二十話「二人の魔法」



「えっと、息子はどこでしょうか」



 茶髪でイケている。俺より高身長な男がそう言う。

 いきなりの場面転換で驚いている諸君。聞いて驚け、俺がケニーだ。


 で。

 今目の前にいるこいつの名前は、『ヨアン・レイモン』と言う男だ。

 そして。このヨアン・レイモンの子供が。

 トニー・レイモン。

 あの、生意気なクソガキだ。

 レイモンって名前、なんだかいいな。

 かっこいい。


「まぁまぁ、少しお話しませんか」


 そう言うと、面倒くさそうな顔をするヨアン。


「はぁ。あまり時間を取らせないでくださいよ」


 ヨアン・レイモン。

 製鉄工場で働いている若社長であり。

 30歳と言う若さで社長になり、レイモン製鉄所と言う名前で活動している実業家だ。

 別に俺はこんなやつを知らなかったが、気になったので少しだけ調べた。

 サヤカが頑張っている間、俺は何もしていなかった訳じゃないんだぜ。


「さぁさぁお座りください」

「わかりました」


 高身長なヨアンは、渋々とリビングの椅子に座る。

 俺が入れた紅茶をごちそうした。

 あ、今度は不味くないからな?

 あれは最初だから間違えたんだ。


「ほう。ルフナですか、なかなかいいセンスをしていらっしゃる」

「いえいえ、トニーの親御さんが来ると言うことで特別なのを用意したんですよ」

「それはそれは。親切な事ですね」


 男は上品な態度で紅茶を飲み。

 ティーカップを机に置いた。


 ついでにだが、トニーはサヤカと下準備中だ。

 最近サヤカが見つけた崩れかけの灯台ってとこらしいが。

 俺は場所を知らないのでな。

 あと、トニーが魔力制御を成功してから3日が経っている。


「奥さんの方は、来ていないのですか?」


 二人で来てほしいと俺は手紙を送った。

 だが、どこを見ても父方しか来ていないではないか。


「ロジェは忙しい。来るとしても今の時間は不可能です」

「そうですか。なら、いつの時間なら来れますかね」

「……三時間後。ですかね。何をさせるんですか?」

「何もさせませんよ」

「そうですか。変なことをしたら騎士へ突き出しますからね」

「ご心配なく、騎士とは睨み合った仲ですから」


 俺の頭の中に、サリーが浮かび上がった。

 あの強面の男。元気にしてるかな。

 ついでのヘルクもな。

 あいつがいっちゃん嫌いだ。


「単刀直入に聞いてもいいですか?」

「……内容によっては答えませんが。まぁいいでしょう」


 俺は、少しだけこの父親と話したかった。

 サヤカの友達の親なのだ。

 今後の関係も良くするため、頑張る気だ。

 だがだ。

 前も言ったんだが。

 こいつはいけ好かない。


「少し前に、トニーくんと喧嘩をしたそうじゃないですか」

「………」


 そう言うと、ヨアンは真顔のまま黙った。

 喧嘩とは、俺が親父との一件の前。

 サヤカから聞いた話だ。


「喧嘩の内容は?」

「どうしてそんな事を答えなきゃ行けないのかわかりません」

「これはトニーとうちのサヤカの為だ。御託とプライドはいいから答えな」


 俺は肩の力を抜き、いつものテンションで切り出す。

 いつものテンションになった瞬間、ヨアンは面倒くさそうな顔をした。

 俺はその目を知っている。

 見下している目だ。


「……あの子が、少し行けない事をしたんです。

 巷で噂の、不良軍団の一員とつるんでいた。

 それは良くないことだ。だから私が怒りました」

「そうか。どう怒ったんだ」

「あなたは何なんですか。そんな事を答える義務がどこにあると」

「俺は父親だ。それ以外の何者でもない。

 父親として父親に聞きたい。どう怒ったんだ、答えろ」


 負けず劣らず俺はそう言う。

 俺は実は、こうゆう口喧嘩的なのが得意だったりする。

 クソ野郎時代に、色々手を汚したからな。


「兄の様になれ。背中を見ろ。そんな汚い背中を見るなと怒りました」

「……へぇ。それでトニーはなんて言ったんだ」

「………」

「…………」

「……はぁ。私に、殴りかかりました。なので、私も魔法を行使しました。

 それが間違った教育だとは思いません。私も幼少期に同じことをやられましたから。

 で、トニーはそれで納得してくれて……」

「ふざけた事抜かしてんじゃねぇ。俺でも納得しねぇぞそんなの」


 空気が固まった。

