【28】勇者

 ある日、ハミルトン男爵が、屋敷の両扉を勢いよく開け放ち、歓喜して帰宅した。


「勇者ジーク様の御一行が、宿泊されるぞ!」


 勇者ジークとその一行は、この国の第一王子が戦場で命を落としかけた時に現れ、救った英雄である。



 この国にも国境の小競り合いがある。


 そこへ現国王が、第一王子を国の精鋭で固めて向かわせた。

 次期国王である第一王子の名声を高めるため、戦争に参加し指揮した経歴を作ろうとしたのだ。


 長く続く小競り合いの戦場に第一王子の投入である。


 それを知った隣国は、本気の侵攻があると思ったのか、それとも王子を討ち取る作戦か、もしくは捕虜として捕らえようとしたのか――戦力を増強したのである。


 そして両国の精鋭と精鋭がぶつかり、護衛から離され追い詰められた王子が討ち取られそうになったところ、冒険者たちが助太刀に入り、助けた。


 最初に失態を犯した王子ではあったが、そこから冒険者たちの力を借りて戦線復帰し、軍の態勢を建て直し、国境制圧に成功した。


 その冒険者たちのリーダーが、ジークという青年なのだという。


 平民の彼には『勇者』という称号が、その場で王子によって与えられた。



 そして彼らは戦争が終わるとしばらく放浪していたのだが、報奨が準備できたと王都に呼び出されたのである。


 その旅の途中にハミルトン男爵家に立ち寄るという。


 なんでも勇者ジークが、ハミルトン家を訪ねたい、と言ったそうだ。


「屋敷内を埃一つなく掃除して、磨け! そして最高級の食事と部屋をご用意しろ!」


 屋敷内はにわかに慌ただしくなった。




「ま、まあ勇者様が!?」


 エレナがポッと頬を染めた。


 勇者が王から高位の爵位と領地を賜る予定があるのを、情報の早い貴族たちは既に知っている。


「これはチャンスだわ。いつも以上に念入りに支度しなきゃ! でもどうして我が家に? ひょっとしてどこかで私を見初めたのでは……?」


「(……婚約者のバートン様がいらっしゃるのに)」


 ミューラにとっては忙しくなっただけだが、エレナにとっては千載一遇せんさいいちぐうのチャンスなのである。


 勇者に見初められれば、一発逆転、高位貴族の仲間入りになれる!


 ……と本人が考えているのが、手に取るようにわかる。


「(でもそうなると、この家の跡取りがいなくなるわよね。それも困るわ)」



 エレナが爵位ある相手に嫁いで出ていく、ということは男爵家の跡目を放り出すということだ。


 そうなるとせっかくこの屋敷から去れそうなのに、ミューラが跡取りになりかねない。


 それは今更困る。


 ミューラとしては、どうか勇者がエレナを見初めませんように、と祈るばかりだった。