断崖のあいだを走る一条の青空に飛竜の群れがうごめき、それが窮屈になったのか次々と地面に降りてくる。
第三部隊は竜騎兵が二人、エルフをのぞいてマウ兵は四人ともが生存していた。
「二部隊が失敗している時点で警戒はしていた」
それが飛竜の裏切りとは知らなかっただろうが、オオトリの迅速な判断で離脱が可能だった。
それにしてもエルフが真っ先に捕食され竜騎兵は三人が転落死、生存者のなかにも負傷者がいる。
こちらは七人とこれまでの最大戦力だが、飛竜の数はその五倍じゃきかない。
「──あせってかかるな、散らばれ! 標的を分散させて持ちこたえろ!」
オオトリが指示を飛ばすと兵士たちはそれに従った。
「ようこそ地獄へ──」
皮肉まじりに言ったのだが、オオトリはまるで祭りにでも居合わせたようにいきいきとしている。
「とおからず行く予定の場所だ」と、状況を悲観する様子もない。
先行部隊の報告にあわせて必要な対処をとる、その予定だったため投入感覚を長くとっていた。
おかげで人手が増えない。
落下による人数の減少もあり作戦はすっかり裏目にでている。
ここまで三十人が投入されたがまともに戦えたのはたったの一桁だ。
「作戦は失敗だ、仕切りなおせねえのか?」
ノリノリのところわるいが飛行手段がなければ状況の好転は見込めない、このあと二部隊投入されたところで全滅は必至だ。
「報告役を兼ねるエルフが機能していないことから、本部はすでに撤退の準備をはじめている」
「はあっ?!」
親玉は逃げる準備ができているらしい、そのあと都はどうなるってんだ。
すでに投入された兵士たちはオオトリもふくめ見殺しってことになる。
「あと一部隊で打ち止めだ、それで本隊は撤退する――ッ!!」
オオトリは手近な飛竜を側面から槍で突いた。
突くなんてのはひかえめな表現だ、相手が人間なら貫通させはじけ飛ばすいきおいの突進。
まさに全身で切っ先を押し込んだ。
硬性で刃をすべらせ弾性で武器を弾く飛竜の外皮、しかしスケイルメイルとおなじ理屈で先端が刺されば貫通は可能。
槍の鋭い切っ先はその一点をうがち内部を突きやぶる。
半端な威力では刺さらない、失敗すれば死に直結する無謀な突撃。
オオトリは死を恐れる様子もなく飛竜の内臓を突きやぶりキッチリと息の根をとめる。
中途半端な一撃にしてしまうほうがよっぽど危険だ、結局はそれしかないのだということをよく理解している。
「散らせ! 数は俺たちが減らす!」
トドメ役に換算されていることを光栄と取るべきか、厚かましいと取るべきか。
だがさすがは指揮官、その頼もしさにいつわりはない。
「持ちこたえろ! 第五部隊の加勢と同時に反撃に転じる!」
本体の撤退は関係ないとばかりにオオトリは激を飛ばした。
「あと一部隊ってのはどういうことだ?!」
はやめに見切りをつけること自体は賢いのかもしれないが、それではなんのために最強の第一部隊を温存したのか分からない。
「ちいさい脳みそで考えるな、デカイ体を動かせ」
ひどい言いぶりだがそのとおり、おしゃべりしているあいだに一匹でも倒したほうが有意義だ。
これだけの戦力差のなかで第三部隊は脱落者をだすことなくうまく立ち回っている。
彼らは一陣や二陣とちがってすでに地獄化している戦場を想定して参上している。
やることを指示され混乱することなく徹することで本来の高いスペックを発揮できているのだ。
恐れない強さ、迷わない強さ、行動する強さ。
彼らが動き回って注意を引き、飛竜の標的から逃れた俺たちが一匹ずつ仕留める。
「生きろ! 一分でも長く生き延びろ!」
指示を出すオオトリが飛竜を撃退し、結果を出している安心感も大きい。
事態の好転をうたがわずに行動ができる。
俺がいても連中を奮起させてやれなかったが、優秀な指揮官の存在はやはり大きい。
オオトリは竜の攻撃に対応するのがうまかった。
長い首や尻尾による攻撃をまるで人間がくりだす武器を叩くようにしていなし、眼球を正確に抜いて脳を破壊した。
それは槍どうしの差し合いを彷彿とさせる。
わずかでも隙を見せれば羽の付け根、足の付け根を正確に抜いて機動力を奪う。
そして、トドメもしっかり刺す。
敵の質量だとか、動体視力だとか、歴然たる力の差をものともしない技術と対応力に驚かされる。
獣との対峙は人間のそれとはちがうと決めつけていたが、オオトリは対人間の技術をふんだんに飛竜相手に炸裂させていた。
