第22話 【sideティナ&???】ふたりのボス

 私――ユスティナ・キングスコートが、強い女性の体現だと話すのを聞いた。

 個人としてはそう思ったことはないが、少なくともティラミス・ファミリーに属する女達は、私を目標としてくれているらしい。


「ボス、今日もすっごく綺麗ね……」

「聞いた? ご友人を狙った悪党を、ひとりで焼き払ったって?」

「国中の女マフィアの憧れよ! 私だって、いつかあんな素敵な女性になってみせるわ!」


 彼女達は自室に向かうだけの私を、羨望と崇拝の目で見つめてくる。

 とはいえ、私とてただの人間だ。

 目的はともかく、マフィアになったのは成り行きである。

 そこまで敬意を払われる人間ではないのだ。


「……ふう」


 外に音を漏らさない、特殊な加工を施した壁で囲まれた自室。

 そこに入り、やっと私は一息つく。

 私は、プライベートを人に見せてはならない。

 少なくともアジトにいる間は、ボスとしての威厳を保たなければならないのだ――。


「――ハイかわいい超かわいい世界一のキュンキュンスマイル! お仕事頑張るエドワードきゅん! 私史上最強の最推しけっっっってえぇぇ~~~~っ!」


 ――こうなるから。

 それはそれとして、あの子はなぜあんなに可愛いんだ。

 まっすぐな目。

 一生懸命なふるまい。

 時折見せる照れた顔。

 もはや人をたぶらかす淫魔インキュバスも同然だ。


「あーもうダメダメ、私好みのイケショタに育てるしかにゃ~いっ! とうっ!」


 服を全部脱ぎ捨てて、最近発注したエドワードと同サイズの抱き枕にかぶりつくのも致し方ない。

 顔に当たる部分に彼の顔を描き込むのも仕方ない。


「ぢゅるるるるる~っ! ぢゅぽっ、ぢゅっぽぢゅっぽ!」


 愛らしいものを愛でるのには、何の罪もないのだから。

 そうだ、顔の部分にディープキスをしまくって、よだれがこんなに飛び散るのもエドワードが悪いのだ。


「ぷはっ……あんな清純系天使を私の理想に育てちゃっていいんですか!?」


 決して私の趣味がアレなわけではない。

 しょうがないだろう、自分より10歳以上年下でないと愛せないんだから。


「いいんです! だって私はファミリーのボスだから、エドきゅん育成計画発動っ、しちゃっても誰も文句言わないもんねえぇ~っ!」


 そもそも、マフィアのボスとして日々お堅い顔をしているのだ。

 誰にも迷惑はかけていないし、ここで蕩けてもいいだろう。


「説明しよう! エドワード・マックスウェル育成計画とは、おねーたん好みの男の子に彼を育成して、きゅ~となお婿さんにしちゃう計画なのだっ! 婿入りしたあかつきには、全身を余すところなくちゅぱちゅぱすることを誓いますっ!」


 願わくば、エドワードを永遠に侍らせ、この顔を見てもらいたいものだ。

 世界の誰にも見せていない、私の本性を。

 彼を思うだけで無意識に動いてしまう、私の腰つきを。


「かわいすぎりゅ、かわいすぎりゅるるるるる……んおぉッ!」


 やがて腰が止まり、私の中で愛のきらめきが炸裂する。

 すべてをエドワードにぶちまける妄想が終わり、心の中に賢者がやってくる。


「はあぁ~ん……待ってもうマヂ無理……とうとい……」


 ベッドにごろりと転がって、私は天井を眺めた。


 結婚指輪のサイズを聞きたい。

 初夜のベッドは天蓋付きがいい。

 なんかこう、窒息するまで胸の中に抱き入れて腰をヘコヘコさせたい。


 全裸で天を仰ぐ私の頭の中は、それでいっぱいだった。





 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 一方その頃、薄暗い屋敷の奥にある広い部屋には冷たい空気が流れていた。

 そこに集められた者達はみな一様に困り顔で、脂汗あぶらあせを流す。


「――でさー、うちの下っ端が8人もいなくなったの、ゲーインとか分かったワケ?」


 真ん中に豪奢なソファーにふんぞり返って座るのは、ある女性。

 彼女が口を開くと、誰もがびくりと震えた。


「え、あ、その……」

「あーし、ぶっちゃけ、めっちゃイラついてんだよね。まだ分かってないんだったらだべてないで、ここにいる全員で犯人探しに行けし」

「いえ、み、見つけております! 犯人はティラミス・ファミリーに違いありません!」

「じゃーさ、なんでちゃっちゃと殺らんの? バカじゃね?」


 派手な衣装とアクセサリーを身に着けた少女に、屈強な男達は誰も逆らえない。

 それでもなんとか、鳴る歯を抑えて物申そうとする男もいる。


「何を言ってるんですか! ティラミス・ファミリーと今、抗争でもしようものなら双方に被害が及びますよ! いくらボスのご意見でも、こればかりは――」


 だが、その言葉はかき消された。


「あびょッ」


 刃が首を切る音と、ごろりところがる頭によって。

 息をのむ一同の前で、少女の目が苛立ちで細くなる。

 その手に握られているのは、彼女の背丈よりも巨大な、黒く光る鎌だ。


「ボスのことディスるとか、チョーあり得ないんですケド」


 彼らはこうして、いつも思い知らされる。

 兵隊である自分達には反論する権利どころか、人権すらもないのだと。

 少女の苛立ちひとつで死ぬ程度の存在価値しかないのだと。


「あーしが探せっつったら探せし。ティラミス・ファミリーなんていつまでもビビってんじゃねーよ、ドンパチになったらヨユーでぶっ殺してやるからさ」


 ただ、彼の死にまったく意味がないわけではない。

 幸いにも、彼女の怒りはひとつの遺体をもって収まったようだ。


「はー……もういいわ。なんか腹減ったから、『パフェ・ド・ルシエラ』でシュークリーム買ってきて。チョコレート入ってるやつな、お代はそっち持ちでよろー」


 ごろりとソファーに寝転がる彼女は、まごつく男達をもう一度じろりと睨んだ。


「でさー! ボスにメーレーする奴とか邪魔だし、はよどかせっつーの!」

「「はいいいっ!」」


 今度こそ、死体を袋に包んだ彼らは、蜘蛛の子を散らすように部屋から出ていった。

 少ししてから、がらんとした部屋に、少女のけらけらという笑い声だけが響く。

 散々な横暴と恐怖で人を支配する彼女にとって、彼らの命を決して軽んじているわけではない。ただ、こうすれば命令を聞くと知っているからだ。

 すべては、ファミリーの存続のため。

 自分がどのボスよりも優れているのだと、先代ボスなんて必要ないのだと思わせるため。

 その願望が叶うのならば、補充のきく人員の死もいとわない。

 ファミリーの過激さに惹かれて加入するバカは、街中に転がっているのだから。


「……ティラミス・ファミリーってーと、最近闇ポーション市場を作ってやがったな。せっかくだから、そこらへんもあーしらが乗っ取ったるか! もしも邪魔するなら――」


 そして目指すは、縄張りの統一。


「この『首切り女王』が、ゼーイン『ショケー』してやるじゃん☆」


 純粋無垢にして邪悪な野望を夢見て、女は笑った。


 ――彼女の名はマリアンヌ。

 カポールを縄張りとするマフィア、エクレア・ファミリーのボスである。