 ヨアンは少しずつイライラしているようで。

 顔がどんどん赤くなっていった。


「痛みの教育を一願に悪いとは言わねぇけどよ。

 子供の言い分を聞いて、理解して、寄り添うのが一番なんじゃねぇのか」

「………」

「子供の気持ちを大人の力で踏みにじるのは、教育と言えるのか?」

「………」


 俺はここに大きく言いたい。

 教育とは、寄り添うことだ。

 教え込んで従わせて、無理やり笑わせるのを教育とは言わない。

 教育とは、その子供に道を示して、その道を進む子供のサポートをすることだ。

 その先がどんなに馬鹿げた事でも。

 その結末を知っていたとしても。

 教えるんじゃなく、体験させて、そのフォローをする。

 それが教育で、それが親の仕事だ。


「ヨアン、お前は子供に、自分みたいになってほしいって思うか?」

「………」

「答えろよ」

「……思わない」


 ヨアンは、悔しそうに唇を噛んだ。

 ここでいいことを教えてやろう。

 大人は、自分を大きく持たない。

 自信はあるが、自分はこれっぽっちの人間だと自覚している。

 自分を完璧だなんて思っていない。

 自分の事だから、自分の悪い部分もわかる。

 だから大人は、子供に、自分のようになってほしくないと思うのだ。


「優しくなれ。そして見ていってくれ」

「……じゃあ。優しくとは、どうすればいいのでしょうか」


 案外ヨアンはおとなしかった。

 もっとやばい大人なら意見に苛立ちを覚え感情のままに言い返すだろう。

 だが、それは子供がすることだ。

 大人がやってしまったら、それはもう、大人と言えない。

 ヨアンは俺の言い分を最後まで聞いて、飲み込んで、理解した。

 だから俺に、そう聞いてきたんだと思う。


「子供を遠目に見るんだよ。近すぎちゃだめだ」

「遠目?」

「子供が生まれたばっかの時は別に近すぎていい。

 ただ、一人でしょんべん行けるようになったら遠目に見るようにするんだ」

「なるほど」

「遠目に見て、挫けそうだったら支えてあげて。褒めて。間違っている時は痛みじゃなく歩み寄って教えてやるんだ」

「………」

「それほど難しい事じゃない。賢いお前なら出来るだろ、ヨアン」


 ヨアンはそれから、俺に父親の事を沢山聞いてきた。

 別に俺は父親歴が長いわけじゃないが。

 まぁいいだろ。

 これを気に親睦を深めよう。



――――。



「ええっと……あなた?」


 簡素な服。

 あまり着飾っていないその質素なドレスを着こなし。

 思わず見惚れそうな程の美形をしている赤毛の女性が家の前に立っていた。


「急に呼び出してすまないロジェ。トニーの事をどうしても見ていってほしいと、ケニーさんが言ってくれたんだ」


 そう。この女性がロジェ・レイモン。

 トニーの母親にして、美女の彼女は。

 何の仕事をしているのか分からなかったが、なかなかに忙しいらしい。

 噂では宝石屋の店長だとか、ドレス屋の看板娘とか言われているらしい。

 本当の所はわからないがな。


「もう少しでうちの子が帰ってくるので、ここでトニーくんの魔法を見ていってくれませんか?」


 そう言うと「本当ですか!?喜んで!!」

 と言っていた。

 案外無邪気な母親だこと。


 ロジェ・レイモンは仕事が忙しいらしく、あまり子供の世話を出来ていなかったらしい。

 主にトニーを世話していたのはヨアンであり。

 ロジェは現状のトニーをヨアンから聞いているだけだと。

 つまり、母親からあまり見られていないわけだ。


 まぁ、トニーが捻くれるのもわかる気がするよ。


 そこから数十分後、サヤカが家に帰ってきた。

 サヤカが先導し、俺達は森の中に入っていった。

 あまり歩かないらしいが、結構な獣道だからレイモン家の皆様が気分を害さなければいいが。


「ケニー様」


 すると、獣道を歩いている途中でそうロジェが話しかけてきた。


「私は……トニーが心配です。あの子は将来どうなると思いますか?」

「……将来?」

「最近、あまり良くない方々と絡んでいたとヨアンから聞きました。だから、将来が心配で」


 どうやらロジェは、トニーの今後を心配しているようだった。

 心配になる気持ちはわかる。

 正直、俺だってサヤカの将来を見れないのが嫌だし不安だ。

 サヤカは将来、とんだファンキーな不良野郎になっていない事を祈るしか無いが。