俺のやっているベストな場所に追い込んで先読みで攻撃を当てるような、タイミング合わせとはまたちがう。
受けにまわらず自分からどんどん攻めていくため回転が速かった。
数を減らさなければ限界がくる、その責任をはたしているのだろう。
対大型用の剛槍は柄からハンドルが垂直に二本突き出しており、突き刺し、押しが足りないときはハンドルにもちかえ回転させて捩じ込んだ。
切っ先が半分も埋まれば致命傷である人間相手とはちがう、しっかり穂先を埋め込むあたりが大型への対応だ。
深く刺さりすぎた場合もハンドルにもちかえて引き抜くのに重宝していた。
流れるようにじつに巧みに、独特な形状の槍を完璧に使いこなしている。
適切なポジションでかまえ最適な運用ができていた。
「なるほど、コイツはおっかねえ」
普段ならこの男は戦場の最前線で暴れており、その相手をしているのは我が国の軍隊の皆さまだ。
ここで死んでもらうことで今後、どれだけ同胞たちの命が救われることだろう。
そんな不謹慎なことを思う。
オオトリが入ってからの俺たちは数の不利を押して優勢だった。
飛竜の渋滞をうまく利用し、その巨体を遮蔽物にして敵の挟撃を避ける。
飛竜は味方の巨体にかくれて見失った標的からは興味を失う、おかげで死角を取りやすくなった。
しかし、この快進撃はほんの一時のこと──。
怪物のあいだをぬって戦うような死線、ひとつのミスも命取りだ。
体力、精神ともに疲弊し限界のきた者から脱落しはじめた。
「くそっ、増援はまだか!」
集中と疲労のせいで時間を長く感じているのかと錯覚もしたが、すでに投入されているはずの第四陣がこない。
到着が遅れているなんてものじゃあない。
見捨てられたか。いや、スマフラウの妨害で到着まえに全滅したか。
そんな不安や雑念をふりはらってひたすらに体を動かす。
そうでなくては死ぬからだ。
オオトリですらいつの間にか一言も発しなくなっている。
もはや、ほかをかまう余裕がないのだ。
「だらしねえな! 俺は一陣からふんばってんだぞ!」
八つ当たり半分に鼓舞していく。
「だまれ! 大人しく増援までねばっていろ!」
オオトリが声をしぼりだして叫んだ。
──第四陣の増援はあるのか?
また一人、そしてまた一人、兵士が命を散らしていく。
第四陣、第五部隊が到着したときにはこちらの戦力はオオトリと俺の二人だけになっていた。
飛竜は十五まで減っていたがこれにまた五匹が追加される。
「間に合ったか!」
そう言ってオオトリが上空を見あげた。
俺も追従する、空中からの落下物が風をきる音に意識を引かれた。
落下物は聖竜スマフラウに直撃する、巨大な竜の背にかかったのは巨大な網だ。
全身をおおうにはまったく足りていない、だがゴツゴツとした外殻や鱗にからんで容易にははずれない。
綱の先端は地面に向かって垂れている。
第四陣の到着が遅れたのはこれの準備のせいか、あるいは竜のうえに落とすための位置調整に手間取ったからだろう。
第五部隊の飛竜はすでに敵にまわり兵士たちは全滅している。
しかし竜騎兵たちがよほど無理をしたか、二人ついていたエルフが魔法で制御したか、とにかく竜の背への足がかりができた。
俺がその意味を理解したときオオトリはすでに一目散にスマフラウへと向かっていた。
第五部隊の仕事を無駄にすまいと走っている。
それを追うかとも考えたが、俺は反対側から回り込むことにきめた。
巨大網の落下に驚いた飛竜のほとんどは空中に退避している、その飛竜たちの判断を分断する必要を感じた。
どちらかが逆鱗を破壊すればいい──。
スマフラウの巨体にかくれて移動し空中からの死角をつくる。
それで見失うか、どちらかが自由になればと願う。
第四陣までの兵は全滅し増援はない、本隊は撤退を開始している。
これがラストにして最大のチャンスだ。
どちらかがたどり着き、逆鱗を破壊して心臓に一撃を見舞う。
俺は走った、襲いくる飛竜をたたき伏せ、かいくぐり、はじきとばされ、斬りはらい、転がり、深手を負いながらもただガムシャラに前進する。
さっきまでの細心の注意をはらった確実な一撃などはなく、自分がどれほどのダメージを負っているかも分からない。
ただ聖竜スマフラウを撃退するイメージだけを思いうかべ、体をまえへと転がしつづけた。
──イーリス、倒すぞ! 『竜の巫女』なんかじゃなくていい、おまえは自由だ!
