三十八話「剣の道」



 俺の朝は早い。

 日が出る前に目が覚め、そこからぱっぱと着替える。

 そしてまだリビングで寝ているサヤカを横目に、外へ繰り出すのだ。


「ふっふっふう」


 一定のリズムを刻みながらその古畑跡を走った。

 朝のジョギングだ。

 軽装を身にまとい、俺はまだ目が覚めていない脳を揺らしていく。


 王都でエマに会ってから二日が経過した。

 そこまで経過していないけど。既にゾニーの修行は始まっていた。

 その一環で、今に至るわけだ。


 あまり無理な運動をするなと言われているから、最初の二日は走るのに慣れる事からだった。

 だから走っているのだが。

 俺はこの時間に、考え事をしてしまう。


「……ゾニー」


 ゾニー・ジャック。

 唯一、俺が真意を読めないやつだ。

 カールやエマは最近話したからわかる、ケイティは元々分かりやすい性格をしている。

 だけど、ゾニーだけは分からなかった。

 まずあまり関わりがなかった。

 引きこもる前も、全くと言っていい程喋っていなかったし。

 あいつの趣味とか、あいつの性格とかが今だにつかめない。

 父さんの墓へ行った時の、『剣技』と言う発言も理解が出来なかった。


「そういや、あいつって。なんで騎士になったんだっけ」


 ……それが、記憶からぽっかり忘れているのだ。

 全く覚えてない。

 どうしてゾニー・ジャックと言う男が騎士を目指したのか。

 俺は知らないのだ。

 カール兄さんは剣術の才能があったから。エマは子供の頃の夢で魔法使いに。

 ケイティはエマ以上の魔法の才能があったからだ。

 だが、ゾニーと言う男だけ。俺は知らない。


 イマイチ分からない。

 あいつがどんな人間なのか。

 全くわからないのだ。


「………」


 だから、この修行の中であいつを理解していきたい。

 兄弟なんだから、家族なんだから。当然だ。

 俺は兄なんだから。弟のことも理解したい。

 今日、新たな訓練内容を伝えるためにうちに来るらしい。

 その時、頑張って話をしてみるか。


 ……で、だ。

 突然だが、サリー・ドードと言う男の話をしよう。

 現在。近衛騎士団、第十三部隊:隊長 サリー・ドードは。

 行方不明だ。

 王都の騎士団本拠地からも消え、その存在が今どこにいるかが分からない。

 ただ、攫われたり殺されたりはないだろうとゾニーが教えてくれた。

 騎士団本拠地は厳重な警備だし、彼はそこまで弱くないと言う事らしい。

 だから、つまり。

 彼自身の意思で、行方不明になったのだと。


「………」


 確かに俺は少ししか喋ったことがない。

 だけど、どこか親近感を抱いているサリーには。


――――


「ケニー!!」

「なんだぁ!?」

「お前に、あの子供を守りたいと言う気持ちがあるなら」

「………なんだ!」

「その子に、隠し事をするな」

「………」


――――




「どこかでまた会いてぇなぁ。サリー」




 既に家の前についた頃、俺はおもむろにそう呟いた。



――――。



「さてと」

「それは?ゾニー」


 時刻は十二時頃。家の前の庭でゾニーに剣の形をした何かを渡された。

 見た目は剣だが……でも実際に刃とかはついていないような。


「これはトレーニング用の模型だよ」

「模型?」

「そう。重量だけ刃がついてる剣と同じだけど、これは刃がついてないバージョン」

「な、なるほど」


 そんな物もあるのか。

 王都、凄いな。


「これを腰に付けたまま。数日過ごしてもらうから」

「え!?」


 な、なるほど……。

 剣の重さとか、そうゆうのに慣れるためか。

 納得は出来るが、何だが緊張するな。


