その日は来店が少なかったのでいつもよりも早仕舞いをし、家にも早く帰った。
何気なくテレビを付けると、遅い時間のニュースをやっていた。
「本日、北海道でコロナ感染者の増加にも伴い、独自の緊急事態宣言が出されました。週末の不要不急の外出をお控えください」
私は一瞬耳を疑った。確かに数字増えていることは理解していたが、例年のインフルエンザの感染者数に比べるとずっと少ないじゃないか、と思っていたためだ。インフルエンザでも結構な人が亡くなっているが、新型コロナウイルスというのは、そんなに厄介なのかと、つい身構えてしまった。
テレビに見入っていると玄関のドアが開いた音がした。美津子が帰ってきたのだ。
美津子もいつもより帰宅が早い、聞いてみると、やはり来店者がいつもよりも少なく、ちょっと早く閉めてきたという。この日、1号店も2号店も同じような客の入りだったのだ。
「テレビ、見ているの?」
美津子が上着を脱いだ後、冷蔵庫からビールを持ってきながら尋ねた。そして私の横に座り、テレビのほうに目を向けた。
「今日は何のニュース?」
「例の新型コロナウイルスの話だよ。さっき聞いたけど、北海道が外出自粛を要請する緊急事態宣言を出したって。人口的には東京のほうがずっと多いわけだし、感染者が全国で増えたら東京だってそうなるかもしれない。そうなると、店はどうなる?」
私は心配そうに言った。美津子はまだ様子を呑み込めていないので、何らかの具体的な返事はなかった。
「もちろん俺たちやスタッフの感染も気になるけれど、人が外出しなくなれば、居酒屋には打撃だ。今日のような数字にもならない状態が続くようであれば、経営に影響する。何とか今、食い止めてくれないかなあ」
誰に言うでもない言葉が思わず出た。
しかし、目の前にいるのは美津子だけだ。私はそう言った後、無意識に美津子のほうを見ていた。
「今、テレビ見ていろいろ考えても仕方ないじゃない。でも、これからはニュースを必ず見て、最新情報を頭に入れることが大切ね。その上でできることを考えていきましょう」
直接北海道のニュースを聞いたわけではないからかもしれないが、意外と冷静な言葉だった。私も冷静な時なら同じ様な話をしただろうが、今、北海道の話を直接耳にし、これまで聞いたこのない緊急事態宣言という言葉と状況に、うまく頭が回っていなかった。お店ではみんなをまとめる立場だから、変に落ち着かないというのはまずいし、アルバイトスタッフからの話には冷静に対応できた。今回はちょっと立場が違ったような心理状態になったが、話し合える人がいるというのは心強いものだと改めて実感した。
明日の朝にも同じような内容でワイドショーも放送するだろうから明日、最初からその放送を観ようということでこの日、早々に休むことにした。