円形のスタジアムの中央、ステージに向けて観客たちの視線が集中する。
ステージの上には六人の女性と二人の男性。
女性三人と男性一人がひとチームとなり、相手チームと向かい合って立っていた。
「では模擬戦だ、思うがままやってみるといい」
中央にある貴賓席からニケー大隊長の美しくも良く通る声がして、開始の合図となる角笛が鳴り響く。
それぞれのチームは男性を守るように隊列を組み、剣や盾を持つ者が前に、弓や杖を持つ者が後ろへと展開した。
「南の傭兵団とは、少々やっかいですね」
真正面に立つポラリスが重鎧を鳴らしながら前に出て、その長身を覆い隠すほどの大盾を構える。
盾から放たれた光の粒が半透明の壁となり、半円状にチームを覆った。
「西も南も同じですよ、殺られずに殺る!」
中央に位置取ったミーリが短弓に矢をつがえ空へと放つ。
矢が見えなくほど高く上がり、無数の光の矢となって降り注いだ。
「並の相手ならこれで終わりだけど、果たしてどうだろうね」
最後方に控えるフラメルは杖に寄りかかるようにして気怠そうな視線を前方に送り、男性の方へと振り返っていたずらな笑みを浮かべる。
「どうって……わかるわけないだろ」
そして彼女たちに守られるだけの存在、転生者のカイトは不満げに声をあげた。
「おや、敵さん、けっこうやるようだ」
降り注ぐ光の矢を、大剣の一閃が薙ぎ払う。
力任せに振るわれただけの、魔力を持たない攻撃がこれほどの威力を持つなんて。
凄まじい風がカイトたちの間を吹き抜け、舞い上がった砂埃が消えると、大剣を担いでポーズを決めるヒナの姿がそこにあった。
「残念、その程度じゃ傷一つ付かないよ!」
得意げに胸を張るヒナの側を、ひとつの影が通り抜ける。
次の瞬間、ポラリスの光の盾に黒い短剣が突き立てられていた。
「あれ、思ったより硬いですね」
砂の色の肌に露出の多い服装。
ライラの姿は砂の民そのものだが、頭から伸びる獣の耳が一際目を引く。
もし盾を貫通していればカイトの眉間に届いたであろう短剣にライラは蹴りを入れ、その勢いを利用して後ろへと消えていった。
ガキィンという金属同士がぶつかる凄まじい音がしたが、ポラリスの光の盾は短剣を放さない。
守りに優れる北の聖騎士の中でも特に守りに長けた、盾の
光の盾が強く輝くと、短剣をライラの元まで弾き返してしまった。
「眩しいのはやめてほしいな」
いつの間にそこに居たのか。
ポラリスの頭上遥か高くに、黒い大翼を伸ばすヘヴリングの姿があった。
大翼が日光を遮り作り出した影から、無数の黒い槍が生えてくる。
カイトが思わず目を閉じた次の瞬間、瞼を通り抜けて目に突き刺さるような強い光を感じた。
「影と血を媒体にする、吸血鬼お得意の魔法だろう? 昼間で影も無いとなったら、どれだけの威力になるんだろうねぇ」
フラメルの杖の先から放たれた光の球が炸裂し、第二の太陽となってスタジアム全体を煌々と照らす。
咄嗟に兜のバイザーを下ろしたポラリスと、カイトを日除けにしたフラメル以外は直立不動のまま動けない。
それでも武器を構え続けているのは流石だが、ポラリスにとっては十分すぎる隙だ。
ポラリスは左手を盾から放して拳を握り、ヘヴリング目掛けて勢い良く突き出した。
「うっ」
鈍い声とともにヘヴリングが落ちてくる。
魔力を圧縮して作られた拳がヘヴリングの腹部にめり込み、メキメキと音を立てていた。
「聖騎士に魔族は分が悪かったのでは?」
その攻撃の隙を狙い、ライラがポラリスの左脇から距離を詰める。
伸ばしきった腕が戻る前に懐へと入ったライラは、ポラリスの鎧の隙間、脇の関節部分に短剣を突き出した。
ガキンとまた音がして、短剣が鎧と鎧の間に捕まる。
腕を伸ばしきった時点ですでにライラを誘うための罠であり、こうなる事を予測していた。
ポラリスが右手に持った盾ごと体をひねると、ライラより遥かに大きな盾が風切音とともに遠心力を伴って襲いかかる。
盾がライラに触れたその瞬間、ポラリスはその手応えの無さに驚いた。
「残念でした、私は囮です」
地面から跳び上がり足を伸ばして盾を受け、盾が進むのに合わせて少しずつ足を畳む。
持ち前のしなやかさによりバネのように力を吸収したライラの足が再び伸び切ると、ポラリスの盾は大きく弾き返された。
