午後6時を過ぎる頃になると、だんだんテーブルが埋まってきた。大体6割くらいになり、私たちの動きも活発になってきた。だが、忙しくなっても動きながら会話に聞き耳を立てていた。これまではそういうことはなかったし、本来は失礼なことだ。だからプライベートと思われるような話には素通りするつもりで耳を傾けていた。
するとチラホラ新型コロナウイルス関連の話が耳に入ってきた。ダイヤモンドプリンセス号の乗客の件だ。次々に感染者の数字がテレビなどで発表されていたので、これが日本国内に広がらなければ、といった心配の声だった。国内でも少しずつ感染者の数字が増えていたが、身近な感じではない。その分、すごく心配するといった感じは見受けられなかったが、それでも少しずつ関心を持つ人が増えているんだと感じた。
居酒屋という、人が本音を口に出す機会が多い場所にいて、会話に聞き耳を立てないというのは仕事の暗黙のルールとして守っていたが、新型コロナウイルスのことをきっかけにその封印をちょっと解いてみたら、同じように心配する人がいたことに変な安心感を覚えていた。
というのは、今回、マスクやアルコール消毒液を多めに買い込むことで、心配のし過ぎではという思いもあったからだが、薬局の様子を合わせて考えると、それほど方向性は外していなかったのでといった思いが湧いてきた。
ただ、それは同時に感染拡大が起こり、自分や身近な人が罹患したら、といった懸念があるからだ。今朝、美津子と以前観た映画のことを話したことも関係あるかもしれないが、ウイルスの性質によっては一気に広がるかもしれない、という気持ちがあった。同時にそれはあくまでも映画の中の話と思うようにしているし、日本の医療システムにもそれなりの信頼を持っている。その根拠はと言われるとはっきりしているものはないが、日本という国の力を信じていたのだ。
だが、それが自分は感染しないという保証にはならない。感染者と非感染者の数を比べる時、後者のほうが多いとすれば人は自然にそのほうに自分も入ると期待する。
しかし、その逆もあるわけで、その場合、数字は意味を持たない。自分にとっては100パーセントになるからだ。
店内での話に聞き耳を立てていると、ついそういうことを考えてしまう自分がいたが、すぐにその場の現実に引き戻される。オーダーが入るからだ。
当然のことだが、だんだん人が増えてくると、身体を動かすことに集中するため、少しずつ新型コロナのことは頭から離れていった。