雨が降っていた。
その雨は体の芯を冷やすほどの冷たさで、風邪をひいてしまうくらいの豪雨。
それに、俺は打たれながら。
「……これって」
■体。■体。■体。
脳が痛かった。苦しくなった。
胸の底にあるノイズは、酷くなる一方で。
まるで今この世界は、俺たちの敵になったような感覚で。
吐き気がして。
目眩がして。
寒くって。
あぁ、そして。
これは、【死体】だ。
死、氏、視。
死だ。
タヒだ。イに本だ。
死体だ。
おおよそ、数分前に放置されたのだろうその死体を見て。
俺とサヤカは、衝撃のあまり固まっていた。
だが俺は、なぜか冷静に物事を見れていた。
これは事件だ。
殺人事件と言うやつだ。
そしてこの状況は。
状況は。
――俺たちが、殺したみたいじゃないか。
「さ、さかや」
「………」
「だ……大丈夫?」
サヤカの返事がない。
傘はいつの間にか地面に倒れてて。
俺の髪もサヤカの白髪も濡れていた。
霞んでいた。
濁っていた。
その死体は、男だ。
頭から血を流しているのだろう。
周囲の、豪雨によって水深7センチ程ある水に。
赤く紅いドロドロとした生きた証が溶けていった。
雨のせいで男の死体がよく見えない。
でも、見る必要もないのに。
異様に釘付けになってしまう。
見れば見るほど胸に溢れるよどみに吐きそうになって。
でも動けなくって。
死とは、こうゆう事なんだと自覚させられる。
ただの帰り道だった。
帰り道だったはずだ。
大魔法図書館に行って、時間が来たから帰ろうとしたんだ。
だけど、流れてきたクマのぬいぐるみを見たサヤカがそれを追いかけて。
クマ、熊。
どうせなら野生の熊の方がよかった。
この王都と言う場所で、場違いすぎる狂暴で獰猛ででかい熊の方がよかった。
熊の方がよかったんだ。
なんだ、これは。
「サヤカ……騎士を呼ぼう」
「………」
「サヤカ!!騎士を呼んで調べてもらおうよ!!!」
サヤカは動かなかった。
動かない。死体のように、動かなかった。
だから俺は、サヤカの両肩を勢いよく掴んで。
「しっかりしろよ!お前の方が俺より大人なんだから、頼むから動いてくれよ!
たぁすけてくれよ!俺に教えてくれよ……!
動けよ……どうすればいいんだよ。教えてくれよサヤカ!」
雨の音で聞こえてなかったら元も子がない。
だから、口を大きく開けて、泣き叫ぶ勢いでそう言った。
サヤカはきっと、ショックで動けなくなってるんだ。
………。
――あぁ、そっか。
俺がやればいいんだ。
「っ……待ってろよ!」
俺は走り出そうとした。
騎士を呼んで、事態を何とかしてもらおうとした。
死体だ。
殺人だ。
事故なんてものじゃない。
殺人なんだ。
誰かが、人間を殺したんだ。
「――【魔法】」
え。
ふと、そんな言葉が聞こえた。
聞こえてきた。
後ろだった。
俺が走り出して、すぐ後ろだった。
――振り返ると、豪雨の中で、死体に炎を向けているサヤカが居た。
え?は?何してるの。
「なにしてんだよ」
「………■さ■きゃ」
「はぁ?」
「■さな――。見た■な、い■の■」
「はぁ!?雨で聞こえねぇよ――!」
「けさなきゃ」
ボワッと、青い世界に赤黒い炎が目に写って。
まるで俺なんかいないと言わんばかりの態度のサヤカが。
その死体を、骨が残らない程強い火魔法で灰にした。
俺は、止める事が出来なかった。
止める暇なんてなかった。
そう、なかったんだ。
俺は悪くない。
俺は別に、証拠隠滅とかそうゆうのを手伝ったわけじゃない。
だけど、これは。
「――――」
その遺体の灰が、豪雨によって排水溝へ流れていき。
先ほどまであった衝撃的な死体は。
忽然と、姿を消してしまった。
そう、消えた。
無くなった。
その存在感しかなかったその死体は、無くなったのだ。
無くなってしまった。
「………」
俺は、ただ息を整えてただけだ。
すぅはぁすぅはぁ。そうやって息だけしてた。
音がなかった。
勢いよく降っている筈の雨の音が、しなかった。
何も聞こえなかった。
あぁ、聞こえない。
聞きたくない。
「トニー」
「ひっ」
突然肩を掴まれた。
いつものサヤカの笑顔だった。
怖かった。
そして。
「帰ろう」
「え……はぁ?」
「帰ろう」
「……お前、自分が何をしたか――!」
「帰ろう」
……あ、これ駄目だ。
こいつ、聞く耳を持たない。
どうすればいいのだろう。
どうせサヤカが燃やしてしまったんだ。
もう、この殺人がバレることは、ないのだろう。
いっその事、全部忘れてしまえば。
忘れれば。
去るサヤカ達を上から眺める。
人影があった。
――――。
「兄さんはこれからどうするの?」
俺とゾニーは王城を出て、帰路についていた。
