彼女はあれから毎日のように俺の様子を見に来るようになった。
よっぽど俺の存在が面白いのだろう。
「今日も来てあげたわよ……。元気……?」
「元気に見えるならその眼球を取り替えた方がいいぞ……」
今日も病室に備え付けられている丸椅子に座り、こちらを覗く。
最初の数日はすぐ隣りで話をしていたが、ある時から椅子を少し動かして、首を動かすことができない俺の視界に入る位置から会話するようになった。
「じゃあ、今日のお話よ――」
彼女は毎日少しずつ自らや世界のことについて話してくれた。
何となく察しはついていたが、ユキナはただの人間ではなかった。
既に肉体を失い、精神だけの存在となった幽霊のような人間だった。
数多の並行世界を渡り、レイラフォードを殺し、運命の赤い糸を断ち切り続けて幾百年。そして、超能力のような力を使うことができる――そんな非現実的な存在だった。
もちろん、普通だったらそんなことは信じないが、タイムスリップをした今の俺だから信じられる。
しかし、無罪の人間を殺し続けているような者の言うことを信じてもいいのか、そして味方になっても良いのか……。悩ましい部分はあったが、今の俺にはユキナしか頼りになる人物がいないのも事実だった。
自らや大切な仲間がレイラフォードやルーラシードという不思議な存在であったとこも理解はできたが、実感はできなかった。
そして、その赤い糸を巡って、俺たちは殺されてしまったということは、とてつもなく理不尽な事実だった。
◇ ◇ ◇
「運命の赤い糸が実在するか……。時間が戻ったんだ、もう今更何が出てきても驚かないな」
「二人が結ばれることで世界は愛のエネルギーに満たされて新たな未来を生み出す。もちろん、明るい未来だけでなく暗い未来もあるわ……」
暗い未来か……。今の俺がその状態なのかもしれないな。
いや、みんなが死ぬという未来を変えることができるかもしれないんだ、これが明るい未来なのかもしれないか……。
「そして、あなたを殺そうとしたレイラやステラは赤い糸を紡いで二人を結ぶことを使命として、私は赤い糸を断ち切ることを使命としているわ……」
「断ち切る……? 何のために」
「決まってるでしょ……。運命の赤い糸なんていう下らないもののせいで、相思相愛だった人が誰かに奪われていくなんて、そんな馬鹿げた話があるなんておかしいわ……。私はそんな下らない女を殺すために数多の並行世界を旅しているのよ……」
――なるほどな。運命の赤い糸というロマンチックな言葉の裏には、奪われる側の気持ちなんて配慮されていない。世界が認めた略奪愛といったところか。
いや、それどころか、もしかしたら本人たちの意志だって無視した恋愛関係なのかも知れない。
「……相思相愛だった相手が奪われるか。俺はそんな経験したことはないはずだが――ユキナさんだったか、あんたの言うことは何となく理解はできたよ」
「――ユキナでいいわよ……。それにしても、あなたは『あっち側』だと思ったのに、意外と『こっち側』に共感してくれるのね……」
ユキナは蔑むような目でフッと微笑した。
「自分でも不思議だと思ってるよ、大事な人が誰かのものになったことなんてないはずなんだけどな……」
ユキナはその言葉を聞くと、目を瞑って考えるように言葉を発した。
「……加藤春昭、あなたはステラに対して
どうなんだろうか、自分の命が奪われかけ、大切な人たちの命を奪った相手に復讐したいのか。
恨みはある。憎くもある。失意のどん底に追いやった相手に対する怒りだってもちろんある。
だが、復讐したいと思っているのかと言われるとわからない。
俺からしたら大型トラックに
「なぁ、ユキナ。あんたはどう思う……? 俺は復讐するべきなんだろうか……?」
「知らないわよ、自分で決めなさい……」
ユキナは目を瞑ったまま素っ気なく答えた。当然の話だ。
俺はどうしたいんだろうか……。
『でも、きっと違う未来になると信じてる』
ふと頭の中に言葉がよぎった。
『私達はまだ死にたくない。だから私達の過去と未来を託すね』
あの時、ヒカリが最後に残した言葉だった。
そうだった、俺は未来を変えるために過去に来たんだった……。
何やってるんだよ、加藤春昭……!
「……ユキナ」
「なにかしら……? 意気地なしの加藤春昭くん……?」
「復讐なんて大それたものではないかもしれない、でも俺は未来を変えるために、ある美漢からこの恨み感の世界に来たんだ、やれるだけのことはやってやるよ……!」
「ふふっ、言うじゃない……。そうじゃなくちゃ面白くないもの、楽しませてもらうわよ……!」