四十三話「英雄ゾニー」


「突然言い出した時は驚いたよ」


 まぁ、そうだろうな。

 おしゃれな喫茶店で、コーヒーを飲みながらそう心で笑った。


 そういえばだが、そうだな、エマの時もこんな感じだった。

 相手は苦いコーヒーを頼んで、俺は普通のコーヒー。

 状況が同じだ。


 これは何というか、話す人間の決まったルーティンなのだろうか?

 確かに考えてみれば、俺も告白しようと思ったとき。

 意識をはっきりと、脳を活性化させてから告白したい。

 だから、ブラックコーヒーだ。

 コーヒーは、苦いほど、頭に染みる。


「突然呼び出して悪いな。単刀直入だが、聞かせてくれ」

「どうぞ、話せることならなんでも」


 ゾニーは平然としていた。

 いいや、落ち着いていたというか。

 普通だった。

 何にも感じていないように、優しい顔で俺の言葉を待つ。


「お前の心変わりは、なんだ」

「……」

「お前が変わった原因は、あの魔物の事件なんだろ?」

「……まぁ、そうだね」

「なんで、どうしてだ?」

「それは僕の問題だから、別に兄さんは……」

「関係あるよ。関係しかないさ」


 そうだ。関係しかないんだ。

 最近のゾニーは、明らかに変だ。

 誰がどう見ても、変わりすぎだ。

 誰が、どう見ても。

 誰がどう見ても……知らないゾニー・ジャックだ。

 俺たちは兄弟だ。

 血がつながった兄弟だ。

 関係ないなんてありえるはずがないんだ。


「兄さん」

「……なんだ」

「考えた事ない?どうして兄弟姉妹なのに、どこも体の特徴が似てないの」


 ……ん?

 なんの話をしているんだ。

 ……確かに、そうだな。

 カール兄さんは銀髪で、エマ姉さんは金髪。

 ケイティは茶髪の緑眼で、ゾニーは茶色に近い黒髪といった印象だ。

 考えてみれば、そうだな。


「ねぇ兄さん。よく聞いてね」

「……?」

「これは僕の憶測だし、正直間違っていてほしいけどさ」

「……あぁ」



「僕たちさ。血が、繋がっていないんじゃないかな?」



 …………。

 は?

 そんなわけ、ないだろ。

 あり得るわけないだろ。

 確かに母親の顔は見たことないけど。

 それは父さんと母さんが喧嘩してて、離れ離れに……。


「……」


 いない?

 最初から、母親なんて、いなかった?

