第21話 アルマのお気に入り

「――じゃあ、グレゴリーさんはわざと僕達から距離を取ったんですか!?」

「ああ、そうだ」


 翌日、僕とジャッキーはグレゴリーさんの話を聞いて、椅子から転げ落ちた。

 昨日は偶然誰とも会わなかったのかと思っていたけど、そうじゃない。

 グレゴリーさんはわざと、僕らを孤立させていたんだ。

 一晩アジトに泊まっていったアルマさんすら知らなかったんだから、ティラミス・ファミリーの結束の固さを思い知らされる。何かあっても、彼らは口を割らないだろうね。


「俺達が貴様らといれば、奴らが尻尾を出さんだろう」

「奴らって……じゃ、じゃあ、あの変態がマフィアを雇ってるのも知ってたべ!?」

「マフィアとまでは予想はしていなかったが、何かしらおかしな動きを見せる輩はいたからな。ついでにそいつらも捕らえるのが、本来の目的だ」


 確かに目的は達成できたけど、そりゃないよ。

 僕とジャッキーは、危うくアルマさんを奪われかけたんだから。


「少しずつ貴様と接触するマフィアの人数を減らし、昨日は誰にも近寄らせなかった。おかげで奴らは、その日の夜が攻め時だと勘違いしてくれたぞ」


 あれ、と僕は首を傾げた。

 数を減らすにしては、随分と過激なやり方だったような。


「そしたらティナがいるのは、どうして……」


 グレゴリーさんがちらりと隣のティナを見て、わざとらしいため息をついた。


「仕事を早めに切り上げてでも、同伴したいと言ってきかなかった。どうやら俺達が思っている以上に、旧友を心配していたようだな」


 僕とジャッキーが頷くと、彼女はごほん、と大げさな咳払いをした。

 なるほど。ティナはどうしても、友人のアルマさんが心配だったみたいだね。


「たまには外に出ないと、スキルが鈍る。お前こそ、クロスボウの狙いが甘かったぞ」

「む……」


 ボスと右腕はジョークのつもりなんだろうけど、ツッコめる相手なんているわけがない。


「それで、彼が雇ったマフィアが何者なのか、分かったんですか?」

「ああ……あの男は「アルマと一緒に居られないなら死んでもいい」とぬかしていたが、爪を三枚ほど剥いでやれば、驚くほど簡単に口を割ったぞ」


 うーん、何となく察してたけど、やっぱり薄っぺらな愛情だったね。


「俺達の予想通り、金で雇われたのは『エクレア・ファミリー』だ」


 ラットの末路に微塵も同情できない僕らの関心は、グレゴリーさんが話したあのファミリーの名前に集まった。


「エクレア・ファミリー……三日前も話してましたね。街で聞いた話だと、確かティラミス・ファミリーと対になる、カポールのマフィアとか……」

「そう思っているのは奴らだけだ。規模も何もかも、こちらの方が上だ」


 カポールにいるのがティラミス・ファミリーだけじゃないのは当然だとして、ここまで身近に接触する機会があるとは思ってもみなかった。

 こういった小さな軋轢の積み重ねが、いつか抗争の引き金になるんだろうか。

 なんて考えている僕のそばに来て、グレゴリーさんがアルマさんに言った。


「ミラーさん。もう、貴女を脅かすような相手はいないでしょう……もしもまた、貴女の美声の虜になった魔物がいるようなら、その時は我々を頼ってください」

「うふふ、そうさせてもらうわ。今度はエドワード君を、ご指名で♪」

「ぼ、僕をですか?」


 アルマさんの一言に、僕は目を丸くした。

 僕だけじゃない、ジャッキーやファミリーの皆もだ。


「私を守ってくれたのは、エドワード君と子分のジャッキーちゃんでしょう? たくさんの暴漢を相手にしても、一歩も引かずに戦ってるのを見て、ファンになっちゃったの♪」


 彼女がウインクすると、僕は思わず耳まで赤くして目を逸らしてしまった。

 美人に頼られるなんて、嬉しさと気恥ずかしさがごちゃ混ぜになって当然だ。


「やったべよ、アニキ! アルマさんがファンになるだなんて、大躍進だべ!」

「え、ええっ!?」


 そんな僕を見て、ジャッキーや、リビングのあたりを行き交うファミリーの皆まで、子供がテストでいい点を取った時のようにはやしてくる。


「よっ、歌姫のお墨付きとはやるじゃねえか!」

「お前さんもすっかり、マフィアの一員だね!」

「皆まで……あ、ありがとう……」


 礼は言うけど、勘弁してよ。余計に恥ずかしくなるから。

 どうしたものかとまごつく僕の隣で、ティナが静かに立ち上がった。


「グレッグ、アルマをバーまで送ってやれ」


 グレゴリーさんと何人かのファミリーが頷き、アルマさんを囲むようにして部屋を出る。

 あれだけ怖そうなマフィアに護衛されるアルマさんを見れば、きっと悪い輩は近寄ってこないだろうね。

 本当の本当に、これで一件落着ってわけだ。


「ちょっと待って、ティナ! ひとつだけ、お願いがあるの!」

「……?」


 なんて思いながら僕が席を立つと、ふいにアルマさんが振り返った。

 そして少しだけ口をもごもごとさせてから、意を決した様子で言った。


「今日の夕方、王宮通いをするくらい有名なピアノマンがカポールに来るのよ! 『獅子の瞳』で私がその人と一緒に歌うから、ぜひ見に来てちょうだい!」


 正直、そこまで遠慮しなきゃいけない頼み事かは、今の僕には分からなかった。ジャッキーだって、口をぽかんと開けているし。

 グレゴリーさんは無表情だし、ファミリーの皆は顔を見合わせるばかり。

 ただ、ティナだけはその真意を察したのか、ちょっぴり目を見開いてから微笑んだ。


「……必ず行こう。酒とつまみを用意しておいてくれ」


 彼女の返事を聞いて、アルマさんの顔が暖かな笑顔に包まれた。


「ありがとう! あなたの好きな、七色葡萄なないろぶどうの百年物ワインをそろえておくわ!」


 そして今度こそ、アルマさんはティラミス・ファミリーの面々に連れられてアジトの外に出て行った。少しの間、ティナは扉の閉じた玄関を見つめていた。

 彼女にとって、歌姫アルマ・ミラーはどんな存在なんだろう。

 アルマさんにとって、旧友の女マフィアはどう映っているんだろう。

 答えはきっと、どれだけ頭をひねっても僕には思い浮かばない。


「エド、お前も来るか?」


 でも、レディーのお誘いを断るほどマヌケじゃないよ。

 なんてったって、僕は見た目は子供でも、中身は大人でマフィアなんだから。


「ジャッキーも連れて行っていいなら!」

「フッ……もちろんだ」


 僕とティナが、どちらでもなく笑った。

 後ろにいるジャッキーは、また美味しいオレンジジュースが飲めるとはしゃいでいた。