「実際、本田さんも困られたようですよ。その時、詳しい事情は分からなかったそうですが、やはりその人は独立するつもりだった、ということを他のスタッフから聞かれたそうです。本田さんが話を聞いたスタッフも誘われたそうですが、その人は残ったそうです」
やはりこの業界、独立志向が強い、ということを私は改めて理解した。
ただ、それは私たちも開業の時はそれまでお世話になったお店を辞めてのことだったし、立場を変えてみればその時のオーナーも本田さんと同じ気持ちだっただろうと考えた。
ならばこの業界の場合、そういうことも念頭に置いた上でスタッフに対応することも必要なのかな、と思った。
「でもね、雨宮さん。本田さんはそこからいろいろ考えさせられ、あることを思いつかれたわけです。よく飲食店であるじゃないですか、長年修業した店ののれん分け、というケーです」
この話は以前の業界ではよく耳にしていた。そういう夢があるから頑張れる、という気持ちにもなるだろうし、この考え方は私にも美津子にもしっくりきた。
まだ新型コロナウイルスの問題が上手くコントロールできていない時ならば別かもしれないが、今はずいぶん経済も回復し、考え方も戻ってきているように思える。
もちろん、完全に同じというわけではないけれど、しっかり自分の実力で未来を掴もう、という人は増えているように思える。内心、本田が考えたことは、話の流れからは一つの帰結になると思われた。
「では、本田さんはのれん分けのシステムを作られたわけですか?」
今度は私が質問した。スタッフとのつながりについて、以前は美津子が意識していたけれど、経営的なことは私が中心に考えをまとめていたから、店の将来につながりそうなことは私が率先して尋ねたのだ。
後で美津子から聞いたのだが、この時の私の様子は前のめりになり、その様子から気持ちの入り方が違っていた、ということだった。私としても、こういうところをきちんと聞いておき、参考になりそうなところは勉強させてもらおうという意識でいる。その気持ちが私の様子に現れていたのだろう。
「一口で言えばそのような感じです。詳細は存じませんが、スタッフと話をする時間を増やし、各人の将来の夢などもしっかり聞き、共に伸びていこう、という意識でやっていらっしゃるようです。やがてはスタッフに店を持たせることまでお考えのようです」
具体的にはいろいろ細かなことがあるだろうけれど、要は信頼関係を築き、単なる雇われ店長的な感じで支店を増やすのではなく、本気のネットワークを作り上げよう、ということらしい。
私の経験からも理解できる話であり、もし自分が支店を出そうとする時、私と美津子以外で責任者としてやってもらうそうな人材育成が必要、ということが改めて理解できた。
「雨宮さん、済みません。ご予約のクライアントの方がいらっしゃいましたので、ここで失礼します」
話に夢中になり、時間のことがすっかり頭から抜けていた。川合は休憩時間に電話に出ていたのだ。
でも、詳細は分からないものの、概要は掴めたので、電話した意味は十分あった。
「川合さん、お忙しい時に申し訳ありませんでした。今度ゆっくりお話ししたいですね。またお電話いたします。ありがとうございました」
私は美津子と2人で電話の向こうにいる川合に向かって、深く頭を下げていた。