「突然言い出した時は驚いたよ」
まぁ、そうだろうな。
おしゃれな喫茶店で、コーヒーを飲みながらそう心で笑った。
そういえばだが、そうだな、エマの時もこんな感じだった。
相手は苦いコーヒーを頼んで、俺は普通のコーヒー。
状況が同じだ。
これは何というか、話す人間の決まったルーティンなのだろうか?
確かに考えてみれば、俺も告白しようと思ったとき。
意識をはっきりと、脳を活性化させてから告白したい。
だから、ブラックコーヒーだ。
コーヒーは、苦いほど、頭に染みる。
「突然呼び出して悪いな。単刀直入だが、聞かせてくれ」
「どうぞ、話せることならなんでも」
ゾニーは平然としていた。
いいや、落ち着いていたというか。
普通だった。
何にも感じていないように、優しい顔で俺の言葉を待つ。
「お前の心変わりは、なんだ」
「……」
「お前が変わった原因は、あの魔物の事件なんだろ?」
「……まぁ、そうだね」
「なんで、どうしてだ?」
「それは僕の問題だから、別に兄さんは……」
「関係あるよ。関係しかないさ」
そうだ。関係しかないんだ。
最近のゾニーは、明らかに変だ。
誰がどう見ても、変わりすぎだ。
誰が、どう見ても。
誰がどう見ても……知らないゾニー・ジャックだ。
俺たちは兄弟だ。
血がつながった兄弟だ。
関係ないなんてありえるはずがないんだ。
「兄さん」
「……なんだ」
「考えた事ない?どうして兄弟姉妹なのに、どこも体の特徴が似てないの」
……ん?
なんの話をしているんだ。
……確かに、そうだな。
カール兄さんは銀髪で、エマ姉さんは金髪。
ケイティは茶髪の緑眼で、ゾニーは茶色に近い黒髪といった印象だ。
考えてみれば、そうだな。
「ねぇ兄さん。よく聞いてね」
「……?」
「これは僕の憶測だし、正直間違っていてほしいけどさ」
「……あぁ」
「僕たちさ。血が、繋がっていないんじゃないかな?」
…………。
は?
そんなわけ、ないだろ。
あり得るわけないだろ。
確かに母親の顔は見たことないけど。
それは父さんと母さんが喧嘩してて、離れ離れに……。
「……」
いない?
最初から、母親なんて、いなかった?
どうゆうことだ。
「これは僕の憶測だ。実際の所は分からない」
「……」
「だけどさ、みんな個性が違いすぎる」
「………」
「カール兄さんは勇敢で、エマ姉さんは大人の女性。
ケイティは魔法の才能があって、ケニー兄さんは魔法指導の才と、『勇気』がある」
「何を言ってるんだ?」
「僕は、みんなに劣ってるんだ。何も自慢できる部分がない」
「……」
「だからさ、目立とうとしてたんだ」
そこから、ゾニーは。
今までの気持ちを、語りだした。
――――。
僕にとっては、みんなが眩しかった。
みんながきらきらしてて、それに圧倒されて、その影に隠れてた。
別に苦痛ではなかったけど。
ふと、僕は何なんだろうと考えた。
「………」
僕は、すごい人に囲まれた、凡人だ。
まずまずのポテンシャルが違う。
僕に才能はなかったし、兄さん達のような熱い正義感はなかった。
人に話しかけるのも得意じゃなくって。
だから、凡人だ。
影で生きるだけでよかった。はずなのに。
「――あれ」
いつの間にか、自分が誰だか分からなくなっていた。
名前はある。ゾニー・ジャックだ。
別に見失ったわけじゃない。
ただ、わからないのだ。
自分のいいところが、取り柄が。
みんなが凄すぎて、眩しくって。
僕は、立っているだけの、脇役だった。
だから僕は、自分でそのスポットライトに当たるために。走り出した。
舞台の上で英雄を目の前にし、脇役しかやっていなかった僕が。
21歳の時、初めて走った。
剣を振った。
剣技を覚えた。
騎士になった。
怖かったけど。
人を助けた。
目立った。
目立ちたかった。
着飾った。
露出を増やした。
宝石を買った。
偽りの笑顔を作った。
助けた。救った。雨に打たれた。
「――――」
だけど、久しぶりに再会した兄さん達は、遠い場所にいた。
まだまだスポットライトは遠くって。
遠すぎて。
走っても追いつけなかった。
僕がどれだけ頑張っても。
僕がどれだけ舞台の上で踊っても。
踊り狂いしても。
光を浴びることは、なかった。
「兄さん?」
そして、兄さんの腕が無くなっていた。
色が抜けかかった銀髪が雨に打たれ、何かを宿した瞳を僕に向けてきた。
だから、間髪入れずに。
僕は綺麗事を並べた。
並べつくした。
戦えといった。
どうせ兄さんらだ。
その眩しい世界に、僕が行くことは、ないから。
どうせなら、脇役として。
役に準じて。
光の当たらない場所で。
「お願いがあります」
「え」と、思わず呟いた。
小さな子供だった。
死神という相手に暴走しかけているケニー兄さんを見ていると。
白髪の子供が、突然焦ったように話しかけてきた。
小さな子供だったから、危ないよと言いかけたけど。
その子は、光を、浴びていた。
「――――」
