巫女とその候補たちによる舞踏が終わった。
判別しづらいこともあってしばらく気づかなかったが、見なれてくると巫女はもっとも目立つ位置に陣取っていた。
儀式は終始、彼女中心の絵面だ。
現職の巫女は清らかな美少女といった空気感をまとっていて、この都でもっとも尊い存在であることを体現している。
そこはうわさどおりだった。
しかし聖都スマフラウは想像とはなにもかもが違っている。
当の儀式は祈祷というよりは祭事、感動というよりも圧倒されたという感想を抱かされた。
聖竜の都という看板は立派だが、規模、立地、歴史に至るまで都というにはもの足りない。
崖をつなぐ大橋だけが圧倒的だ。
山岳の高所に位置する集落がそんな急激に発展を遂げるわけもないが、立派な建築も大仰な名称もドラゴンが守護するという看板に見合わせるための背伸びのように映った。
だが、たしかに古竜は存在する。
イーリスが竜の力だと言い張る魔法をまのあたりにしたし、たったいま竜の咆哮を浴びたばかりだ。
「このあとはどうするんだ?」
今後の方針についてたずねた。
イーリスを巫女に戻したいところで目的が一致しているらしいが、ルブレにはなんの権限もない。
巫女を選出するのはこの都の統治者である『竜神官』らしく、彼らとの交渉が不可欠とのことだ。
竜の声をきけるのがイーリスだけならもはや誰の許可も必要ないと俺は思うのだが、都の運営にかかわることでややこしいのだとか。
俺が部外者だからなのか、話を聞いてもいまいち右から左に抜けるばかりだ。
「まずはアジトに移動しようか」
場所を変えるとルブレは言った。
アジトとはなんだか不穏な呼称だが、スマフラウでの滞在先という理解でよいのだろう。
よそ者が素知らぬ顔で出入りしてよいものかを確認する。
「同行してかまわないか?」
するとルブレではなくイーリスが大袈裟に反応する。
「えっ、来なよ!」
それを許可できるのは彼女ではないはずだ。
「──ダメならあたしの実家で面倒みてくれるように頼んであげる」
少女の厚意に俺を複雑な心境を抱く。
──巫女にもどすか。
目的に邁進する彼女らに対してどう向き合えば良いのか、いまさらになって困惑している。
俺の立場は曖昧だ。
現状を言いあらわすならば、イーリスの急な人格交代に対する方策がないまま彼女を見失わないように監視している。
それも相手の温情にすがるかたちでだ。
アシュハに滞在してもらえるよう説得できていたら、それが俺たちにとって最良の結果だった。
それが失敗したことで現在にいたる。
ここにきて俺はあせりだしていた。
イーリスが『聖竜の巫女』になってしまえば、イリーナは二度とかえってこない。
そんな予感がするのだ。
この都のシンボルになってしまえば部外者の俺たちは容易には近付けなくなる。
巫女イーリスの存在は聖都スマフラウの人々の支えとなり、こちらの都合を押し付けることはきわめて困難になるだろう。
あるべき者があるべき場所に帰ったとき、異物でしかないイリーナの存在など完全に消滅してしまうのではないだろうか。
イーリスの親切心に対して罪悪感を抱くのは、俺が心理的には彼女の敵だからだ。
邪魔することもできないが素直に応援することもできない。
イーリスがイリーナとはべつにこの世に存在したなら、俺はコイツの夢を全力で応援してやれるに違いないのに。
「なんだかわるいな……」
それがなにに対する謝罪なのか自分にもわからなかったが、イーリスは実家のことだと判断したようだ。
「かたくるしい親だから居心地は保証できないけど、極力あたしが一緒にいるからさ」
彼女は無邪気に微笑んでみせた。
「いや、ご家族をわずらわせることはない」
イーリスが実家を説得してくれると言ってくれたが、その必要もなく同行は許可される。
「──滞在中につかう商会の持ち家だ、部下たちも一緒だが部屋は沢山ある」
「助かる」
ここまでの足や食事、はては宿までまかなってくれるとは。
「なに、必要なときにひと働きくらいはしてくれるだろ?」
情けには情けでかえせってことだ。
恐縮する俺の肩をルブレはたたいた。
「ああ、いつでも頼ってくれ」
荷物運びくらいしか貢献できなさそうだが、なにもしていないよりは仕事をふってくれたほうがありがたい。
「とは言ってもね、うわさの『竜殺し』をどうあつかったら不足ないもんかねぇ」
彼はわざとらしく悩むような素振りをする。
「――なんなら、ドラゴン退治いってみる?」
竜信仰の都で口にするにはあまりにも不謹慎な冗談に俺はたまらず周囲を見まわす。
「おいおい……!」
信者たちのど真ん中で「神を殺す」だなんて言う馬鹿がいったいどこにいるってんだ。
