「……ここも、久しぶりだな」
見知った町並みは少しだけ変わり、夏仕様になっていた。
相変わらず凝っている町並みを進むと、そこには何度見ても迫力を覚える物が並んでいた。
そしてその中心、巨大な建造物が建っている場所。
そこは王城だ。
「来ちまったな。王都まで」
今日は一人だ。
一人で王都に来るのは、確か二度目だったっけか。
さて。
ここに来た理由は一つ。
エマ姉さんの手紙だ。
「………」
三日前に来たその手紙を受け取ってから。
俺の頭は色んな考えでパンパンになっていた。
『三日後、王都にある下記に記載した喫茶店で話があります。
エマ・ J ・ベイカー』
こんな内容の手紙を送ってくるのも意外だし。
正直何らかの陰謀というか、恐ろしい事の吹き回しにしか思えなかった。
いやまぁ、その理由は俺と姉さんの過去に起因してるが。
別に語る必要も無いことは、あまり語りたくはないな。
「だが、時間はあるな」
そう。現在時刻朝の十時頃。約束の時間までまだまだあるのだ。
だから、少しだけ。
王都を散歩でもしようと思う。
「ひっさしぶりに来たな。ここ」
いやだが、そこまで年月は経っていない。
でも、色々ありすぎて全てが懐かしく思えてくる。
あんな体験をしたせいで、もう後戻りが出来なくなってしまった。
――大魔法図書館。
何やかんやあったが、王都と言えばここと雑貨屋イブしかわからないな。
別に中に入るわけではないが。外を懐かしく見るだけでその場を去った。
そこから更に坂道を登った。
不思議と足取りは早かった。
だけど、最初に感じていたワクワク感なんて無くって。
あるのは。漫然とした焦りだけだった。
胸に絡んでいた焦りだった。
その理由を語るのはまだまだ先になると思う。
だけど必ず。
俺はあいつと相対しなければ行けない。
「やぁ、あんた男前だね」
「お世辞は良いよ。また、この雑貨屋に来れてよかった」
と言うと、その色白魔女は柔らかく笑った。
俺は店に入った。
雑貨屋イブ。サヤカと初めて王都に来た時訪れた場所だ。
俺の杖とサヤカの杖を買った場所でもある。
店に入ると、青髪の色白魔女が俺を見るなりどこか嬉しそうにそう言った。
「何いってんのさ、数日前にここに来ただろ。ケニー」
「……あぁ、そうだったな」
あぁ、そうだ。
俺はサヤカが眠っている間。この場所に一度来た。
「頼まれたものは置いてあるよ」
「おう。金はいくらくらいだ?」
「特別料金でぇ、30,000G」
「たっけぇな」
「文句言うなら話は無しにするけど」
「買った」
と言うと、その色白魔女は店の奥に消えていった。
懐かしいな。この店内も、あまり変わっていない。
あの金髪少女の人形も、そこにまだあった。
……客足少ないのだろうか。
あまり商品が売れていない様な気がするな。
「はいよ」
と、突然出てきた色白ま……これ言いにくいな。
イブでいいか。
イブは際どい服のまま出てくると。
茶色い封筒を渡して来た。
「ありがとうな。また頼むかもしれないから、その時は」
「分かってるわ。秘密裏にね」
「……ってか、雑貨屋と裏稼業で情報屋をしてるとはな」
「王様にも頼られるくらいの情報屋よ。店の様子を見て客足少ないとか言わないでね」
「おま、エスパーか?」
「ぶん殴るわよ」
――――。
と言う事で、時間が来た。
俺は指定された喫茶店へ足を運ぶ。
案外路地の奥にある場所だった。
穴場と言うのだろうか。
オシャレな外装の、光が入らないその路地裏。
二階以上は普通の家らしかったが、一階だけが喫茶店に改装されていた。
その少し強い印象の中、重い扉を開いた。
「いらっしゃいませ」
チャリンと、入店の鈴が鳴る。
店内に入ると、そこには暗い灰色の世界があった。
店内にはカウンターがあり、窓側にはテーブル席。
そして点々と設置された様々な観葉植物が飾ってあった。
「お好きな席へどうぞ」
と、長身茶髪の店員が口を開く。
どうやらまだエマ姉さんは来ていないようだった。
約束の時間より少し早く来てしまったらしい。
取り敢えず窓側の席に座り。
俺はコーヒーを注文した。
「……姉さん、しゃれた店知ってるんだなぁ」
と、おもむろに呟いてみる。
意外、とまでは行かない。
あの雰囲気の人間だから、こうゆう穴場を知っているのかもしれない。
と言うか。
姉さんはイエーツ国に帰ったんじゃなかったのか?
