「くそっ、一体どうなってる!?」
煉瓦調の巨大な建物、中央には唐栗時計が配置された道標になりそうな施設。アルシューン公国――冒険者ギルド裏手に大量の魔物が出現していた。たまたま近くに居た冒険者とクーデターを警戒していたスピカ警備隊隊員が魔物の群れと交戦する。そして、俺は眼前の獲物――
アルシューン公国第一王女であるアレキサンドル王女生誕祭。装飾が施された王都はお祭りムードだった。だが、先日パフェの
尚、ガーネットとパテギア王女はセントレア支部のラピス教会に居る。クレイの守護者であるアメジストもシスターとして待機している。クーデターによって被害が出た場合、回復役が必要となるからだ。
巨漢が一歩一歩迫るだけで大地が揺れる。同じ高位種でも、先日倒したミノタウルスよりもさらに巨躯な肉体。スピードは奴等よりも劣るが、他のステータスはミノタウルスを軽く上回る。
「少しは戦場で踊ってくれよ!
「グォオオオオオ!」
炎を纏った槍を素早く回転させ、トロールの体躯を斬り刻んでいくが、大した致命傷にはならず、憤ったトロールが咆哮しつつ棍棒を振り下ろす! 斜め後方へ飛んで
「くっ、力は相手の方が上かよ……。ミノタウルスの方がよっぽど楽だぜ」
体躯を燃やした炎を諸共せず、迫り来る肉達磨。更に
「なんつー力だ。これは埒が明かねーな。ガーネットが居れば肉体強化で一発なんだが……」
こういう時、ガーネットの
「あんさん、苦戦してますね! おいらが手伝ってやるっすよ!」
「え? あんた誰だ!?」
いつの間にか腰にレイピアを携えた白虎頭の若い男が立っていた。軽鎧を纏う格好からしてスピカ警備隊の者か?
「おいらっすか? おいらはスピカ警備隊副隊長、白虎族のヴェガっす! 魔物倒すのは警備隊の仕事っすよ! あんさんは?」
「俺はハルキ・アーレス。隣国から来た冒険者だよ。眼前に魔物が居たら狩る。冒険者の鉄則だろ?」
獲物を前に、互いに軽く自己紹介をする。こんな軽いノリの男が副隊長? そう思っていた矢先、トロールが巨大な棍棒を両手で持ち、思い切り地面へ叩きつけた! 地面が抉れ、風圧と共に隆起した岩盤と土砂が波となって俺達に襲い掛かる。素早く旋回した俺とヴェガは、左右から槍撃と剣戟を加え、再び距離を置く。
「あの肉達磨分厚いっすねーー。普通に突き刺しても攻撃通らないっすね」
「嗚呼、俺の炎を浴びてもあれだからな。……来るぞ!」
再びトロールが棍棒を横に凪ぐ! 強烈な風圧が俺達に迫る。しかし、飛んで躱そうかと思った矢先、俺の前へヴェガが出る。
「
「願星だって!」
突如ヴェガが口腔を開き、咆哮と共に圧縮された空気のような物を放出する! この副隊長、願星持ちか。棍棒によって起きた風圧は相殺され、同時にヴェガが走り出す。
「ハルキの旦那! ちょいと肉達磨の攻撃を惹きつけて貰えるっすか? おいらに考えがあるっす!」
「何か分からないが分かった」
ヴェガに続いて俺もトロールとの距離を一気に詰める。振り下ろされる棍棒による風圧をヴェガが相殺した瞬間、俺は奴の背後に廻り込み、がら空きの背中へ思い切り槍撃を打ち込む!
「
「グォオオオオオ!」
背後からの不意打ちに猛り狂うトロールがこちらを振り向こうとした瞬間、ヴェガが右側よりトロール目掛け、レイピアを突き立てる。
「遅いっすよ! 震撼透過――
次の瞬間、トロールが目を見開く。ヴェガがレイピアを突き立てた先はトロールの体躯でも四肢でもなかった。真っ直ぐ突き立てたレイピアは棍棒へ刺さり、内部から強烈な振動を加えられた事で、棍棒に亀裂が入り、見事に
「ハルキの旦那! 外側から通らないなら、内側からっすよ!」
「成程ね。流石は副隊長だ」
武器を失ったトロールが腕を振り下ろし、脚で踏みつけようとするも、亀のような動きで俺とヴェガを捕える事は叶わない。更に副隊長はトロールを仕留めようと仕掛ける。
「ハルキの旦那、耳塞いで下さい! 震撼透過、
トロールの肩へ素早く飛び移り、耳元で思い切り咆哮するヴェガ。耳を塞いでいても鼓膜が破れそうになる劈くような音。零距離で片耳に強烈な音による攻撃を叩き込まれたトロールは酩酊したかのように脚がふらつき、最早立っているのがやっとの状態だ。
「三半規管を揺らしたっす! 旦那、仕留めるっす!」
「おーけー! 終劇だよ肉達磨、
トロールのだらしなく開いた口腔へ槍先を突き刺し、そのまま灼熱の爆撃をお見舞いする。内部で爆発した火焔弾はトロールの頭蓋を破壊し、脳髄ごと粉々に吹き飛ばした。支えを失った巨躯はそのまま地面へ頽れ、震動と共に地へ伏したのだった。
「旦那流石っす! 炎熱いっすね。ナイスっすよ!」
「あんたの震動による攻撃も凄いな、ヴェガ!」
ハイタッチを交わし、眼前の獲物を仕留めた事に歓喜する俺とヴェガ。この副隊長とは仲良くやって行けそうだ。すると俺の脳裏にパートナーからの意思伝達が滑り込んで来る。
『ハルキ大変! メイちゃんに付けていた〝香り〟が今しがた移動したの! もしかしたら私達が追っていた首謀者と接触したのかも』
「な、なんだって! 彼女は何処へ行ったんだ!?」
突然会話を始めた俺を見て、ヴェガも不思議そうな顔をしている。
『
「分かったガーネット、頼む!」
意思伝達による通話を終えると、副隊長が話しかけて来る。ここにスピカ警備隊の幹部が居てよかったかもしれない。
「誰と話してたっすか? 旦那、何者っすか?」
「ヴェガ、スピカ警備隊の隊長とやらへ伝えてくれ。俺の知り合いがクーデターの首謀者と接触したみたいだ。俺は今すぐそちらへ向かう!」
「ちょっ、声大きいっす! どうしてクーデターの事知ってるっすか!? わ、わかったす!」
ガーネットと合流するまでの短時間でヴェガへ最低限の事を話し、俺は急いで西方へと向かうのであった。