【40】天使の行きつく場所を幸せになった彼女は知らない。

 エドガーは、結局爵位は受け取らず、その分、報奨金を上乗せしてもらい王都の外れに土地と屋敷、そして使用人を賜たまわった。

 その使用人のうち何人かは、男爵家の仕事を失って行く宛のなかった人たちだ。


 エドガーの冒険者仲間も、同じようにして、近所の土地を得て、よく遊びに来ていた。

 だが、その中には定住しないで、旅立ってしまった仲間もいて、エドガーは少し寂しそうだったが――。


「(ミューラとこれから住むのだから、冒険者は廃業する)」


 と、プロポーズのタイミングを見計らっていた。


 また、エドガーの腐れ縁のセベロは、隣の土地を購入して、しょっちゅう遊びに来ていたが、相変わらず女癖が悪く、たまに鬼のような顔になった女に追いかけられているのを見かけた。


「あいつは将来、女に刺されて死ぬな……」


 エドガーが遠い目をしてそう言ってるのを、ミューラは苦笑しながら聞くのだった。




 エドガーの屋敷に住み始めてしばらく経った頃。


「今日は貴族っぽいお茶会をしよう」


 ……とエドガーが謎のお茶会を催した。


 やたらと豪華なケーキや菓子が並び、さらに花が飾られていた。


「えっ。とても豪華。2人じゃ食べきれないよ? ……誰かあとでくるの?」


「いや、2人だけだ」


 悪戯いたずらっぽくエドガーが笑う。


「うーん? 今日は何かお祝いだったっけ」


 エドガーが、貴族のように改まったスーツを着ている。

 そして、ミューラも先程何故か使用人に、青いドレスを着せられた。


「これから、多分そうなる」

「??」


 着席して、使用人がティーセットを整えると、エドガーが緊張した顔をして話し始めた。


「あー。ミュー。一緒に住み始めたワケだが」


「うん」


「ただ一緒に住むだけじゃなくて、その、結婚して欲しいんだが……」


 と、指輪を取り出し見せた。


「えっ」


 ミューラは、ビックリして、指輪を見てフリーズした。

 そしてエドガーも動揺した。


「……えっ。(まさか、本当に幼馴染止まりだったのか!? 俺は恋愛沙汰が考えられる状態じゃないだけだと思っていたのだが……)」


 ――エドガーが焦っている前で、ミューラはしばしポカン、とした顔のままだったが、そのうちそれは笑顔に変わった。


 指輪を持つエドガーの手にミューラの手が重なる。


「……ありがとう。嬉しいです」


 と、涙を浮かべて答えた。


 エドガーの思っている通り、男爵家を出た頃のミューラは、恋愛事を考えられる状態ではなかった。

 でも、エドガーと過ごすうちに、心も健康を取り戻していった。


 そして、エドガーのことを改めて男性として意識するようになっていたのだが、幼馴染として見られていると思っていて、迷惑をかけてはいけないと気持ちを隠していたのだった。


 それを聞いたエドガーは、救われたような笑顔を浮かべてミューラの手を取り――指輪をはめた。


 ◆



 その後、2人は結婚したあと、小さい商店を始めた。


 貯金は潤沢だったが何もしないなどできない気質の2人は、その小さな商店から事業の手を広げ、いつしかそれなりの商家になっていた。


 良好な人間関係に恵まれ、子どもも何人か生まれて、順風満帆じゅんぷうまんぱんな結婚生活だった。




 ◆


 ◆


 ◆



 ――そんな日々の中、ミューラが孤児院の奉仕活動に参加すると、金髪の可愛らしい天使のような子がいるのが目についた。


 可愛らしいためか、まわりにチヤホヤされ、世話を焼かれている。


 なんとなく――もう思い出すこともなくなっていたエレナの顔が頭に浮かんだ。


 新しい孤児院の院長がそれに気がついて、言った。


「天使みたいに可愛いでしょう、あの子。……引き取りたいって人が多いんですよ。あなたも引き取りたいと思われました?」


 引取り先に立候補しませんか? という院長に、



「……いいえ」



 言葉短く、ミューラは断った。


 その後、もう一度その孤児院を訪ねることはあったが、その時、もうその子はいなかった。



 その子がどこへ行ったかは調べるつもりもないが、ただ間違った道を歩みませんように、とミューラは祭壇でささやかに祈るのだった。





                              【FIN】