帰りながらの会話だ。
「まぁ、お願いされればやるけど。貴族として終わってる俺に、別の貴族の監視なんてさせないだろうしな」
「まぁそうだよね。あ、でも僕の方には仕事が回ってくるかも」
「その時はその時だよ」
……俺は、今思い出したことがある。
忘れてた。完全に忘れてた。
王様に、死神に夢に侵入されたという話を、し忘れた。
やばい。やばいかもしれない。
火あぶりですか?情報を隠し持ってたからとかで炙られるんですか私。
「………」
まぁつってもさ。正直夢の話なんて誰も信じないだろうな。
正直俺自身、あれはただの悪夢だったんじゃねーかって思ってるし。
話したところで証拠も出せないし。
まあでも、サヤカも同じような夢を見てたんだもんな。
たまたま同じような夢を見るなんて、あり得ないと思うけど。
……話して信じられないってのも、嫌だし。
「ゾニーは今回の話、どうだと思う?」
「どうとは」
「まぁなんつうか、信じてるのかって話だ」
正直言って、実感がない。
無いのだ。
死神と言う魔族が、人間に取り付いて生きながらえているのは理解した。
だが、突飛よしなさすぎる。
正直、あまり簡単に頷くことが出来ないのが俺の感想だ。
「王様が言ってるんだ。嘘を言う必要はない」
「まぁそうだよな」
「だけど、どうして王様がそこまでの情報を持っているのかは気になるね」
「それな」
まぁ多分、ここ数年色々調査してたのだろう。
もともと死神と言う存在は認知していて。
だからこそ、闇払いを集めてた。
あ。闇払いってのは。
闇を払うとか書くが、実際は魔物の動きを見れる魔法使いの事をそういうらしい。
俺も最近知った。
「序列って、本当に居たんだな」
「いるよ。信じてなかったの?」
「いやまぁ、噂だと」
噂。噂だった。
序列、グラネイシャ内の最強ランキングがあるのは噂程度だと思ってた。
あ。でも噂だからこその信憑性があるのかもしれないな。
実態が持てない脅威こそ、敵側にとっては厄介だ。
あまり情報を出さず、順位も誰が居るのか明かさない。
今回は王様が居る会議だからっつう事で名乗ったけど、本当は人前で名乗らないのかもしれない。
序列。未知数な勢力だ。
王都・近衛騎士団は分かりやすく戦っているのだが。
第二部隊の隊長をやっている男が序列四位だったり。
あのどこに所属しているか分からない。
カリスと言う序列最下位も普段は違うことをしているのかもしれない。
もしかしたら、俺の近いところに序列の最強格が潜んでいるのかもしれないし。
いつも街で喋ってるあいつが、序列の一人なのかもしれない。
序列とはそういう物なのだろう。
正体不明だからこそ、序列の存在は強力だ。
七人で、今日現れたのが。
序列
四位『剣士』モーザック。
七位『魔士』カリス。
の二人だ。
もしかしたら死神関連で今後手を組むかもしれない。
覚えておこう。
「………」
「…………」
「そういえばだけどさ。サリーの事、進展ないか?」
「サリーさんについては進展なしだよ」
「そうかぁ」
「騎士団側も暇じゃないし、多分もう捜索されないと思うよ。
多分だけど、自分で抜け出したんでしょ。
なら、自分から『もう探さないでください』って言ってるような物だし」
いやまぁそうなんだが。
ヘルクの件もあり、正直心配なのだ。
俺に諭そうとし、なんやかんや色々尽くしてくれたあいつらが。
あぁ、そうだ。
ヘルクの墓でも聞いておこうか。
「ゾニー。ヘルクのは――」
「あ、ご主人さま」
ふと、宿の前まで帰ってくると。
白い髪の毛の、いつもの可愛いサヤカと鉢合わせした。
あれ?傘は?
「おいサヤカ、ずぶ濡れじゃねぇか」
「ごめんなさい。傘、失くしちゃいました」
と、言うサヤカの後ろに。
どこか浮かない表情をしているトニーが居た。
顔色悪いな。
雨に濡れて、肌の色が透けてる。
寒いだろう。
「トニー、俺のスーツでも良かったら上から来てくれ」
「……うん。ありがとう」
なんだぁ、こいつこんなに元気がない奴だったか?
まぁ初めての王都ではしゃぎすぎたのかもしれないな。
とりあえず、部屋に入ったら風呂に入れるか。
「今日はどうだったサヤカ。図書館に行ったんだろう?」
「前回より上の階に行ってみたので、いろんな本を読んできました!
トニーは本が退屈だと別行動してましたけどね」
「え?どこに行ってたんだよ」
「多分図書館を冒険してたと思います」
「子供っぽいなぁ」
サヤカも少し上機嫌だ。
さて、一応だが。
サヤカにだけ、死神の事を共有しようと思う。
まぁ多分だが、サヤカは死神について少しだけ関与してると思うんだ。
――サヤカの過去も、少しだけ分かってきたしな。
余命まで【残り2■6日】