「おっも」


 ゾニーに言われ、実際に腰につけてみた。

 腰に巻いた専用のベルトはきつく締め付けられ。

 そしてそのベルトの器具に。

 その模型の柄の部分にある金具が凹凸の様にカチッとなり。


「おっ」

「剣は重いから、ちゃんと踏ん張って」


 なんだろうか、このなんとも言えない重みは。

 少し全身の軸をずらすだけで左側に転けそうな重さだ。


「ちょっとまってくれ」

「ん? どうしたの?」

「お前ら騎士は、こんなの腰に付けながら馬とか走ったりしてんのか」

「そうだよ? 当たり前じゃない」


 そんな馬鹿な……。

 そりゃ、すげぇな。

 改めて思うよ。

 こんな不安定な中で更に剣を振ったり剣技とかを繰り出すのか。


「騎士って、すげぇんだな」

「何を今更だよ。兄さん」


 ゾニー曰く、今すぐ剣を振るより。まずは基盤作りから初めて行かなければ行けないらしい。

 本来なら数ヶ月と言う月日を費やし、体力や筋力を上げなきゃいけないらしいのだが。

 俺の場合、そこまで時間の猶予がないと言う事で。

 ゾニー考案の、特別な訓練をすることになった。


「それが、これを付けながら過ごすと」


 と、俺は腰についた模型の剣に視線を向ける。


「そうだよ。とにかくその状態で素早く動けるようになるくらいまで生活してもらうよ。

 流石に仕事とかの時は外していいけどね」

「そこは優しいのな」

「仕事先に迷惑を掛けたくはないからね。でも街を歩く時は付けてもらうよ?」

「あ、はい」



――――。



「あんた……久しぶりに来たと思ったら」

「どうしたんですか?そんなに腰の方を凝視して」

「その言い方、うちがピンクの目線をお前に向けてるみたいで不快ださね」


 久しぶりのモーリーの顔に、どこか胸が安堵した。

 そして俺は、数週間ぶりの仕事をすることになった。


「モーリー食堂、開店だよ」


 懐かしのフレーズと共に、いつもどおりの店の風景が流れた。

 なんだかそれが懐かしくって、嬉しかったと思う。


「ロンドンも戦ってくれたんだよな?」

「一応な」


 キッチン越しに、そうロンドンに聞いてみた。

 すると、いるもどおりの声色でそう言ってきた。


「なんでお前、あの時戦ってくれたんだ?」

「なんで、とはどうゆうことだ」

「いや。お前人見知りって言う設定どこやったんだよ」

「あれは設定だ」

「はぁ?」


 え、まさかこいつ。

 実は人見知りじゃないけど、そう偽ってたって訳か?

 なんでだよ?


「元騎士の俺が、あのビジュアルで子供たちの前に立てるかっての」

「………」


 あの筋骨隆々で、荒くれ者のイメージが強かった見た目のロンドン。

 ……子供の前に立てない?何を言ってるんだ。

 そこらへんは理解できないな。

 だけど、きっと。

 ちゃんとした理由があるのだろう。


 騎士時代の事だとか、ヨアンとロンドンの関係だとか。

 まぁ、あまり触れないが一番か。


「じゃあどうしてあの時だけ出てきたんだよ」

「いや、普通に緊急事態だったから戦うしかねぇだろ」

「お、おう?」

「緊急事態は別だ。俺は元騎士だから、街を守るために魔法や剣を握る」


 なるほどな。

 緊急事態であり。街の人間を守らなきゃいけないと判断したのか。

 だからあの場に現れ、サヤカの加勢をしたと。

 こいつ、意外と正義感あるのな。


「なんにせよ、助けてくれてありがとうな。ロンドン」

「いいってことよ。……あ、サヤカちゃんにビビられてなければ良いんだけどなぁ」

「ん?別にビビってないと思うけど」

「ならまぁ、いいや。なんでもない。忘れろ」

「は、はぁ」


 こいつ、実は子供とかに嫌われたくないだけなのでは……?