手がかりがあればこの程度の壁をのぼるのは造作もない、俺は網を伝ってスマフラウの背に乗り上げる。
逆鱗を確認したあたりに目標をさだめて這い上がると、そこにはすでにオオトリが到着していた。
状況を知ろうと呼びかける。
「オオトリッ!」
すでに逆鱗を砕いているか、心臓をつらぬいているか。
しかし、数歩よったところで異変に気づいた。
オオトリは槍をふりあげるでもなく、こちらへ指示をとばすでもなく、ただ棒立ちしている。
竜討伐のための剛槍に寄りかかりピクリともしない。
その両手は柄をしっかりと握り、穂先は彼の首を貫通していた。
──どういうことだ。
状況が飲み込めなかったのは一瞬で、それがすぐにスマフラウの【支配】によるものだと思いあたる。
逆鱗までたどり着いたオオトリをスマフラウは【支配魔法】で殺したのだ。
オオトリはその槍で逆鱗ではなく自らの喉を突いて死んだ。
次の瞬間、スマフラウにかけられた網は飛竜たちによって取りはらわれ、俺とオオトリの死体は地面に落下する。
『カカカカカ』と、スマフラウが高笑いをあげた。
はじめから問題ではない、高みの見物をきめこんでいただけの話。
気分次第でいつでも殺せた、我を窮地におとしいれることなど不可能なのだと笑っている。
俺は地面に衝突する、その衝撃にうめいたが身じろぎひとつできない。
肉体のダメージはもはや勘定に入っていない、四肢がちぎれようが胴体に穴があこうが止まるつもりはなかった。
だが、動かない。脳が手足にむかって命令を発しすらしない。
まるで首から下がないかのように全身に微々たる力すら伝わらない。
頭が真っ白だ、つぎの行動が思いつかない。
──立ちあがる? 立ってどうする?
断崖を越えることは不可能、味方は全滅し、増援もなく、竜の背にとどく手段は取りはらわれ、たとえ辿り着いたところで自由をうばわれる。
──そうか、これが絶望だ。
知った気になっていた、何度だって乗り越えてきたと思っていた、だが違った。
夢を断念したイーリスの気持ちがすこし理解できた。
すべきことがないのだから動きようがない、行動する意味がない。
俺はあぜんとして聖竜の神々しいすがたを見あげていることしかできない。
スマフラウは上空を見あげると大口を開いた。
そして咆哮のような轟音をあげて口内から熱線を放つ。
それはマウ国で遭遇した竜が村を焼いたのとは比較にならない、周囲は瞬時にして高温の世界となり直撃した飛竜はことごとく消し炭と化した。
その息吹はすべてを消滅させるだろう。
軍にむければ万が消滅し、都にむければ焼けただれた平地と化す。
神話のなかでときには神と戦い打ち倒す描写すらあった、竜の最上位の力だ。
『人間でいう一世紀か、精算するにはほどよい頃合だ』
空を焼いたのは通り道の見晴らしを良くするため、スマフラウはその両翼を広げる。
邪竜が飛び立つ──。
飛竜の飛翔とは異なる、山ひとつ浮かぶような錯覚からそれは浮上といった印象だ。
地上にでれば巨竜は都をほろぼすだろう。
最大限の被害をあたえることで力を誇示し、人間たちのおごりを恐怖によって正すために。
あの怪物が都の高さに到達したとき、この場で起きた以上の惨劇が地上で巻き起こる。
俺は成す術もなく谷底からそれを見届けるだけだ。
――そのとき、聞こえるはずのない耳馴染みのある声がとどいた。
「なんて顔してんのよ! しっかりしなさいよトロール!」