ってもらうなんて事は考えてはいるぞ」

「あ……そうゆう事でしたか」


 なるほど……。

 サヤカには魔法の才能がある+ジーン様と歳が近いと言う事で。

 同じ歳の友達+護衛がつけれるという一石二鳥の状況を見越してたな……。

 策士……策士だぁ。


 とりあえず、荷物をまとめている俺とサヤカは。

 軽く王様と雑談をし。

 その後、王様の道案内と共に。

 軽い竜の注意事項を聞くことになった。


「竜は基本的に気さくで、話しかけやすい。

 雑談などをすると、竜の経験談とかを話してくれたりするからたくさん喋ると楽しいぞ」

「なるほど?」

「ただ、金が高額だ」

「その話は聞いてますよ」

「あと、やつらは狡猾で賢い。あまり信用しない方がいいとだけ教えておくぞ」


 とまぁ、この程度のアドバイスだった。

 狡猾で賢いから信用するなと言うのは。

 もしかしたら竜は、お金に貪欲な性格なのかもしれない。

 それはそれで面白いが、変な話が出たら乗るなと言う事だろう。


「ご忠告ありがとうございます」

「このくらいは当たり前じゃ。じゃあ、もしその時が来たら頼むぞ」


 あ、これ多分ゾニーがそうゆう売り方をしたな。

 ケニー・ジャックの子供は9歳にして魔法の才能があり、ジーン様の護衛に適しています。

 この際、恩を売っておいた方が……などなど。

 だろうな。

 まぁ、そうゆう売り方をしなきゃ無理な話だからな。

 ゾニーには感謝をしよう。



 さて、王城の屋上に出た。

 そして王様が、どこからともなく出した魔石を三度擦ると。



 ――巨大な影と共に、赤竜が翼を羽ばたかせ舞い降りたのだった。






 余命まで【残り202日】