我々ネクロマンサーは死霊使い──。
そのノウハウを駆使することで召喚できたのは死後の人物だった。
闘技場の頂点を取らせるべく最強剣士と勘違いし、異世界から召喚したのは『生前』劇作家だった男。
はじめての異世界召喚は精度を欠き、依代の少女に記憶の混濁した非戦闘員を上書きするといった大失敗を引き起こした。
しかし怪我の功名か、私は目的を果たしいまの平穏を得るに到った。
──勇者とは良好な関係でありたい。
彼は生物ではない。
正確には生前の人格を再現した精神体、記憶だけの存在だ。
できればその事は告げずにおきたかった。
勇者が元の世界に帰りたがらずにいまの体で生きていく選択をしてくれれば、告げずに済んだ真実だった──。
「そんなこと言われても理解に困る?」
マリーが言った。
いまこの瞬間、勇者はすべてを失ったと言っても過言ではない。
肉体はすでに滅び、切望した故郷への帰還は叶わない。
記憶は失われ己のルーツを手繰る手段もない。
理解することの難解さにも増して感情の整理が追い付かないだろう。
死を告げられた彼女がどのような反応をするものか、私は固唾を飲んで見守った。
「説明が簡潔すぎて困惑しようもないくらいに状況を理解できてしまった……」
勇者は利き手でゆっくりと自分の頬を撫で、ポツリとつぶやいた。
激しい感情の爆発はない、両手で顔を覆うと深い溜息をついた。
「――専門家らしく、もっと用語とか交えて到底理解できないように切り出してくれよ……」
「それになんの意味があるのですか?」
最終的に理解を目指すなら、それは回りくどいだけのただの回り道ではないか。
「あるよっ! 想像の余地を残してくれたら理解していく過程で、もしかして、そうなのか? って、心の準備をする時間がかせげたじゃん! せめて心を強く持ってとかの前振りをしてくれてたら良かったのにッ!」
勇者の抗議に納得する。
「それは配慮が足りませんでした……」
一応反省の姿勢を見せたが、どんなに難しい言葉を使っても結局勇者の語彙に変換されるので配慮のしようもない。
それより、勇者が平常心を保っていることがあまりにも意外で困惑を隠せな──。
「とつぜん泣き崩れたり、とつぜん怒り狂って貴様の眼球をえぐり出したりしたらゴメンね!」
平静ではないか、激昂ではなく意気消沈といった様子。
「嫌ですけど、甘んじて受けます……」
異論はあるが黙って応じる、それがせめてもの罪滅ぼしだと思ってほしい。
「でも、なんで死人なんか呼び出したのさ? ああ、イタコだからか……」
勇者は疑問を口にして自分で勝手に納得した、それをマリーが補足する。
「生きてる人間から意識を抜き出すのは肉体との結び付きが強すぎて難しい。すでに死んでいるという事実を受け入れて明け渡してくれないと、完全な操り人形にはならないんだ」
リビングデッド化してもあのミッチャントみたいに自分の死に気付かなくて当前、それほど人間の精神は肉体への執着が強い。
死んだことを明確に自覚している場合は即座に体を明け渡す。
そうでない場合は体が動くのだから生きていると錯覚し、生前のように振る舞うといった現象がおきる。
酒場で再会したバダックも同様、闘技場で死んだ後も第三者の証言があるまでそれを受け入れられずにいた。
しかし実際には死んでいるし違和感に気付いた脳が死を受け入れるまで、数日と続かないくらいには脆弱なものだ。
数日で死を悟り自我を手放す。
「それにしてはさ、マリーさんは自在に行き来しすぎじゃない?」
否定さえすれば事実が覆るとでも思ったのか単なる好奇心なのか、勇者は質問を繰り返す。
「――ああ、自分で自覚的に体を切り離すのと他人を納得させるのはぜんぜん別ってことか……」
そして勝手に納得するの繰り返し。
極めて冷静に見えるがそうでもない。
──心苦しい。
いっそ思いきり殴ってでもくれた方が無駄な緊張を生まなくてありがたいくらいだ。
マリーが勇者の質問を肯定する。
「そんな単純な話でもないけどね」
死体への命令の書き込みがリビングデッド化の基本技術だ。
意識の抜き出しはまだ未熟だが書き込み技術はかなり発展している。
そこにマリーが肉体と精神の切り離しの魔術を発明したため肉体の乗っ取りが可能になった。
私の【通信魔術】はそれの応用編。
意識の抜き出しと書き込みを同時進行し自分と対象の間で思考のやり取りをしている。
「つまりボクは生霊ですらなく、ゾンビに書き込む命令部分ってこと……?」
さすがは劇作家と言ったところか、この世界の住人でも死霊術師でもない限りここまで飲み込みが良くはないだろう。
「そうです、マリーと一緒です」
【死霊魔術】が軍用化された際に人を襲う命令の書き込みが開発された。