――――。



 模型を腰に付け、生活し始めてから四日が経った。

 そして、それは訪れた。


「さぁやぁかああ」

「動かないでください! 痛いのはご主人さまですよ」

「兄さんは、か弱いね」

「うるせええええ」


 筋肉痛。それが俺の体に訪れた。

 別に筋肉痛は二日目から到来していたのだが。

 少量の筋肉痛だった為そのまま三日目と過ごし。

 そして今日。

 俺は限界を迎えた。


 サヤカの可哀想な物を見る目に。

 ゾニーの冷ややかな目線。

 あぁ、くそが。

 覚悟はしていたが、こんなに辛いとは。

 勢いで剣を覚えると言って良かったと思う。


「取り敢えず、今日一日は休もう」

「……わかった」

「サヤカくん。きっとケニー兄さんは動けないから、身の回りの世話と足のマッサージをしてあげてね」

「わかりました」


 その日はそれでゾニーは帰宅し、筋肉痛に効く薬だけ家に置いていった。

 あいつ、妙に冷静だなって思ったら。

 最初から筋肉痛で死ぬのを考慮してやがったな。

 薬だけ用意されてるとは……くそ。

 なんか悔しい。


「今日はじっとしててくださいね」

「分かってるよ。いってて」


 主に腰や足が痛い。

 痛くって、自分の部屋のベッドから起き上がれないぜ。

 なんだか、みっともねぇな。

 この歳になって、こんな無様な姿を見せるとは。


「穴があったら入りたいってか」

「何言ってんですか。穴に入ったら痛みで出れなくなるのはご主人さまじゃないですか」

「めんぼくない」

「まったく、そんなので死なれたら困りますからね」

「……おう、そうだな」

「………」

「…………」


 なんだ、この静寂。

 居心地が、悪いぞ。


「……ご主人さまは、ボクと離れるってなったら。どうしますか?」

「んだよ。いきなり」


 突然の話題に、思わずそう返した。

 痛くって起き上がれなかったから、今のサヤカの顔が分からなかった。

 どんな顔なのか、分からなかった。

 わかるのは、声色だけ。


「そう、だな。黙ってどっか行くと思うぜ」


 どこか、強がったと思う。

 自分でも何いってんだって思った。

 でも、今筋肉痛で無様な姿を見せてるから。それがなんだか変な気になって。

 俺はそう、言ってしまった。


「ダメですからね」

「……」

「ちゃんとバイバイくらい、言わせてくださいよ」

「………」

「…………」

「あぁ、そうだな」


 流石にそうだよな。

 いきなり俺が目の前から居なくなって、何も言わずにさようならは。良くないよな。

 話すか。

 話さなきゃいけない、気がした。


 ―………―――……――。


「……ぁ」


 喉に、言葉が突っかかった。

 喉元まで言葉が来ているのに、俺はなぜか言おうとすると、喋れなくなった。

 息が出来なくなった。

 怖くなった。

 想像してしまった。


「……い」

「?」

「いなくならねぇよ。俺は一度言ったことは曲げない男だ」

「……そうですよね」


 多分、サヤカは最後に笑っていたと思う。

 それはきっと、安堵だろう。

 だけど、いずれ来てしまう。

 死が、来てしまうのだ。


「あ、そう言えばサヤカ」

「なんですか?」

「地下室のカギ、いるか?」

「!?」


 そう言うと、サヤカは手に持っていたお盆を地面に落とすほどの衝撃を受けていた。

 ……そんなに驚かれる事かな?


「それって、えっと」

「そうだ。お前の部屋にどうだ?」

「――ンッ!」


 サヤカは嬉しそうに目を輝かせ、俺の横に立った。

 今日は俺が一日中家にいるから。そこらへんをサヤカに見せても良いのだろう。

 と、俺はサヤカに自分の机の棚を開けさせ、そこに地下室と書かれたカギを握ると。


「少し汚いけど、綺麗にすればいいと思うぞ」

「それは見に行かなきゃ分かりませんが……今、行ってきてもいいですかね?」

「あぁ、いいぞ」

「やった!」


 サヤカは足早に部屋から走っていった。

 あいつが遺言みたいに言った『部屋が欲しい』発言。

 俺は、覚えている。

 肉の事も部屋のことも。

 肉は、今度教えてもらうし。

 部屋も地下室を上げようと思う。


「……アーロン」


 そして、その名前も。

 俺は知らなきゃいけないのだ。

 全てを。




 余命まで【230日】