アジトと銘打たれた活動拠点は都のすみにある物流用の倉庫郡だった。
先行していた五台の馬車が馬から切り離されて停車しており、ひと段落したスタッフたちが自由に敷地内を行き来している。
特産物でもあるのか、かなり本格的な取引をしているようだ。
俺とイーリスはルブレの誘導にしたがい倉庫内の宿舎へと向かっている。
とつぜん「えっ!?」と言ってイーリスが立ち止まった。
背筋をピンと伸ばして宿舎方向を凝視している。
視線のさきには人影、シルエットから均整の取れたスタイルを持つ長身の男性だとわかる。
正体を確信したイーリスは「ああっ!」と、歓喜の音色を奏でた。
そして一目散にダッシュ。
俺は駆け出したイーリスの背を見送りながらルブレにたずねる。
「誰だ?」
「オーヴィル君の依頼主が俺で、俺の依頼主が彼」
つまりはイーリス奪還作戦の首謀者ということか。
「先生! あたしを捜してくれてたのって先生だったんだね!」
イーリスがまっすぐ胸にとびこむと男はそれを受けとめた。
その様子から二人の信頼関係が垣間みえる。
イーリスは一度たかく抱え上げられてから地面に着地すると、にぎった両手を上下させて喜びをあらわした。
先生とやらは奇妙なノリ、奇妙な言葉づかいでこたえる。
「もう! どこに隠れていたのよ、私のかわいい小鳩ちゃん!」
濃いヒゲを綺麗にそろえ、細面で彫りのふかい顔をした筋肉質な男だ。
「先生、紹介するわ。彼はあたしをここまで護衛してくれたトローヴィル」
「まざってる、鈍重で知能のひくい怪物とまざっている」
この訂正もいいかげん予定調和だ
そんな俺を先生とやらは熱烈に歓迎する。
「あらっ! まあっ! ステキっ! 竜騎兵たちとはちがう魅力があるわね!」
たしかにあのイケメン騎士団とはジャンル違いだろうな。
初対面に対する社交辞令をイーリスがわざわざ掘り下げようとする。
「えー、どのへんが魅力的?」
先生と呼ばれた男は力強く、無駄に力強く即答する。
「大きくって、硬そう!」
「そんなこと言ったらこの倉庫だって魅力的じゃん!」
なにが面白いのか分からないがお互いを叩きながら二人は笑った。
──仲がいいんだな。
先生は俺の前に立つと手をさしだして自己紹介をする。
「オルガース・ミーリアド、祭司よ。儀式を監督する役割で巫女たちに舞踏を教えたりしているわ」
俺は手を握り返して「オーヴィル・ランカスターだ」と名乗る。
するとオルガース祭司はとつぜん「男の子が好き!」と付け加えた。
つかんだ手の人差し指で俺の手首をスリスリと撫でつけてきたので背筋を寒気が襲う。
これが聖竜スマフラウに祈りを捧げる巫女を監督する祭司──。
とてもそうは見えないが、儀式中心の都においては最重要のポジションに違いない。
──皇国における大司教みたいなもんか?
大陸を三百年支配してきたアシュハ皇国とくらべたら小規模だが、竜神官を国王の位置に当てはめたらそのあたりではないだろうか。
「…ところで、この手はいつはなれるんだ?」
終わらない挨拶とビクともしない握手に困惑していると、イーリスが俺とオルガースを見くらべて「あっ」とつぶやく。
それをきっかけにして俺は握手をふりほどき、「どうかしたか?」とたずねた。
彼女は俺とオルガースを抱え込んで「筋肉!」と叫ぶ。
──おお、どうしたどうした?
突然に奇行にされるがままだ。
そしてオルガースをさして「オカマ!」俺をさして「童──」
俺は叫ぶ。
「童貞ちゃうわ!」
筋肉、オカマ、童帝、それはイリーナが俺をからかったときに言った笑いの三種の神器。
ムキになるからイジられる──。
そう言われてずっと我慢してきたのに、つい大きな声で反論してしまった。
「三種の神器そろっちゃったね!」
「そろってねえし、三種つっても二人だし!」
くりかえされる辱めに、いい加減やりかえさなくてはと言い返す。
「──じゃあこうしようぜ、俺が筋肉、先生がオカマ、おまえが童貞の担当な?」
俺は重複している部分を三人に振り分けた。
オルガースのポジションは揺るがないのでこれしかない。
「処女では笑えんのよなぁ」
イーリスは冷めた表情で却下した。
──じゃあ童貞も笑うなよ!
男だからバカにされて女だから慎重にあつかわれる、そんな差別ゆるされるべきじゃないだろ。
処女を特別視するように童貞を崇拝しろ。
「困ったわ、私は童貞でも処女でもないのよ」
「あんたは黙ってろ!」
俺の怒りの矛先をそらそうとして、オルガースはめいっぱいの可愛いポーズをして見せた。
──オッサンがよお!
