【27】道化

 それから数ヶ月。


 エレナは自分付きのメイドはいるのに、わざわざミューラを呼び出しては、新しいドレス他小物を自慢し、褒めさせた。

 さらにそれを盗んだ! と嘘をつかれ、両親に叱責・折檻されることも何度かあった日々だった。


 しかし、それでもミューラはまともにメイド業務に励むことができた。


 令嬢でいた時よりも、エレナの邪魔が入る頻度が減ったおかげだ。


 なにせ、学校に一緒に行くこともなければ、部屋も遠くなったし、一緒に食卓を囲むこともない。



 おまけにエレナが不在なら両親も、特にはミューラに何も言ってこない。


「(孤児院にいた頃は、どこかのお店屋さんで働こうかと思ってたくらいだし、メイドは私に向いてるかも)」


 ミューラは、表向きは以前と変わらない沈みがちな顔を演じていたが、内心は生き生きしてきていた。




 そしてやっと、エドガーに手紙を出すことが叶った。



 受取はホエル兄にお願いした。


 稀に返事がこないかと聞きに行ったが、エドガーではなく、院長先生からの手紙が代わりに来ただけだった。

 院長からの手紙には、ここ数年、相変わらず孤児院には立ち寄っていないらしい。


「(どこにいるのかな……。怪我や病気してないといいけど)」


 ひょっとしたら、会えなくなった私のことなど忘れたかもしれない、と考えて頭を振る。


 ――エドはきっと私を覚えていてくれる。


 いつか会えた時には、他人のような距離かもしれない。

 それでも構わない。

 昔のように、とは望まない。


 でも、ひと目でいいから会いたい。


 彼にいつか絶対会って、バンダナと人形を交換するんだ、という目的が心の支えだった。





 エレナの学校が夏の長期休暇に入って、エレナが家にいる時間が増えた。


 ああ、またしばらく厄介な時間が増えそうだと、思っていたら、さらに婚約者のバートンが滞在しにきた。

 王都の学院も夏季休暇に入ったので、婚約者のエレナに会いに来たのだ。




 エレナはバートンにも、ミューラが自分をいじめている、ミューラと比べられている……という『私可哀想』をバッチリ演出している。



 王都にまではエレナの素行の悪さは、まだ届いていないらしく、バートンはすっかり騙されている。



 エレナは、バートンとハミルトン家の庭園で毎日ティータイムをし、散歩したり、外へ観劇や食事に出かけたりと、表向き幸せそうであった。



 しかしその内面は、


「(バートン様がいらっしゃるから、誘われたパーティいくつか断らないといけないわ……)」


 と、残念がっていた。


 そしてそのパーティのお誘いは、 女性からのお誘いではない。

 相変わらずエレナは、浮気を繰り返しているのである。






 バートンがいる間、エレナはミューラを庭園でのティータイムの給仕をさせた。


 自分は両親に愛されて、婚約者にも恵まれている。そんな幸せを、飽きもせず見せつけるためだ。


 さらに陰ではミューラに、学校の上位貴族令息に誘われて困っていると自慢のつもりで喋っている。



 ミューラは羨ましいとは欠片かけらも思わなかったが、エレナはそれをすることにより、優越感を覚えているようだったので、


「すごいね。私とは大違いね」


 と控えめだが、彼女が喜びそうなリップサービスをした。



 ミューラが紅茶を淹れている前でむつみ合うエレナとバートン。



「美しいよ、エレナ。君は本当に……天使だ……」


「そんな。私なんてこの家の本当の子供じゃないのに……」


 目を潤ませて、婚約者のバートンの前で胸を痛めた様子を見せる。


「ご両親はそんな事言わないだろう?」

「ええ……両親には可愛いがってもらっているわ。……でも私、ミューラに申し訳なくて」

「君のほうが優れているのだから、君が継ぐのは当然だ。そうだな? ミューラ」


「――仰せの通りでございます」


 エレナにひたすら甘い言葉を捧げる婚約者バートンは、同時にミューラに自分の立場を弁わきまえるような発言をさせる。




「ミューラ、知っているぞ。君が陰でエレナをいじめていることを。さらに、彼女の大事な小物を盗んだりしているそうじゃないか。彼女は優しいから見逃しているようだが……。いくら正統な血筋とはいえ、君は後継者ではないのだからもっと慎つつましくあるべきだろう。そして盗んだものは、返せ」



 それはとても冷たい瞳で、ミューラのことを人として認めない態度だった。




「(盗人だと思っているのだから当然といえば当然よね。でも、私は盗んではいないし、いじめてもいない)」


 ミューラは、やっていないことを認めたくなく、黙って会釈するのみだった。



「謝ることもできないのか。生意気な――メイドだ。僕がこの家に入る頃にはいなくなっていろ」


 彼の中でミューラはすっかり悪人だった。




 バートンが王都に帰ると、エレナは、伯爵家以上の貴族令息を諦められずに、彼らを追いかける日々だった。


「私なら第一王子からでも婚約のお話があってもいいのに!」


 エレナはそう言ってはいるが。



 いくらエレナが美しくても、伯爵以上の貴族令息達は、もとから男爵家の娘など、本気の相手にはしない。


 高位貴族にはエレナレベルの美少女など当たり前のように存在するし、もう既にハミルトン家の内情は近隣貴族には広まっている。


 正統な子であるミューラを跡目としていないのは、貴族の血をないがしろにする行為で、さらに裕福な財政でもない。

 そんなハミルトン家に家門の大事な血筋を流すつもりはない――つまり、見下されていた。


 エレナは、遊ばれているとも知らずに――彼らのピロートークを真に受けて、婚約の釣書が舞い込んでくると、ずっと思っているのだった。