四十二話「真意」



「ただいま」


 街から離れた場所。

 そこは言うならば、教会だった。

 宗教などを信じ、神に一番近い場所だ。

 そこの地下。


「え、姉さん?」

「えっとね、お客さんの」

「ケニー・ジャックだ。ゾニーの部隊では世話になったな」


 金髪美少女ナタリーに連れられたのは教会だった。

 いや、教会だからと言って何か意味を持っているわけじゃないのだろう。

 ここは多分、彼女たちの家なんだと思う。


 部屋に入ると、そこには2つのベッドが部屋の半分を埋め。

 一人の赤毛の少女が、ベッドに座っていた。

 すると、赤毛の少女が。


「狭いけどすいません。紅茶でも入れましょうか?」

「いいや、遠慮するよ」

「姉さんがお客様を連れてくるなんて珍しいのです。私にもお出迎えをさせてください」

「……まぁ、そうゆう事なら」


 半分押し負ける様な形で紅茶をもらう事になった。

 赤毛の少女は部屋を出ていき。「こうちゃ、こうちゃ」とステップを踏んでいた。

 赤毛の少女、名はエミリーだ。

 懐かしいと感じるが、ゾニーの部隊に配属され、一緒に戦ったのはまだ数週間前だ。

 あいや、もう一か月程経過するのだろうか?

 あの一日が、ひどく遠い物と思えてくる。


「エミリーさんと一緒に住んでるのか?」

「はい。そうです。彼女とは修道院時代からの友達です」

「友達?でも姉さんと」

「血はつながっていませんよ。ただ仲がいいので」


 仲がいいから、姉妹と変わらない。

 そうだな、それはその通りだ。

 俺とサヤカも、血がつながっていないが互いを家族だと思っている。

 そうゆうのと同じわけか。

 なんだかいいな、そうゆう関係も。


「話を始めよう。ナタリー」



――――。



 私が近衛騎士団へやってきたのは、数年前だ。

 ある程度魔法が使え、戦場で力を振るえる猛者を探していたらしい。

 私たち姉妹は、スカウトされた。

 当時、修道院から訳あって追い出されていた私たちにはいい稼ぎ方法であり。

 だからこそ、私たちは騎士団の門を叩いた。


 面接を済ませ、入団し、いよいよ実戦となった。


「……ここが?」


 その仕事は、村に現れた数匹の魔物の討伐だった。

 小さな仕事ではあるが、それに私たち新人が派遣された。

 その時作られたチームに、ゾニーさんが居た。


「…………」


 緊張はもちろんしていた。

 でも、それ以上に、どこかワクワクしていたと思う。

 緊張とワクワクが同時に来ると、変なテンションになるな。と。


「……ん?」


 とは、ゾニーさん言だ。

 現場に到着すると、なぜか他の冒険者がその場にいた。


 話を聞いてみると。

 魔物がいるという噂を嗅ぎ付け、はるばるやってきたという。

 魔物は腕試しの敵として選ばれやすい。

 それに魔物の中には、純度の高い魔力を取り込んでいる個体がいる。

 確か、ストロングデーモンというらしい。

 その魔石狙いでここに来ている人間もいるとか。


「…………」


 その場にいる冒険者は言った。

 みんなが口を揃えていった。楽勝だと。

 なぜなら、この中にはある程度自身の能力に自信がある人間が集まっており。

 そいつらが、この村に現れた魔物を倒そうとする。


「馬鹿な連中だ。この場を我々騎士団に任せればいいものを……」


 ゾニー先輩はそいつらを止めなかった。

 何なら、その目は見下していたと思う。

 そいつらの軽はずみで、浅はかな考えを。

 多分だけど、心の中で馬鹿にしていた。


 最初は感じの悪い人だと思った。

 初対面の人間に対し、偏見で相手にレッテルを貼っているからだ。

 そうゆう人間を、もともと修道女だった私は嫌いだった。

 無意識に人を見下す人に、ろくな人間はいないと。

 だが――。


「ひっ……」


 気が付くと森の中で迷っており、私は魔物に睨まれていた。

 世は力がすべて。

 そう言っていた神父を信じていなかった私を殴りたい。

 まさか乗っていた馬が暴走し、ここまで一人で来てしまうなんて。


「グルル」

「……ぁ、う」


 確かに乗馬は慣れていなかった。

 だから馬を暴れさせてしまったのだと思う。

 私の未熟が生んだ、容赦ない世界の牙だった。


 腰が抜けていた。

 魔物の牙が目の前まで来た。

 私は死ぬんだと思った。

 この状況で、助かるはずないと思っていた。

 だけど、次の瞬間。


「ガアアア!!」

「……っ」

「――――」

「………………」

「――――ア」

「……え?」


 目を開けると、斬撃が宙を舞った。

 音もなく、影もなく、その魔物の首が落とされた。

 ドサッ、と響いた首の音が、数秒後に鳴ったと同時に。


「――【剣技】」


 その技名とともに、魔物の核が壊された。

 その時だったと思う。

 ゾニー・ジャックを、好きになったのは。



――――。



 つまり、ナタリーさんは。

 ゾニーに、恋心を抱いていると。

 …………。


「ま?」

「まです」


 なんということだろうか……。

 これは、どうゆう心情でこの話を聞けばいいのだろうか。

 兄として、どうするべきなんだ?