「本当にこいつが祭司なのか?」
ルブレを振り返って確認する。
聖都を冠する秘境の都で古竜にいのりを捧げる儀式をつかさどる者、そこから連想される神聖さとはあまりにかけ離れた存在だ。
「ええ、儀式のすべてを任されています」
じゃあ、あの少女たちのえっろい舞踏はコイツから生まれているのか。
「竜神官たちの役割は都の運営で踊りの専門家じゃあないでしょ、だから大都会で踊り子をしていた私が雇われているのよ」
どうりで山奥の秘境で考案されたものには見えないわけだ。
そのノウハウが巫女たちに継承された結果、都会的で竜よりもむしろ信者たちを魅了する儀式に昇華された。
「──日々どうやったら自分がより美しく見えるかの研究を重ねてきたわ。どう筋肉をつけて、どんなポーズをとれば人々を魅了できるか」
オルガースは物憂げにつけ加える。
「そしたら男性の肉体美のとりこになっていたのよねえ」
理にかなっているというか、そこまで聞いてないというか。
そんなどうでもいい話にもルブレは律儀に参加する。
「プロフェッショナルの極みだね」
どうでもいい話にはどうでもいい感想だ。
俺も長年剣士をやってきて達人の技に見惚れたりもする、美しい男を目指していたら男を好きになるのは自然なのかもしれない。
「ただ、巫女を指導するのに適任かは疑問なんだが……」
オルガースは自信にあふれた態度で答える。
「むしろ裸の少女たちにかこまれて微塵も反応することのない、そんな私にしかつとまらない天職だと思ってる!」
まるで彫刻のように美しいポーズで断言すると、一言つけくわえる。
「ちなみに性欲は強い方!」
とてもついていけないが、このテンションとエネルギッシュさがあの情熱的な舞踏を振りつけるために必要なのかもしれない。
「ところで先生、現巫女ってララーナなんだね」
俺が疲弊してだまっているとイーリスが口を開いた。
知り合いらしいがその声色は明確に不満をふくんでいる。
巫女ララーナ──。
さきほどの儀式で確認できた少女がそうらしい。
「あの娘はあの娘で努力したのよ、ほかの誰よりもね」
それはそうなんだろう。
自分の席に他人が居座っていることが気に入らないのは分かるが、あの人数のなかでトップになるのは並大抵のことじゃない。
偉業と言ってさしつかえないだろう。
「舞踏の実力だけで巫女になれるわけじゃないんだから、それは舞踏だけだったアンタがいちばん痛感していることでしょう?」
だけってことはないだろう。
と、反論しかけオルガースの言葉に引っかかりをおぼえる。
──アンタがいちばん痛感していること?
おれは率直にきく。
「おい、イーリスは巫女だったんだよな?」
オルガースはそれを否定する。
「この娘が巫女だったことなんてないわよ」
「なんだって!?」
まてまて、話がちがうじゃないか。
たしかにコイツは自分を『聖竜の巫女』と名乗った。
聖都スマフラウの頂点に立つ存在であるという
説得力のもと、あまんじて説教を受けてきた。
巫女に戻る、とも言っていた。
──だのに、巫女だったことはないだと!
つまり、巫女の周りで踊っていたその他大勢の候補の一人だったってことかよ。
「なにが、なるべき人間がなるべくしてなるだっ!!」
なってねぇじゃねぇかっ!!
イーリスは往生際わるく反論する。
「巫女だもん!」
「巫女じゃないんだよな?!」
聞き返すとオルガースはコクリとうなづいた。
羞恥なのか怒りなのか、イーリスの顔面が真っ赤に茹であがった。
「あたしが正当な竜の巫女だもん! だってほかの連中には竜神さまの声が聞こえてないんだから!」
その発言をオルガースはとがめる。
「そんなこと言っちゃあ駄目よっ!!」
イーリスが言っているだけなら見栄をはっているだけという可能性もあったが、オルガースの反応でそれは確信に変わった。
現職の巫女に聞こえない竜の声がイーリスにだけ聞こえた──。
それで彼女は自分こそが『聖竜の巫女』だと言い張っている。
その言い分はわかった。
「だったら、なんでイーリスは巫女になれなかったんだ?」
オルガースは重たそうに口をひらく。
「……それでとくに不都合がなかったからでしょうね」
創設以来、聖都スマフラウは巫女が祈りを捧げることで竜が守護してくれてるという体裁をとってきた。
実際に交信は取れていないが、炎竜の伝説が説得力となり加護を受けていると流布することで外敵の侵入を抑制することができた。
「──上手くいってる体制を変更する必要はないって判断よ」
このままでいい、竜神官はそう判断したということか。
ルブレも同意する。
「いままでは嘘でしたが、ここからは本当です。なんて、なかなか難しい問題だろうからね」
たしかにそうなのだろう。
俺もルブレも部外者ゆえにそれほどの衝撃はない、けれど百年信じてきた信者たちからしたら受け入れがたい。
「きびしい掟で縛ってきたわけだしな……」
疑問を口にした者は処刑されるまでの徹底ぶりだ。
スッキリこそしないが、部外者が口だしすることではないのかもしれない。
「いつわりの守護竜でもそれによって人々の安寧を確保できているのは確かなのよ」
百年ものあいだ嘘の神話で都を維持してきた。
そしてとうとつに竜と対話のできる本物の巫女が誕生した。
聖都スマフラウにとっては大きな分岐点が訪れたということなんだろう。
「つづきは中で話しましょう」
オルガースはそう言って俺たちを招き入れた。