「ハルキーー! ハルキーー! 無事ーー!?」
「ハルキ様! お怪我はありませんか!?」
メイの
「嗚呼、俺は大丈夫……だ」
突然意識が遠のくような感覚がして、気づくとガーネットの肩に寄り掛かってしまっていた。どうやら
「外傷はそこまで酷くないみたいだから
「メイ! メイ! しっかりしろっ!」
「トルマリン。このくらい平気よ……」
俺と同様、自らの
「メイ! その腕! 早く回復を!」
「ハルキ、何を驚いているの? 貴方がやったんでしょう? それに、
腕を失った状態で大した事ない訳がない。元居た世界なら致命傷だぞ。いつもの平然とした表情より、心無しか苦しそうじゃないか。
「わ、私に治療させて下さい!」
「パ、パフェ!?」
パテギア王女が意を決した様子でメイへ駆け寄っていた。メイはトルマリンへ左肩を預けたまま、そんな王女の行為を咎めようとする。
「貴女、正気? 貴女の仲間である男を私は殺そうとしたのよ? 私を助ける必要はない筈よ?」
「いいえ、確かにメイさんは、ハルキ様を傷つけた。それは許せません。でもメイさんにもハルキ様にも事情があっての事。それにハルキ様にとって大切な存在であるメイさんが目の前で傷ついているというのに、放っておける訳がありません!」
メイの欠損部分へ手を翳し、静かに詠唱を開始する王女様。彼女と王女様が純白の光に包まれたかと思うと、みるみる彼女の右腕が再生されていく……!
「これは……」
「
メイも目を見開いていた。天秤座の守護者が呟き、
「これで、終わりました。魔力の回復迄は出来ません故、二、三日は安静にしていて下さい」
「感謝するわ」
こうして終焉の天秤による審判の刻は終わりを告げ、俺とメイは本当の意味での再会を果たす。どうやら天秤座の守護者であるトルマリンと、俺の守護者ガーネットも旧友の仲らしい。
「先程のカレンデュラ・オドルは数百年前には魅せていない魔法だったな? ガーネット」
「女の子は流行の香りに敏感なものよ? トルマリン」
どうやらメイの守護者であるトルマリンの正体は死神らしく、ガーネットの力で倒す事は不可能と判断し、空間ごと閉じ込めてしまうような強力な香りで動きを封じたらしい。そんな魔法を隠し持っていたとは、俺も知らない彼女がまだまだ隠れてそうだな?
「ハルキ・アーレスと言ったな。メイが連戦だったとは言え、〝終焉の天秤〟能力発動下にも関わらず己の能力を開放、審判から抜け出しメイを此処まで追い込んだ男は君が初めてだよ」
「いえ、俺はあの時必死だっただけです。彼女に認めて貰えるように俺は頑張りますよ」
俺とトルマリンが握手をした瞬間、掌の感触が消え、青年姿の死神は黒猫姿へと変化する。
「ソロソロ時間ダ。ヤハリコノ姿ガ落チ着ク」
「び、びっくりした……」
そういえばメイと初めて出逢った時、彼は黒猫姿だった事を思い出す。眼前の青年が黒猫姿になったら誰でも最初は驚くだろう。
「でも。ハルキ。命が救われたという事は、彼女はハルキを
「勘違いしないで。少なくとも創星の加護者として認めただけ。男としては認めていない」
ガーネットが俺へそう告げると、メイは即答する。いや、そんなにはっきり言われるとショックだな。
「ハルキ様、心配要りません。私はハルキ様を男の中の男として認めています。私はいつでもハルキ様の傍にお仕えしますわ」
「ハルキ、よかったわね。
王女様が俺の右腕へ自身の腕を絡め、お姉さんが左腕に自身の妖艶な果実を押し付ける。その様子を見届け、嘆息を漏らしたメイはひと言……。
「こんな女っ垂らしの下衆男……殺しておけばよかったわね。行きましょうトルマリン」
「嗚呼……サラバダ、青年」
踵を返すメイと彼女の肩へ乗る黒猫。
「待ってくれ! メイ。かつての約束なんて、忘れているかもしれないけど。俺、メイの事、いつか迎えに行くからな!」
「そう……勝手にすれば?」
漆黒の靄へ包まれた彼女の黒猫は、そのまま姿を消す。彼女の姿を見届けた後、ガーネットが何故か俺の横でニヤニヤしている。
「ハルキ、よかったわね。あのメイちゃんの様子なら…………」
「ん? 最後何て?」
最後うまく聞き取れなかったため俺が聞き返すと、彼女は押しつけていた柔らかな果実をそっと離し、俺へ向けウインクした。
「ふふ。何でもないわ! さ、パフェ。ハルキ。王都へ戻るわよ? クーデターも阻止出来たようだし、これにて一件落着ね!
大空より白銀の翼を広げた大鷲が舞い降り、俺達は一路、王都アルシューネへと戻る。
スピカ警備隊の活躍でクーデターは未然に防がれ、ラピス教会の支援によって怪我を負った住民や冒険者も無事回復する事が出来たようだ。一連の事件が表沙汰になる事はなく、冒険者達が起こした
「メイちゃんが倒したというあの上級魔族。ジュークって言うらしいけど、その正体はあの喫茶店のマスターだったらしいわね」
「え? そうなのか!?」
滞在中の宿屋にてガーネットからその事実を聞かされた時には驚いた。何せあの生誕祭翌日、何も知らない俺はあの喫茶店へと出向いていたからだ。喫茶店前にはスピカ警備隊の者が立ち、どうやら家宅捜索をしているらしかった。上級魔族ジュークは、あの喫茶ショコラのマスターであり、商人や貴族と接触しては、商人へ混沌胡椒をバラ撒かせ、自身の操り人形となった貴族や冒険者達を使って影から国を牛耳ろうと目論んでいたのだろう。
「で、あの混沌胡椒には奴自身の魔力が籠められていたっつー訳か」
「ええ、あの混沌胡椒は特別製みたいね。依存性が強く、使った者はジュークの言い成りになってしまうよう出来ている」
ガーネットが解説してくれた。人間の国へ潜伏し、自らの操り人形を作っていく。そして、要らなくなった者は消していく。上級魔族が考える事は恐ろしい。
「私。そんなものを飲まされただなんて……恐ろしいです」
「ええ、私達が傍に居てよかったわね、王女様」
ガーネットが彼女の肩を叩こうとしたタイミングで立ち上がる王女様。そのまま俺達へ恭しく一礼する。
「ありがとうございます、お姉様。ハルキ様。私、これからも傍に居させて下さい」
「まぁでも、パフェは王女様だからなぁ。取り急ぎ暗殺の脅威が消えたのなら、一旦トルクメニアへ送り届けないと」
さすがに第一王子である兄が居るとは言え、王女不在じゃあ国が黙っちゃいないだろうしね。
「そんなぁ……じゃあせめて残りの
「それはいい考えね、パフェちゃん! ハルキ、あと数日、観光して帰りましょう」
「パフェ、ガーネット! 俺達は旅行しに来た訳じゃないんだよ!?」
いつの間にか此処へ来た目的が旅行になって居るしね。乗り気な彼女達を窘める俺。
「だって、一旦国へ還る前に、メイちゃんと
「よしっ、あと数日この国へ滞在しよう!」
即答する俺。そうと決まれば、メイに逢いに行かないとだな。彼女を何て誘おうか。
これからの事を想い、俺の心は躍動するのであった。