「ご主人さま!!」
全てが終わった。
中央広場だった場所は石の道から砂浜に変わり。
ここで圧倒的な迫力を持っていた魔物は一瞬にして消えていった。
「無事だったか?サヤカ」
「はい!少し疲れましたけど、大丈夫です」
だが、俺は知っている。
ここで戦ったのは、ほんの数匹だと言うことに。
まだ前線で、命をかけた戦いをしている先人を知っている。
あの二人は無事なのだろうか。
「おいどんくさ野郎」
「モールス?どうしてサヤカと一緒に」
いや、モールスだけじゃないな。
サーラもいるし、モーリーさんもいる。なんならヨアンもいるじゃないか。
なんだこの大集合は。
なんだかこの絵、新鮮だな。
すると、モールスが考えるように。
「お前、なんかかっこよくなったか?」
ん?何を言ってるんだ。
こんな事を言うやつだっけ……?
「……そう言えば、トニーは?」
「トニーは怪我をしたので、仮拠点で少し休ませてます」
代表でサヤカがそう答える。
やはりみんなは戦っていたのか。
ヨアンやモーリーさんがいることは予想してなかったけど。
あ、あの男は誰だ?
「よぉ、ケニーの旦那」
「……お前だれ?」
「あ?俺だよ。ロンドン」
え、
うっそつけ。
こんな筋骨隆々でイケメンな男なわけ……。
「………」
あれ、でもなんか雰囲気はロンドンだ。
喋り方もそうだし、モーリーに似た鼻筋も……。
うそやん。
お前人見知りだっただろ。
……まぁなんか理由があるんだろう。
とにかく。
「とにかく、お前らが無事なら良かった」
こんな緊急事態で全員無事というのは奇跡だ。
正直心のなかで喜んでいる。
もしかしたら誰が重症だとか考えたりもしてしまったが。トニー以外は特に大丈夫そうだ。
トニーは多分大丈夫だろ。
サヤカが休ませていると言った。
つまり、治療は終わっているのだ。
「……?」
サヤカが疑問を抱いたように顔をかしげた。
「どうしてご主人さまは、そんなに浮かない顔を?」
そうか?そんな浮かない顔をしてたのかな。
まぁそうだろ。
だって。
「まだ前線で戦っている奴らがいる。
俺もサヤカも知っている奴らだから……少し、心配なんだ」
「……そうなんですね。それは心配です」
サヤカもそう小さく告げる。
ヘルクとサリー、大丈夫なのだろうか。
あの二人、なんだかんだ言って生きてそうな気がするが。
人が死ぬのは突然だ。
だから、正直怖い。
このまま魔物の侵略が終わってくれれば……。
――――。
戦い終わった中央広場。
そこで全員の無事を確認し、色々話していた時だった。
前線と連絡が取れないと言う理由でカールが馬を走らせた。
カールが馬を走らせて数分後。
その報告が届いた。
「第三防衛ラインはもう持たないらしい」
そう告げてきたのはゾニーだった。
なんだか落ち着きがなかった。
それはそうだ。
魔物の勢いは止むこと無く、街への侵略を目的に進み続けている。
一匹でも苦戦したのに、それが百、千といれば……。
「今、この場にいる戦えるものを集っている。
第四防衛ラインが突破されれば、この街は終わりだ」
「……俺は行くぞ」
そう即答した。
すると、すぐさまサヤカが口を開いた。
「ならボクも」
「お前はダメだ」
「どうしてですか?」
「お前は子供だからだ」
「ボクは子供でも、魔法使いです」
あ、これ面倒くさいやつだ。
サヤカが我儘を言うなんて珍しいな。
でも、ダメなものはダメだ。
「魔法使いでも実戦経験が……」「それはご主人さまも同じでは?」
と言う、不毛な口論を数分続けた。
そして唐突に、サヤカは言った。
「じゃあ。どうしてご主人さまは戦場に行きたいのですか?」
……確かに、どうしてだろう。
普通にヘルクやサリーに死んでほしくないってのもあるし。
カール兄さんやゾニーが戦うなら、兄妹として参戦したいと言う思いもある。
だけど、一番は。
俺が大好きな街を、他人に守らせてばかりなのは嫌だ。
どうせ俺は……長生きは出来ない。
数ヶ月も経てば死ぬ。
「俺が、俺である為に。戦場に行くんだ」
俺が身勝手な事を言っているのは知っている。
サヤカやトニー、他の知り合いの気持ちを無視しているのも知っている。
だが、男には戦わなければ行けない時があるのだ。
俺が死んだ後、サヤカの居場所が無かったら。
俺は俺をゆるせない。
まぁ、要するに。
俺はサヤカの生きる世界を、守りたいんだ。
大丈夫。負けはしない。
ヘルクやサリー、カールやゾニー。
他の騎士だっている。
戦力はある。
俺も魔法を使える。
戦える。
戦えるんだ。
足手まといにはならない。
「――俺も行くぜ」
すると、サヤカの背後からそんな声が聞こえた。
