がたん、とひどい衝撃で彼は目を覚ました。
何処かにぶつけたのだろうか。頭が少し痛い。手で痛むところに触れようとした。だができない。何故だろう、と彼は思った。頭がぼんやりしている。
手が動かない。
いや、身体が動かない。
その時彼はようやく自分が拘束されていることに気付いた。頬が触れているのは冷たい金属だ。床だろうか。何の床だろうか。地響きの様なものが伝わってくる。いや違う、これは機械の振動音だ。
拘束された手は背にあり、それを軸にして起きあがるのも億劫だ、と彼は思う。そもそも何故ここに居るのか、彼には判らなかった。
判らないままに、眠りと目覚めの間を彼は延々往復していた。
ひどく長い間眠っていたような気もする。だがその一方で、ずっと何処かで起きていた様な気もする。さっぱり判らない。頭に濃いもやが掛かっているかの様だった。
う、と彼は身体を丸める。
胃の底から何かがせり上がってくる様な感触が突き抜ける。何だこれは、と彼は思わず言葉を吐く。言葉だけでなく、胃の中のものまで出てきそうだった。
だが生憎それは御免だった。今吐いても、それを始末する手が動かない。彼は口を閉じる。今にも喉から飛び出してきそうなものを必死でこらえる。嫌な匂いが、身体の奥からあふれ出してきそうだった。
手が、せめて手が自由になれば。
自由になれば。
彼はそこまで胡乱な頭の中で考えた時、思考の歩みが止まるのを感じた。
自由になれば…… 俺はどうしたいというのだろう?
胃の不快感が、頭の痛みを忘れさせていた。
俺は何でここに居るのだろう?
そして彼は、決定的な疑問を、ようやく頭に浮かべる。
……俺は…… 誰なんだ?
*
出ろ、と開けられた扉の向こうで、襟の辺りに毛皮のついた軍用コートを着込み、やはり毛皮の帽子をつけた男が、彼に向かって怒鳴りつけた。
「出ろって言ってんだよ! 貴様聞こえねえのか? この犯罪者がよ!」
乗り込んできて、男は、厚手の手袋をした手で彼の胸ぐらを掴み上げると、そのまま壁に向かって勢いよく突き飛ばした。背中をぶつけ、よろけながらも、ようやくそれで立ち上がりバランスを取ることを彼は思いだし、顔を上げた。
途端、視界が白くなった。
目がやられたのか、と彼の中に一瞬不安がよぎる。
だがそれは半分目の錯覚だった。彼の服を再びつまみ上げた男は早く出ろ、と行って突き飛ばしたのは、目が痛くなる程の雪の中だったのだ。
彼はそのまま、拘束された手にロープを更に掛けられると、とっとと歩け、と命ずる男の後ろについていった。
言われるままにするのはしゃくに障る。だがそうしないことには、何が何だか、今の自分には判らないことばかりだった。
何よりも、この寒さはこたえる。
この男が自分を何処に連れて行くのか判らないが、「連れていく」以上は、凍死させることはないだろう、と奇妙に冷静に、他人事の様に考えていた。連れて行く予定の者を途中で死なすのは責任問題だ。
数分歩いた所で、彼は急に視界が開けるのを感じた。
そこには、灰色の建物が、やはり灰色の高い壁に囲まれて幾つも立ち並んでいた。壁の上には、有刺鉄線が幾重にも張られ、そしてその壁が途切れた先には、やはり金属で出来た扉の上に、幾つもの曲線が描かれているのに気付いた。
目を見開く。
Let's work for the freedom.
そして彼は曲線の意味に気付いた時、即座に思った。ここは監獄だ。
しかも、ただの監獄ではない。この寒さ、自分の出た場所。一瞬振り向いたあの扉の向こうは、船だった。
飾り気も何もない、ただ物を運ぶ輸送船の形にもっとも近い―――
ここは、流刑惑星ライだ。