 弟が好きな人と、どう接すればいいのだろうか……。


「その、えっと」

「迷惑なのは分かっているんです。

 きっとケニーさんは、ゾニーさんにお願いされて私を探してたんですよね」


 事実、だいたいその通りではある。 

 だが。俺が無理やり名乗り出たというか。

 うーん。


「その、ナタリーさんはどうして。ゾニーをストーカーしてたんですか?」


 好きだから追いかけるのはわかる。

 だがナタリーさんのそれは間違っている。

 正直。聖女っぽいナタリーさんがそんなことをするのが意外だし。

 いまだにイメージがつかめない。

 こうゆうとき、どうすればいいのだろうか?


「私は、ゾニーさんに惚れています」

「…………」

「今まで何度もお仕事する機会があり。そこで何度も守られていました。

 きっと、ゾニーさんにはそんな気はないと思います。

 でも、好きになってしまったのです。だから、心配なのです」

「し、心配?」


 心配とは何なのだろうか?

 別にゾニーに限ってそんな不安要素などはない。

 しっかりしていて、戦いの場面になればあいつは頼もしいからだ。


 というか、先ほどの話の内容。本当なのだろうか?

 ゾニーは無意識に人を見下すような性格じゃないと思う。

 どちらかというと、万人受けするような性格で。

 ……。

 いいや、違うか。

 これは俺の勝手なイメージで。

 俺があいつを知らないだけなのか。

 知っていかなければいけない。

 あいつのことを。


「心配とは、なんですか?」

「…………」


 ナタリーさんは少し考えるようにうつむいた。

 そして、言った。


「……ケニーさんも感じ取っているでしょう」

「はい?」

「ゾニーさん。変わりましたよね」

「…………」


 その言葉は、俺の胸に引っかかった。

 なぜなら、心当たりがあるからだ。

 大魔法図書館にてあったときと、今のあいつでは違う。

 明らかに違うのだ。

 昔のあいつはどこかやんちゃで、冗談をよく言っているイメージだ。

 だけど今は。

 冗談のジの字すらなく、ちゃらけた服も今は来ていない。

 ただの聖人になり、完璧に変わってしまった。

 考えてみればわかる話だ。

 あいつは明らかに、あの一件で変化した。


「大規模魔物群討伐作戦……」

「その一件からゾニーさんは変わりました。その原因が知りたくて、私は彼を」


 ストーカーしていたと。

 まぁ、なんつうか。

 気持ちはわかる。

 人を思うのも大事だ。

 だが、それが本人の不快になる形になってるのがよくないな。


 正直に言えば、俺も気になってはいた。

 あいつの変化は違和感として感じていた。

 よく考えればわかるものを、俺は気づかなかった。

 そうだなぁ、どうすればいいのだろうか。


「なのでケニーさん」

「は、はい?」

「よろしければ、私の代わりに。ゾニーさんの悩みを聞いてあげてください」


 そう、だな。

 悩みは聞いたことがある。

 その結果がストーカー被害であって、だからもう悩みはないと思った。

 いいや、本人が悩みと理解していない可能性がある。

 その変化は、本人の問題というわけか?

 あいつの中で、その事件が引き金で心変わりがあったと。

 予想できないな。

 あいつを俺はあまり知らない。

 知らないから、知ろうとしたのに。


「…………」


 人間の深いところは他人だと見えない。

 ほとんど見えないのだ。

 呆けた面で悩み事なんてないだろってやつでも、深刻な悩みを抱えてたりする。

 表面上ならいくらでも嘘をつける。

 だから、人間の腹の内はわからない。

 そうゆうところが、ゾニーと出会った頃のナタリーさんには気持ち悪かったのだろう。

 でも、その腹の内が。

 人のために剣を握っていると知ると。


 人は、変わってしまう。

 変えられてしまう。

 人間は変化をする生き物だ。


「わかったよ。あいつの腹の内を見てきてやる」



――――。



 と言ってもだ。

 腹の内を見る、というのは。

 要するに、腹を割って話さなきゃいけないわけだ。

 あぁ、そうだ。

 最初からそうすればよかったんだ。

 とは思うけど、それは難しい事だ。


「…………」


 その方向性に話を持っていくのも至難だし。

 素の状態でその話を切り出しても気持ち悪がられる。

 知っている。

 俺は人間関係ではいろいろあった自信があるからな。

 だからこその英断だ。


「話し合いの場所を設けてくれてありがとう。ゾニー」


 そう言うと、数日前にゾニーのストーカーを見つけるために監視していた時。

 ゾニーが入っていた喫茶店。

 オレンザペーストのトーストを食べていた。

 その場所だ。


 英断、それすなわち。

 正直に申し出ることだ。


 『腹を割って話したい。お前の心変わりについてだ』


 茶色に近い髪を靡かせ、ゾニー・ジャックは振り返った。

 その表情は、兄に向けるものではなかった。

 それは、どちらかというと。


「やぁ」


 英雄を見ている様な、瞳だった。


「僕のヒーロー、ケニー兄さん。話をしようか」




 余命まで【残り216日】