「トニー?」
「トニー!?」
サヤカが驚きの声を上げ、ヨアンがトニーに駆け寄った。
やはり父親として心配だったのだろう。
包帯姿でヨアンに抱きしめられるトニー。
こいつら、こんなに仲が良かっただろうか。
「もう大丈夫だ、しっかり休んだ」
とはトニーの言だ。
トニーの片腕には包帯が巻かれていた。
痛々しい感じではあったが、なんだか白い包帯のせいでトニーが戦場で戦い終わった兵士みたいだ。
普通に似合ってるのはらたつ。
男の傷は勲章とか言うが、納得しちまうぜ。
元々のルックスの良さが響いてやがる。
「怪我してたんだから、ダメだ」
とは、ヨアンの言葉だ。
そう言うと、ヨアンは口を強く噛みながら。
「お前に何かあったら、私は……」
どこか苦しそうに、そう胸を抑えた。
ん、ヨアンってこんなキャラだっけ。
そんな事を言うようなキャラだったとは、知らなかったな。
「父さん、大丈夫。後ろで『ヒール』だけを唱えてるよ」
「……本当に大丈夫なのか?」
「子供を信じてくれよ、父さん」
「…………」
「父さん……」
「前線には行くなよ。後衛でヒーラーとしてなら」
「やった!」
と、トニーはガッツポーズ。
ヨアン……お前甘いな。
いや、もしかしたら何か裏があるのかもしれない。
ヨアン・レイモン。
元騎士であり、騎士をやめてから鉄を加工する工場を起業し、成功した人物だ。
だが、騎士と言っても、26歳の時の話らしい。
でも騎士だったからか、どこか胸に熱い物を持っている。
甘いだけじゃない。
もしかしたら、俺の助言を実行しようとしているのかもしれないな。
「………」
なんだか、気まずいな。
ヨアンは俺の言葉を信じ子供を送り出そうとしているのに。
それを言った俺が……。
もう一度考えよう。
サヤカとトニーが、100パーセント安全だと言えるのだろうか。
言えないけど。
二人なら、信用してもいいのかもしれない。
「わかったよサヤカ。行こう」
「はい!!」
この先何が起こるかわからない。
予想外の事態が起きるかもしれないし、意外とあっさり終わるのかもしれない。
でも、覚悟はしておいたほうがいいな。
――――。
広い草原に、崩れかかった灯台があった。
そのふもと、一番高い丘の上には。
何個も鉄板が並べられ、壁が作られていた。
その鉄板の足場には魔法使いが立ち、壁の向こうには騎士が馬や地竜に乗りながら剣を抜く。
――第四防衛ライン。
騎士、総勢250人。魔法使い、45人。
街の魔法使い。及び俺たち。
カール・ジャック。
ゾニー・ジャック。
ケニー・ジャック。
サヤカ。
トニー・レイモン。
そのメンツが、いつでも魔物が攻めてきても大丈夫な様に構える。
カールとゾニーは馬に乗り。
魔法使いは詠唱を済ませ。
サヤカは広範囲の魔法を使おうと集中をする。
俺も魔法使いに混ざって、詠唱を始めた。
ヨアンは避難所にしている自分の工場へ戻り。
モーリーやロンドンも同じく工場へ向かった。
まだ街が安全とは言えないため、避難誘導を頼んである。
モールスとサーラは、モールスの仕事の関係上、馬車を管理しており。
その馬車を使い、街の人間を徐々に逃しているらしい。
全員が、各地で戦っている。
汗を流し、血を流し、誰かを思う気持ちを忘れず戦っている。
ここの騎士も、ここにいる魔法使いも。
全員が、誰かを守りたいから立っている。
戦い。戦場。ここを突破されてしまったら。
ここまでの努力が、全部無駄になる。
「――来た」
小さく、カール・ジャックがそう呟く。
すると、数メートル先に。小さな黒い粒が走ってきているのが見えた。
そして。察した。
その走ってきている後ろに、魔物の軍勢がいること。
その走ってきている人間は、サリー・ドードだと。
「……なんで一人なんだ」
一人だった。
サリーだけだった。
サリーが馬を走らせて、魔物より早く走っていた。
その後ろについてくる騎士は居ない。
誰も居ない。
誰も、居ないのだ。
あの陽気なヘルクと言う男も。
他の数十人の部隊も。
「サリー!!!」
「来るぞオ!!!」
ドドドと地鳴りが鳴り響く。
その音だけで全身が凍るように動かなくなった。
その威圧感を目にした瞬間。
同時に魔法使い達が詠唱を行い。
騎士は前線へ馬を走らせ。
刻一刻と、騎士の馬と、満身創痍のサリーが近づいて。
カールの馬がサリーの馬と入れ違いになった時。
「――開戦だ」
誰かが小さくそう言うと共に。
轟音が鳴り響き、騎士が剣を振る音と共に叫び声が響き渡った。
数メートル先で黒い血しぶきが舞った。
そして、曇の空の下で。
戦いの火蓋が切られたのだった。
余命まで【残り286日】