 まぁ、言っちゃえばそれは。


「ロジェさん」

「はい?」

「トニーの将来を、この先で起こる事で見てやってください」

「………わかりました」


 その為に、この二人を呼んだんだからな。



――――。



 森を抜けた瞬間。

 広い丘へ出た。

 そこの中央には崩れかけた灯台があった。

 ここが、サヤカが言っていた場所か

 俺も始めてくるが、どこか落ち着ける場所だな。


「ここで少し待っててください」


 とは、サヤカの言だ。

 サヤカは緊張したような顔でそのまま灯台の方へ走って行った。

 あたりはもう暗くなっていた。

 ヨアンに来てもらったのが三時間前なんだが。

 もう時間が時間だった。

 レイモン家は仕事とかしてたし、仕方ないか。


 少し経つと、灯台から二人の影が出てきた。

 遠目でわかるサヤカの存在感。

 つまり、もう一人の影はトニーと言うことだろうか。

 いいな。

 楽しみだ。

 実は俺、ここから何が始まるか知らなかったりする。

 サヤカとトニーが二人で話して決行したらしいが。

 どんな物になるか、楽しみだぜ。


「母さん!父さん!」


 少し遠くの丘で、そうトニーが叫んだ。


「見ててくれ、これが俺だ!!」


 そう叫んでから、トニーとサヤカが走り出した。

 トニーは右、サヤカは左と走り出したのだ。

 ん。よく見ると二人は杖を持っている。

 そう言えば、数日前サヤカに街にある杖職人を聞かれたな。

 もしかして、トニーに買ったりしたのだろうか。

 あ、俺の財布から金盗んだのサヤカか。

 くそやろうゆるせねぇ。


「世界のマナよ、広大な大地に、光の妖精を作り出せ!」

「世界のマナよ、小さな命に進化の加護を与えよ!」


 二人の詠唱が重なる。

 やはり二人は魔法を見せる気なのか。

 でも、どうして二人でだ?

 親に見せつけるなら、トニー一人でもいいのではないだろうか。

 ………いいや、これは意味があるな。


「――【魔法】ザ・ユニバース」

「――【魔法】デヴェロプ」


 次の瞬間、足元から現れたのは青色の粒だった。

 広大な丘に、美しい光の点が飛び交う。


「これは」

「……綺麗ね」


 ヨアンもロジェもその光景にうっとりとした。

 そして、サヤカの詠唱により。

 俺たちがいる丘の、地面に生えていた草が揺れ。

 ぐんぐんと伸びていく光景と、光の粒が連動する様にカラフルに光った。

 赤、青、黄色、緑、白。

 順番に色が変わっていき、そこら一体は魔法を使ったイルミネーションとなった。


「世界のマナよ」


 順々に見せてくれる魔法の数々。

 俺が教えていなかった物も数多くあった。

 そこからの事は、魔法的に解剖をすれば色々わかるのだろうが。

 そんな事が考えられないくらい。美しい光景が続いた。

 空に咲く白い花。

 暖かな光を持つ蝶。

 全て色んな属性の魔法を応用して見せている物だった。


 そして。


「世界のマナよ、大気の熱量を奪い、その姿を、変え給え!!!!!」


 サヤカが叫んだ。

 不思議なものだ。

 ここに来てからまだ十分も経っていないのに。

 既に数時間居るような感覚だった。


「――【魔法】アイス・ストーム!!!!!!!!!!」


 赤色だった杖の色が青色に変わり。

 地面に漂っていた魔力の粒が天空へと集結する。


「……素晴らしい」

「あぁ……」


 ヨアンとロジェは見惚れていた。

 その幻想的すぎる物を見て、何だからうるっと来ているように見えた。

 だって、その光景は子供の無邪気さそのものだったから。

 俺もなんだかうるってきた。

 サヤカがトニーと並んでいる事。魔法を使いこなしている事。

 そして、こんな嬉しいサプライズをしてくれたこと。

 俺は、嬉しいんだ。


「世界のマナよ」


 俺達から見てから右の丘で、トニーが藍色のマントを着て登場する。

 杖を上に掲げて。

 短い茶髪がふわりと浮いてから。


「固められた物を壊し」


 その姿は、まるで。


「その形を、壊し給え!!!!!」


 一人の、魔法使いに見えた。


「【魔法】――!!!」



――――。









 第二十話「二人の魔法」











 余命まで【残り293日】














 その一週間後。

 街に王都の騎士が押しかけて来た。