どうしてこんな場所で待ち合わせをしているんだ。
まだグラネイシャに居ると言うことなのだろうか。
……。
よくわからない人間だな。姉さんは。
「――ん」
チャリン。と。
音が響いた。
同時に、ツンと。優しい香りがした。
元々この場所にはコーヒーの匂いが漂っていたが。
それ以上に、それを貫通した。
懐かしい、匂いだった。
「………」
その平凡な服を来た金の存在感は、流れるように店員にブラックコーヒーを注文した。
それに目を奪われている間に、その金の存在感は周囲を見渡し、見つけ。
俺の目の前の席に、音もなく座った。
そして、静寂が流れ。
それを破いたのは俺の意味もない言葉だった。
「姉さん。やっぱ美人だな」
「……何よいきなり。怖いわね」
本音だ。
昔からキレイだったが。
結婚してから魅力が増してないか?
……いかんいかん。
ダメだな、全く。
エマ姉さんは話がしたいと言った。
冗談とかで、茶化しちゃダメなんだ。
ちゃんと話を聞かなきゃ。
「で、話って?」
「……ケニー」
「?」
ふと、重い空気を感じた。
それはエマ姉さんから感じる。威圧感のようなものだった。
だけどそれに敵意は無く。
ゆっくりと、その金が揺れた。
そう。揺れたのだ。
いいや、この表現だと分かりにくいか。
エマ姉さんは、俺に頭を下げた。
「あなたに謝らなければ行けない事がある」
「……どうしたんだよ。いきなり」
突然の告白に、思わず俺は戸惑った。
「まず。私は魔病の事を知らなかった」
「……顔見てれば分かったよ」
「あの場で何も言えなくて、ごめんなさい」
「……は、はぁ。別に気にしてねぇよ」
「本当なら。心配をしなきゃ行けなかったのに」
「いや、もう俺は諦めてるからさ」
「………」
「…………」
「ごめんなさい」
「どうしてだよ」
エマ姉さんは頭を上げなかった。
上げずに、その表情がわからないまま続けていた。
俺は状況が分からなかった。
突然謝られて、なんて返せばいいか分からなかった。
「どうしちまったんだよ……姉さん」
「私はあなたに。酷いことばかりしてきた」
「……そうかよ」
「……ごめんなさい」
今度のごめんなさいは、苦しそうに喉を締めた様な音色だった。
そんなに喉を絞めると喉を痛めるよと言いたいけど。
それは己の感情によって起こっている事だとしたら。
今エマ姉さんは、何を感じてるんだろうか……。
俺には分からなかった。
「………」
ただ、今のエマ姉さんが。
普通ではない精神状態な事に気づいた。
どこか苦しんでいると言うか。
でもそれは毒とかそうゆう外的な要因じゃなくって。
きっと内面的で。
まるで、自分を自分で傷つけている様だった。
「そ、そう言えば。どうしてエマ姉さんはグラネイシャに居るの?」
「………」
「イエーツ国に帰ったんじゃ?」
「帰、ろうとした。だけど……」
「……ん?」
そこで言葉を詰まらせた。
話題を変えるのはまずかっただろうか。
いや、わんちゃんチョイスがまずかったな。
ここ最近の出来事で、姉さんが知らないことと言えば。
「そう言えばさ。俺、ゾニーに剣を教わることになったんだ」
と言うと、姉さんは顔を上げた。
「……そうなの?」
「お、おう!また来るかもしれないからな、あの死神が」
「……その対策?」
「う、うん」
「立派だね」
……あれ。
エマ姉さんってこんな人だっけ。
なんかイメージは、俺にだけ冷たくって、そして寡黙なイメージなのだが。
「そう言えばエマ姉さんは、サヤカに会ったの?」
「……話しては無いけど、病室で眠ってる彼女なら見たわ」
「彼女?」
「えぇ。サヤカさん」
「あー」
「……なによ」
「サヤカは男だよ」
「……あっ。そうなのね」
間違える気持ちはわかる。
俺だって最初は騙された。
あれは前情報なしだと、普通の女の子だよな。
だが、付いてるものはきちんと付いてる。
小さいが、エレファントもぶら下がっている訳だ。
「………」
「ごめんなさい」
「どうしてそんなに謝るんだよ」
「それは……悪いことをしたと思ったから」
「別に気にしてないから。大丈夫だよ」
「……そう、なら良かったわ」
なんなんだこの違和感。
今の姉さんと話していると、どことなく。
いいや、完全に。
俺も、息苦しい。
「姉さん。きっとだけど、あの時の事を気にしてるんだよね」
ふと、俺は心のなかで背けていたモヤモヤを覗いた。
触れてしまったと言う事実は体の芯を貫くように感じた。
その話題を出すことは、もうないと思っていたのに。
だけど、いざ話そうと思うと。
その息苦しさは。ほんの少しだけ解消された。
すると、やはり姉さんは言った。
「ごめんなさい」
と。
分からなかった。その心情が。
だから、俺は言ったんだ。
「姉さんの話を聞かせてよ」
「……え」
「いまどんな気持ちで、どんな状態なのかとか。俺分からないからさ」
「……」
「謝るだけじゃなくって」
「………」
「話そうよ」
こうして、俺の何年か前の昔話をする事となった。
それは俺が確か、養豚場でトラウマを覚える前の話。
そう、それは。
俺とエマの、仲が良かった頃の話だ。
――そして、時は進み出す。
余命まで【残り235日】