「ご主人さまを抑えててください。ボクが何とかします」
と、主役が申し出た。
この世に監督はいない。
「わかった」と、小さなセリフを吐いた。
小説で言うなら、地の文に混ざるであるのだろうそのセリフ。
「ゾニーさん!」
「わかってる!!」と。
脇役の仕事が来た。
仲間から受け取った松葉杖を捨て、兄さんに飛び移った。
何やっているんだろう。とか思わなかった。
だって、これが脇役の仕事なんだから。
「ゾニーッ!!!」
はっとした。
ケニー兄さんの勢いがある抵抗と共に、自分が何をやっているのか分からなくなった。
でもそれは、光を浴びている主人公の脇役として……。
「わかってくれケニー兄さん。今は降参しなきゃ……え」と。
その主人公の子供は、戦場に立っていた。
「サヤカが戦う気だぞ」
――――。
僕は何もしなかった。
できなかった。
ただ子供が戦うのを見て、無心で役としての仕事を終わらせようとしていた。
だけどそれは。
人間として、どうだったのだろうか。
「――っ」
胸が苦しくなった。
別に人の心を失くしたわけじゃない。
苦しい。
苦しかった。
ずっと背けていた苦しさが、そこにあった。
「離せ!離せよゾニー!!!」
「ごめん……離せないよ」と。
足が折れていた。
そして、放してしまったら。
兄さんが死んでしまう気がした。
嫌だった。
嫌だ。
殺させない。
でも、無力だ。
ずっと舞台の上で色んな衣装を着て、いろんな道化を演じた。
演じたけど。
主役になれなかった。
多分、選ばれていない人間なんだと思う。
「なら!!せめてサヤカを助けてやってくれ!!!」
……あの子供は、もう駄目だ。
誰も助けられない。
前線の厳しさ、死闘の反動だ。
誰も、自ら喧嘩を売りに行ったあの子供を。
肯定できない。
もちろん、死んでしまった仲間の事もある。
意味のない死にはさせない。
でも、むりだ。
あれは、異常事態すぎる。
普段のクエストでは、出てきても魔物は2、3匹程であり。
だからこそ、この状況がおかしいのだ。
どうして千を超える魔物が一度に攻めてこれた?
意味が分からない。
あの死神が操っているにしても、何者なんだ?
「なぁ」
え。
「だ。だれでもいい。だぁれでもいいいぃ――ッ!!」
「………」。
兄さんが、叫んだ。
スポットライトに当てられた兄さんが。
その瞬間。
光から兄さんは、自分で出た。
自分から、舞台を降りた。
そして、観客側に回って。
『――あ』
僕の頭上に、スポットライトが当てられた。
「お前らは騎士なんだろォ!戦えよ!!
子供が戦っているんだぞ!あの子供がだ!!!
小さくて、頭を撫でられると喜んで、肉が大好きなあの子供が戦っているんだぞ!!
お前らも戦えよ。お前らが戦うべきだろ。どうして剣を握っていないんだ!!!
どうして見ようとしない!!!
あの子供が戦っているのを、見過ごしていいのかァ!!??」
『………』
問い、子供を野放しにするのが、騎士の使命か?
ゾニー・ジャックは、その問いに。
言葉を吐き出すことが出来なかった。
もちろん違うと言うのだろう。
だが、今の状況を見てもなお、違うと言えるのだろうか。
あぁ、そうだ。
今やってるのは、助けられる命が目の前にあるのに。
僕はスポットライトに当てられながらも、何もできない。
『……違うんだ』
ゾニー・ジャックは、舞台で言った。
『光なんか関係ない。スポットライトなんか、関係ないんだ。
みんな光に当たってなくっても、脇役でも、照明でも演出でも観客でも。全力なんだ。
みんなが戦ってる。主役でも脇役でも、みんな戦ってるんだ』
ゾニー・ジャックは気が付いた。
だから、腕が緩んだ。
だから嚙まれたとき、手を離してしまった。
その時、ゾニー・ジャックは。
自覚した。
――みんな、英雄だ。
弱いなんてない。
みんなが輝かしい個性を持ってる。
僕はどうだ?
他人の真似事をして、着飾って、空回りしていた。
違うんだ。
それが間違ってるんだ。
努力の方向が、違ってたんだ。
生きることを諦めてなければ。
みんなが心に、心臓に。
誰にも譲れない剣技を秘めているんだ。
――変わらねば。
――僕も変わらねば。
――凡人は、嫌だ。
――人を守れる、ヒーローに。
力を持ってないのに、戦場へ駆け出せる勇気。
ケニー・ジャックという男は、人情に熱く、勇敢で、力があって。
僕にとっての、憧れだった。
僕の腕に嚙みついて、自分の子供の為に走り出したその男は。
僕と兄弟らしい。
だけど、その姿は。
どんな物語にもいないくらい。
カッコイイ、背中だった。
そして、なりたい物を、見つけた。
一人の人間の為なら、自分の命を顧みず。
その剣技を振るえる人間に――。
英雄だ。
それは、英雄だ。
英雄ゾニー・ジャックは。
英雄ケニー・ジャックに。
憧れていたのだ。
余命まで【残り216日】
こうして、スポットライトは。
静かに、消えていった。