「本命は私!」
体勢が崩れた所に、ヒナの必殺の一撃が振り下ろされる。
防御や外れた時のケアを考えない、体ごと振り下ろされる一撃は、例え相手がゴーレムであろうと両断する。
これから起こるであろう惨劇に湧き立っていた観客たちが静まり返ったが、砂埃の向こうから現れたのはそんな一撃を片手で止めるニケー大隊長の姿だった。
「はい、やめ、カイトチームの優勢勝ちだ。 この剣が振り下ろされていた所でポラリスには傷一つ付かないだろうが、スタジアムが壊れるのは困る。 それに、そろそろ模擬戦では済まなくなりそうだしな」
ポラリスの鎧を覆っていた光の粒が、ヒナの右手から立ち昇っていた湯気が消える。
攻撃するヒナも、防御するポラリスもまだ余力を残しており、もし大隊長が止めに入らなければ更なる衝撃が襲っただろう。
二人が同時に剣と盾を下ろすのを見て、カイトはようやく呼吸を忘れていたのを思い出した。
「初めてにしては上出来だよ、逃げなかったし」
スタジアムから作戦会議室へと戻ったカイトの肩に手を置いて、フラメルが気の抜けた笑顔を送る。
頼りなさそうな笑顔も、この時ばかりはありがたく感じた。
広々とした石造りの部屋に椅子が七つ。
戦っていた六人の分とカイトの分だ。
相手チームに居た男性は魔法によって作り出されたカイトの分身であり、防衛目標としてのダミーに過ぎない。
この模擬戦で確かめられていたのは、カイトが戦闘をただ眺めていられるかどうかだ。
「えっと……ありがとう」
ぎこちなく礼を言うカイトだが、しっかりと顔を合わせたのはこれが初めてなのだから仕方ない。
転生・召喚術の行われた魔法室からスタジアムまではほんの数メートルで、よくわからない場所で目覚めた次の瞬間にはあの場に立たされていたのだ。
カイトは今この段階でも混乱しっぱなしであり、目に映っている壁や床ですら信用できないで居た。
「やぁ諸君お疲れ様、特にカイトは大変だったろう」
最後に部屋へと入って来た大隊長は笑顔で皆をねぎらい、正面の壇上に立つ。
長いオレンジの髪が窓から差し込む日の光に照らされてきらきらと輝いた。
「顔合わせを兼ねた転生者の適性検査、隊長代理も必要性は理解しているはずです」
静かな作戦会議室にポラリスの涼し気な声が響く。
最前列に座るポラリスは鎧を脱いでおり、ひとつに結われた長い銀髪とワンピース姿が新鮮に映った。
どうやら真面目に話を聞く気があるのはポラリスだけのようで、他のメンツは退屈そうにしていたり机に突っ伏したりしていた。
「カイトからの質問に二、三答えたら解散だ。 もう少し我慢してくれ」
大隊長からの目配せでカイトに視線が集まる。
カイトは緊張からくる喉の渇きを感じながらも、恐る恐る口を開いた。
「あの、なんで色々な事を知ってるんでしょうか?」
その質問を聞くなりライラは後ろを振り向いてフラメルに得意げな顔を見せる。
フラメルは、はぁとため息を吐き、ライラに金貨を一枚渡した。
「一から説明をしていては大変だろう? だから転生・召喚術の中に知識の付与も付け加えたんだ。 この世界に関する基礎知識、私たちの事、必要な知識は事前に学んでもらってある」
大隊長の言う通り、カイトにはすでに知識があった。
全員の容姿、名前、種族、この世界は自分の世界とは違う場所で、ここが『コンキスタドール』と呼ばれる独立部隊の拠点である事。
そして、自分がその隊長となるために呼ばれた事。
大量に詰め込まれた知識に脳がようやく順応したのか、頭のモヤも随分晴れてきた。
「ん? あれ、変な知識も一緒に……」
「変な知識というと?」
「いえ、フラメルさんは基本なんでも大丈夫で、ライラさんは耳を触るのがダメ、とか」
知識が整理されていく中、用途不明の知識がいくつか浮かぶ。
ポラリス、接触NG、ヒナ、状況に応じて、ヘヴリング、密着を好む、など。
明らかに任務の遂行に関係ないこの知識は、何かの手違いで紛れ込んだのだろうか。
「いや、それこそが一番重要な知識だ。 君は部隊の隊長兼ペット替わりなのだから」
唖然とするカイトに大隊長が微笑みかける。
他の皆はさも当然といった顔で静かに席に座っており、秘密をばらされたフラメルとライラだけが恥ずかしそうに俯いていた。