第12話 ふたりの朝食作り

サラが朝食の料理の準備を始めると、その隣には、手伝う気まんまんのハンナが待っていた。


「ねえ、サラ。なにから始めるの?」

「そうね。スープを作るから、ハンナちゃんは鍋に水を入れてくれるかしら? その間に、私は野菜を切るわね」


 そう指示するサラに、ハンナは少し不満そうな声で話しかける。


「ねえ、サラ」

「なあに?」

「ハンナも包丁、使えるんだけど……」


 エプロン姿のハンナはそう言って、包丁が置いてある台に手が届くように、椅子を移動させた。

 エリオットと二人で旅をしている間に、料理を覚えたのだと言う。とは言っても、凝ったものができるわけではない。野菜を鍋に入れて、岩塩を削り入れたスープや、串に刺した肉を焼いたり、フライパンで野菜と肉を一緒に炒めたりと言った単純な物らしい。

 それでも、包丁も火の扱いもしてきたと自信満々に言う。だからこそ、サラの料理の多彩さに驚いたようだった。

 サラとしても、ハンナに手伝ってもらえれば楽になる。それに、色々と教えれば、ハンナがいつかエリオットとこの家を出て、また旅に出た時に役に立つだろう。

 そう思い直したサラは、ハンナと一緒に料理をすることにした。


「そうなの? じゃあ、一緒にしましょうか。でも、ここにある包丁はハンナちゃんには大きくない?」

「大丈夫! ハンナ用の包丁があるから」


 そう言って、どこからともなく出した包丁は、ハンナにも扱いやすいように刃が短く、柄の部分も細かった。おそらく、料理をしたがったハンナのために、エリオットが準備した物だろう。その包丁を見ただけで、エリオットのハンナに対する愛を感じてしまうのは、サラが料理好きゆえかもしれない。

 そして、その使いこまれた包丁を見て、ハンナが言っていることに嘘が無いことも分かった。


「じゃあ、一緒に作りましょう。でも、初めは私と一緒にね」

「うん、分かった」


 ハンナの包丁さばきは、サラが想像していたよりもずっと上手だった。とはいえ、まだまだ子供である。時にサラが手本を見せ、時にハンナの手を取り、料理を進める。

(楽しい! 誰かと一緒に料理をするのが、こんなに楽しいなんて)

 ハンナが手伝うと言い始めた時は、不安もあったサラだったが、サラの言うことをよく聞いて一生懸命料理するハンナを見て、サラは自分の気持ちに驚いた。

 今までは一人で料理をしていた。

 サラの両親はケチであった。夫婦して、商売をして家にお金があるにかかわらず、使用人を雇うことなく、家事の一切をサラに任せていた。妹のアリスのお世話も含めて。

 だから、いつも一人で料理をしていた。両親が、アリスが、美味しいと言ってくれる笑顔を思い浮かべながら。しかし、両親は食事になど興味がなく、唯一、アリスだけが料理の感想を言ってくれるだけだった。

 それはそれで楽しかった。そして、それが当たり前だと思っていた。

 だから、ハンナと料理を作るこの時間が新鮮で、こんなに楽しいものだとは思わなかった。

(将来、誰かと結婚して娘が生まれたら、こんな風に一緒に料理をするのかな? これがママの秘伝のレシピよ。この味に惚れてパパがママにプロポーズしたのだから、とか言っちゃって)

 そんな妄想をしているサラに、ハンナが心配そうに声をかけた。


「どうしたの? 何かぼーっとして、顔が赤いけど、熱でもあるんじゃないの?」

「大丈夫よ、何でもないの。それよりも、そろそろ出来上がるから、エリオットを起こしてきてちょうだい」

「パパなら、とっくに起きてるよ。ほら」

「え!?」


 ハンナに言われて、リビングの方を見ると、ソファーの背もたれからちょこんと金色の髪をのぞかせている物体があった。


「エリオット、いつから起きていたの?」

「二人の包丁のデュエットが聞こえてきたあたりかな?」

「結構前じゃない、起きたら声をかけてよ」

「二人とも、楽しそうにしていたから、声をかけるのも悪いかなと思って……」

「そんなこと言って、パパ。本当は料理しているサラの背中に見惚れていたんでしょう。もう、エッチなんだから」


 ハンナは手を腰に当てて、包丁をエリオットに向けて言い放った。

 エリオットは素直に両手を上げて反論する。


「いやいや、それは勘違いだ。ハンナがサラに迷惑をかけていないかなと、二人を見守っていたのだよ。決して、二人が仲の良い親子のようで、何ともほほえましく、いつまでも見ていられるなとか思っていないからな」


 本心を全て白状したエリオットを見て、思わずサラは吹き出した。

 そして、愛らしいハンナと仲が良い親子に見えたと言われたことが、心地よかった。

 だから、エリオットが盗み見ていたことを忘れて言った。


「朝食ができたわよ。冷めないうちに食べましょう。今日も一日、やることがいっぱいよ」

「俺も運ぶのを手伝うよ」

「当たり前よ、パパ。でも、その前に顔を洗ってきて」

「そうだな。ごめん、ごめん」


 そう言って、エリオットは大急ぎで顔を洗うと、朝食を並べ、ニコニコしながら食卓に着いた。