 どうゆうことだ。


「これは僕の憶測だ。実際の所は分からない」

「……」

「だけどさ、みんな個性が違いすぎる」

「………」

「カール兄さんは勇敢で、エマ姉さんは大人の女性。

 ケイティは魔法の才能があって、ケニー兄さんは魔法指導の才と、『勇気』がある」

「何を言ってるんだ?」

「僕は、みんなに劣ってるんだ。何も自慢できる部分がない」

「……」

「だからさ、目立とうとしてたんだ」


 そこから、ゾニーは。

 今までの気持ちを、語りだした。



――――。



 僕にとっては、みんなが眩しかった。


 みんながきらきらしてて、それに圧倒されて、その影に隠れてた。

 別に苦痛ではなかったけど。

 ふと、僕は何なんだろうと考えた。


「………」


 僕は、すごい人に囲まれた、凡人だ。


 まずまずのポテンシャルが違う。

 僕に才能はなかったし、兄さん達のような熱い正義感はなかった。

 人に話しかけるのも得意じゃなくって。

 だから、凡人だ。


 影で生きるだけでよかった。はずなのに。


「――あれ」


 いつの間にか、自分が誰だか分からなくなっていた。

 名前はある。ゾニー・ジャックだ。

 別に見失ったわけじゃない。

 ただ、わからないのだ。

 自分のいいところが、取り柄が。

 みんなが凄すぎて、眩しくって。


 僕は、立っているだけの、脇役だった。


 だから僕は、自分でそのスポットライトに当たるために。走り出した。

 舞台の上で英雄を目の前にし、脇役しかやっていなかった僕が。

 21歳の時、初めて走った。

 剣を振った。

 剣技を覚えた。

 騎士になった。

 怖かったけど。

 人を助けた。

 目立った。

 目立ちたかった。

 着飾った。

 露出を増やした。

 宝石を買った。

 偽りの笑顔を作った。

 助けた。救った。雨に打たれた。


「――――」


 だけど、久しぶりに再会した兄さん達は、遠い場所にいた。

 まだまだスポットライトは遠くって。

 遠すぎて。

 走っても追いつけなかった。

 僕がどれだけ頑張っても。

 僕がどれだけ舞台の上で踊っても。

 踊り狂いしても。

 光を浴びることは、なかった。


「兄さん?」


 そして、兄さんの腕が無くなっていた。

 色が抜けかかった銀髪が雨に打たれ、何かを宿した瞳を僕に向けてきた。

 だから、間髪入れずに。

 僕は綺麗事を並べた。

 並べつくした。

 戦えといった。

 どうせ兄さんらだ。

 その眩しい世界に、僕が行くことは、ないから。

 どうせなら、脇役として。

 役に準じて。

 光の当たらない場所で。


「お願いがあります」


「え」と、思わず呟いた。

 小さな子供だった。

 死神という相手に暴走しかけているケニー兄さんを見ていると。

 白髪の子供が、突然焦ったように話しかけてきた。

 小さな子供だったから、危ないよと言いかけたけど。

 その子は、光を、浴びていた。


「――――」

「ご主人さまを抑えててください。ボクが何とかします」


 と、主役が申し出た。

 この世に監督はいない。

 「わかった」と、小さなセリフを吐いた。

 小説で言うなら、地の文に混ざるであるのだろうそのセリフ。


「ゾニーさん!」


 「わかってる!!」と。

 脇役の仕事が来た。

 仲間から受け取った松葉杖を捨て、兄さんに飛び移った。

 何やっているんだろう。とか思わなかった。

 だって、これが脇役の仕事なんだから。


「ゾニーッ!!!」


 はっとした。

 ケニー兄さんの勢いがある抵抗と共に、自分が何をやっているのか分からなくなった。

 でもそれは、光を浴びている主人公の脇役として……。

 「わかってくれケニー兄さん。今は降参しなきゃ……え」と。

 その主人公の子供は、戦場に立っていた。


「サヤカが戦う気だぞ」



――――。



 僕は何もしなかった。

 できなかった。

 ただ子供が戦うのを見て、無心で役としての仕事を終わらせようとしていた。

 だけどそれは。

 人間として、どうだったのだろうか。


「――っ」


 胸が苦しくなった。

 別に人の心を失くしたわけじゃない。

 苦しい。

 苦しかった。

 ずっと背けていた苦しさが、そこにあった。


「離せ!離せよゾニー!!!」


 「ごめん……離せないよ」と。

 足が折れていた。

 そして、放してしまったら。

 兄さんが死んでしまう気がした。

 嫌だった。

 嫌だ。

 殺させない。

 でも、無力だ。

 ずっと舞台の上で色んな衣装を着て、いろんな道化を演じた。

 演じたけど。

 主役になれなかった。


 多分、選ばれていない人間なんだと思う。


「なら!!せめてサヤカを助けてやってくれ!!!」


 ……あの子供は、もう駄目だ。

 誰も助けられない。

 前線の厳しさ、死闘の反動だ。

 誰も、自ら喧嘩を売りに行ったあの子供を。

 肯定できない。

 もちろん、死んでしまった仲間の事もある。

 意味のない死にはさせない。

 でも、むりだ。

 あれは、異常事態すぎる。


 普段のクエストでは、出てきても魔物は2、3匹程であり。

 だからこそ、この状況がおかしいのだ。

 どうして千を超える魔物が一度に攻めてこれた?

 意味が分からない。

 あの死神が操っているにしても、何者なんだ?


「なぁ」


 え。


「だ。だれでもいい。だぁれでもいいいぃ――ッ!!」


 「………」。

 兄さんが、叫んだ。

 スポットライトに当てられた兄さんが。

 その瞬間。

 光から兄さんは、自分で出た。

 自分から、舞台を降りた。

 そして、観客側に回って。


『――あ』


 僕の頭上に、スポットライトが当てられた。


「お前らは騎士なんだろォ!戦えよ!!

 子供が戦っているんだぞ!あの子供がだ!!!

 小さくて、頭を撫でられると喜んで、肉が大好きなあの子供が戦っているんだぞ!!

 お前らも戦えよ。お前らが戦うべきだろ。どうして剣を握っていないんだ!!!

 どうして見ようとしない!!!

 あの子供が戦っているのを、見過ごしていいのかァ!!??」


『………』


 問い、子供を野放しにするのが、騎士の使命か?


 ゾニー・ジャックは、その問いに。

 言葉を吐き出すことが出来なかった。

 もちろん違うと言うのだろう。

 だが、今の状況を見てもなお、違うと言えるのだろうか。

 あぁ、そうだ。

 今やってるのは、助けられる命が目の前にあるのに。

 僕はスポットライトに当てられながらも、何もできない。


『……違うんだ』


 ゾニー・ジャックは、舞台で言った。


『光なんか関係ない。スポットライトなんか、関係ないんだ。

 みんな光に当たってなくっても、脇役でも、照明でも演出でも観客でも。全力なんだ。

 みんなが戦ってる。主役でも脇役でも、みんな戦ってるんだ』


 ゾニー・ジャックは気が付いた。

 だから、腕が緩んだ。

 だから嚙まれたとき、手を離してしまった。

 その時、ゾニー・ジャックは。

 自覚した。


 ――みんな、英雄だ。


 弱いなんてない。

 みんなが輝かしい個性を持ってる。

 僕はどうだ?

 他人の真似事をして、着飾って、空回りしていた。

 違うんだ。

 それが間違ってるんだ。

 努力の方向が、違ってたんだ。


 生きることを諦めてなければ。

 みんなが心に、心臓に。

 誰にも譲れない剣技を秘めているんだ。





 ――変わらねば。


 ――僕も変わらねば。


 ――凡人は、嫌だ。


 ――人を守れる、ヒーローに。



 力を持ってないのに、戦場へ駆け出せる勇気。

 ケニー・ジャックという男は、人情に熱く、勇敢で、力があって。

 僕にとっての、憧れだった。


 僕の腕に嚙みついて、自分の子供の為に走り出したその男は。

 僕と兄弟らしい。

 だけど、その姿は。

 どんな物語にもいないくらい。

 カッコイイ、背中だった。


 そして、なりたい物を、見つけた。



 一人の人間の為なら、自分の命を顧みず。

 その剣技を振るえる人間に――。



 英雄だ。

 それは、英雄だ。


 英雄ゾニー・ジャックは。

 英雄ケニー・ジャックに。

 憧れていたのだ。




 余命まで【残り216日】



 こうして、スポットライトは。

 静かに、消えていった。