「あひゃひゃ、殺されたら困るぅー!」
しかし巫女にはウケたようだ、巫女なのに。
ただでさえ俺の風貌は目立つ、イーリスがわざわざ変装している意味もなくなるぞ。
「ん?」と、俺は異変を察知し「どうかした?」と、イーリスが見上げる。
儀式中はそういうものかと気にもかけなかったが、終了後も警備隊らしき男たちがせわしなく動き回っている。
崖の周囲から人々を追い払っているし、上空にはワイバーンが旋回していた。
「人さがしか?」
竜騎兵は空中から地上を捜索しているように見える。
しかし飛竜とは凄いものだな、飛べる上にあんなにも小回りがきく。
対象が地上を移動している限り、すぐに補足されてしまい逃走は不可能に思える。
観察していると警備隊らしき男が二名、こちらへと向かって来ているのに気づいた。
ノッポとチビのやたらキャラ立ちしたコンビだ。
俺はルブレに目配せをすると彼は平気だとうなづいて見せた。
目のまえにくる二人もそうだが警備隊員はみな若者だ。
引き締まっているが中性的な容姿で、兵隊というよりはまるで貴族か王子みたいな容姿をしている。
まるで巫女同様、ルックスで選抜されているかのように──。
不審者でないことをアピールするため、ルブレはこちらから声をかけていく。
「竜騎兵の皆さん、おつとめご苦労さまです」
警備隊がすべてそうなのかは知らないが、ルブレは二人をそう呼んだ。
彼らも飛竜に乗る資格を持っているということだろう。
「──なにか事件ですか?」
ルブレの存在は認知されているらしく、怪しまれている様子はない。
「確認なんですが、そちらの関係者にエルフはいますか?」
ノッポの方がおだやかで気の抜けた口調で質問してきた。
エルフ族と言われて俺とイーリスはピンと来た、テオと名乗ったエルフ族とその部隊が思い当たる。
「いいえ、エルフ族は人間に対して強い警戒心をもっていますからね、身近だったこともありません」
ルブレの言うとおりエルフなんてそうそう見かけるものじゃない。
森の奥深くで人目を忍んで暮らしている種族だ。
──けれど、テオたちはたしかに人間と行動をともにしていた。
そして、この街に来ているはずだ。
「そうですよね、一応きいてみただけなんで、ご協力ありがとうございます」
立ち去ろうとする警備兵をイーリスが呼び止める。
「エルフがなにか問題を起こしたの?」
たしかにそれは俺も気になった。
しかしイーリスが目立たないよう気を使って黙っていたのに、当の本人がこれではどうしようもない。
「あれ、キミかわいいね」
ほら見ろ、変装してようが顔が良ければ目立つし印象に残る。
しかし一年半離れていただけの巫女に警備兵は気づかない。
「橋に立ち入ったんですよ。異国人のあなた方には念をおしておきますが、橋への立ち入りは禁止ですからね」
とくに機密でもないのか、ノッポの兵隊はすんなりと答えてくれた。
──あれ、でも、イバンは橋の上からドラゴンを見たって……。
遺跡荒らしで投獄されていた仲間の顔を思い出す。
「橋にあがるとどうなるんだ?」
相方に仕事をまかせっきりにしていたチビの兵隊が口をはさむ。
「場合によっては極刑の重罪だからな」
対照的にこちらはやたら無愛想だ。
どうやら橋に不法侵入したエルフをさがしているらしい。
──透明にでもなって逃げたかな。
だとしたら捕まえるのは困難だろう。
でこぼこコンビを見送りながら俺はつぶやく。
「橋にあがったら死刑かよ……」
イバンのやつは観光名所みたいに語っていたが、完全に違反だった。
よこでイーリスが深いため息をつく。
「……パパとママ、元気にしてるかな」
むしろ親のほうが娘の安否を気にしているのではないだろうか。
「帰るか?」
なんとなしに確認するとルブレがそれをさえぎる。
「御両親は大変心配しておいででしょうが、巫女さまは一旦こちらにお付き合い下さい。一年半も行方不明だったわけだし半日くらいは影響ないでしょう」
イーリスは「わかった」と、それに従う。
そもそもイーリスはなんでスマフラウを離れたんだ──。
巫女になりたいってんならそもそも一年半も姿をくらませた意味がわからない。
なんでよりにもよって剣闘士なんかやろうとしてたのか。
聞こうとすればそのタイミングはいくらでもあったができなかった。
背景を知れば相手がクズでもないかぎり愛着もわく。
イーリスの人間性が詳細に知れるほど、イリーナの存在感が希薄になってしまうようで不安だった。
それもいまとなっては無駄なあがきにすぎないか。
「では、我々のアジトへご案内いたします」
ルブレに導かれ、俺たちはスマフラウでの活動拠点へと移動を開始した。