兵士としてリサイクルするリビングデッドは術者にのみ従い、人を襲うだけの単純な制御しかされていなかった。
それはコストの節約を前提として、情がわかない物の方が双方にとって扱いやすいという意味もあった。
過去には人間のように振る舞うリビングデッドを作る者もいた。
しかし死体に新しい意識を埋め込んで動かし、それを『死者蘇生』と呼ぶかという哲学的な迷宮に迷い混む術者は後を絶たない。
「──いや、異世界出身の勇者様が【死霊魔術】の根幹をたやすく理解できたことに驚きを禁じ得ませんよ」
勇者のいた世界に魔術の類は存在しないと聞いていた。
「SF大好き!」
そう言いながら勇者は頭を掻き毟った。
「どうするの勇者様、部外者はそろそろ退場するべきだと思わない?」
リングマリーの挑発に勇者は口をつぐんだ。
マリーは続ける。
「──異世界の死者がこの世界をひっかきまわすの良くないよ、だから娯楽王フォメルスの遺族みたいな被害者を生むことになるんだ」
勇者がティアン姫を救った結果としてフォメルスの一族は破滅した。
栄華を極めた威信は地に落ち、落差に絶望した長男は自害、妻は精神に異常をきたした。
次男のレイクリブがかろうじて準騎士に留まってはいるが出世の道は険しいだろう。
だからと言って、フォメルスが討ち取られたのは自業自得だ。
「勇者様というか、ぜんぶお兄ちゃんが悪いんだけどね」
私は反論する。
「アナタが不死者の王を気取って食物連鎖を乱すことが不正でないのならば、勇者様の存在とそれによって起きる影響もすべて私の成果です」
こと自分の利益だけで言えば勇者を召喚したことを後悔などしていない。
「──アナタの主張は特権を行使できるのは自分だけの方が都合が良い、と言ってる風にしか聞こえません」
「……そっか」と、マリーは否定せずに受け入れる。
「でも後悔するよ、もしフォメルス王が健在だったら区画ごと教会を燃やすような過激な決断ができただろうから」
リビングデッドの巣窟は根こそぎ焼き払わなければ感染爆発を引き起こす恐れがある。
あの王ならば千人の命と引き換えにしてでも皇国を滅亡の危機から救おうとしたかもしれない。
「――ティアン姫にその決断ができるの?」
善良な市民の大量虐殺、そんな決断をあの姫にできるとはとうてい思えない。
いざマリーがその気になったとき、避難を優先したところで感染の拡大速度には追いつかない。
たとえ迅速な判断ができたとしても即位前の小娘の命令がフォメルスの下に統制された騎士団に行き渡るとも思えない。
首都の中心にある教会を掌握された時点で姫の能力どうこうの問題ではない。
聖堂騎士団のすべてをリビングデッド化したマリーが教会ゴッコを長く続ける気がないことは明白。
【イヌ家の秘宝】が回収でき次第、王都を死者の都に変える気だ。
行き詰まった問答にマリーが区切りを付ける。
「あっ、そろそろ決着だよ!」
気が付けば聖堂騎士団は壊滅、絶対王者ウロマルド・ルガメンテと聖騎士ミッチャント・カフェーデの一騎打ちが佳境に入っていた。
「驚いたよ、聖堂騎士団一個小隊くらいは単独で圧倒してしまうんだね!」
結果で言えばウロマルドによる一方的な蹂躙に見えるが、ミッチャント並の戦士がもう一人でもいたならば結果は判らなかった。
聖騎士が大司教へむけて叫ぶ。
「大司教っ!! このミッチャント・カフェーデある限り聖堂騎士団に敗北は御座いませんっ!!」
すでに大司教は亡く、聖堂騎士団は自身ともどもリビングデッドと化しているとも知らずに厚い忠義を示した。
忠臣の言葉を聞き流してマリーはこちらを振り返る。
「でもさ、この場を切り抜けたければインガ族の戦士が村ごと必要なんじゃあないかな?」
ウロマルド一人ではとうてい足りないという話だ。
──馬鹿な、すでに鎮圧しつつある……!?
余裕の態度、その本意を私は遅ればせながら理解した。
先ほどまで剣闘王者の大立ち回りに目を奪われ、勇者に真実を告げることに気を取られ、気付くことができなかった。
いまは『その気配』を明確に礼拝堂の外から感じられる──。
扉を乱暴に叩く音、正面口に限らず四方の壁の先に不穏な息吹が感じ取れる。
子虫の群れがぞわぞわと足元から頭へと駆け抜けて行くような不快感。
十や二十ではないだろう。
ウロマルドの圧倒的な強さを目の当たりにしてなお、マリーはインガ族の戦士が村ごと必要と言ったのだ。
不死者の王がもろ手をかざして告げる。
「地下に隠していた剣闘士たちの遺体、司祭、聖騎士、修道士、信者たちを含めたリビングデッド千体、私の持ち駒のすべてだよ!」
そして邪悪な笑みを湛えて宣言した。
「朝には都市を飲み込んで一千万体になってると思うけどね!」