勇者VS聖騎士――。
字づら的にはなんとも心躍る熱いカードだ、しかし勇者とは言ってもこの勇者である。
どんなに準備が万端だろうと、どれほどの幸運に見舞われようと、絶対に勝ち目はない。
――聖騎士ミッチャント・カフェーデは殺人鬼ゼランなんかとは格が違う。
対峙する二人をただ絶望の面持ちで眺めるしかない私の背後で、修道士の一人が悲鳴をあげる。
アルカカが取り押さえる男の腕をへし折り、または裂傷をあたえ、三人による厳重な拘束から抜け出していた。
手並み気概ともに感嘆にあたいするが、もはや足の悪い彼に打開できるような状況ではない。
いかに接近戦に優れていようと遠巻きに投石を浴びせられたらひとたまりもない、もはや見苦しい悪あがきだ。
総力による戦闘で敗れ、六人の修道士が万全を取り戻したいま私たちの敗北は決している。
あとは全滅させられるのを伏して待つだけ、聖騎士ミッチャントによって私たちの命運は尽きたのだ。
――ああ、死にたくない。私の才能にはまだこの世に寄与できる余地があるはずなのに……。
「全員、止まれ――!!」
絶望する私をしり目に勇者が叫んだ、相変わらずよく通る美声はそれがただの苦し紛れでしかないにしても人を注視させる力がある。
それは敵を殲滅するまで止まらなことで有名な聖堂騎士団にも有効なほどだった。
――ハッタリが効いているということか。
聖堂騎士団にも救国の英雄に対する敬意、あるいは警戒があるということなのかもしれない。
アルカカは機を見て逃走することも反撃を試みることもせずに、一目散にニケの安否を確認しに向かっていた。
私の拘束は解かれておらず、勇者と聖騎士ミッチャントの動向を静観するしかない。
――!?
そして視界の隅に『あれ』を捉えた。
「これ以上の暴挙を働く気なら、ボクにもそれなりの覚悟が――」
なにかしらの駆け引きを開始した勇者をさえぎって私は叫ぶ。
「こっちに来るなぁぁぁ!! 戻れぇぇぇッ!!」
勇者が、自分越しに飛ばされた私の絶叫にキョトンとする。
「なっ、なになに!?」
それは彼女の先、屋敷の入口にのっそりと上体を覗かせると、もたもたとした動作で外の様子をうかがっていた。
その黒く粘着質な生物を私は追い立てる。
「戻りなさい、出て来てはいけませ――ぐふッ!!」
暴れる私の頭部を修道士が殴打した、私は衝撃にうめきながらも叫ぶことをやめない。
「――ハウスゥゥゥッ!! マリー、ハウスゥゥゥッ!!」
ひさびさに帰宅した飼い主がふたたび出て行ってしまったことに不安を感じ追い掛けてきたのだろう、マリーは「ギャギャギャ」と鳴いた。
私を呼んでいるのだ――。
「……なんだ、あれは?」
騎士ミッチャントがそちらを注視すると修道士が伺いを立てる。
「排除しますか?」
「やめろォォォッ!! 妹に手をだすなァァァッ!!」
私は必死に抵抗するが屈強な修道士たちの腕力を跳ね返すことができない。
かつては稀代の天才魔術師だった妹、だが両生類と化したいま抵抗の術はなくその巨大な才能はたやすく摘み取られてしまうだろう。
「そうだな速やかに――」
騎士ミッチャントの指示を勇者がさえぎる。
「現地の生物を捕獲してペットとして飼ってるんだよ、その辺にいくらでも同じのがいるだろ、そんなどうでもいいことより――」
――勇者様!
気を利かせ話題を反らしてくれたことに感謝しつつ、勇ましく聖堂騎士団の前に立ちふさがった彼女の次の言葉に期待する。
思いもよらない奇策でこの絶望的状況を打開してくれるに違いない。
しかし勇者の策はこのごに及んで、思いつく限り最弱のものだ――。
「話し合おう!!」
「……は?」
総力戦で完全敗北し、交渉の材料もなく、ひねり潰されるだけのこの状況で取り合うに値しないこの提案に私はあきれを通り越して唖然とするしかない。
しかし、意外なことにミッチャントは突っぱねるどころか困惑の表情を色濃く浮かべる。
「……闘わないのか、この状況でコロシアムの上位ランカーが?」
なるほど、部外者からすれば勇者イリーナは王者ウロマルド・ルガメンテとの頂上決戦までたどり着き、元騎士団長フォメルスを打倒した剣闘士だ。
聖堂騎士団が最強の敵と想定し、ここからが本番と意気込んでいたとしてもおかしくはない。
――いや、おかしいけど。
くりかえされる過度な期待に勇者は反省を吐露する。
「もう、コロシアム十四位とか吹聴するのはやめる……」
自分を大きく見せることで得られたメリットよりも、死に直結する窮地に追い込まれるリスクのほうが切実だ。
気を取り直して、勇者はミッチャントの懐柔を試みる。
「――とにかく武器をしまってボクらを解放しろ、さもないと」
「さもないと、なんだ!」
はたして、この圧倒的不利をくつがえし要求をのませるに足る材料に当てがあるのか、われわれは勇者に注視する。
そして次の言葉に私は目を丸くすることになる。
「アルフォンスが自害するぞ?」
――はて、誰が自害するとな?
言葉の意味が飲み込めず普通に否定する。
「しませんよ?」
死ぬ理由がない、むしろ長生きしたくて不死の研究に手を染めてすらいるというのに。
「しろよ!」
「しませんよ、なんで?!」
しかし勇者はそんな意味不明な指示を執拗に押し付けて来る、だから私は繰り返し否定した。
「じゃあ、ボクが殺す!」
「無茶苦茶じゃないですか!?」
まったく腑に落ちない、なぜ私が他人の指示で死ななければならないのか、あまりの惨状に気が狂ってしまったのではないか。
そして痺れを切らした様子で言うのだ。
「アドリブ利かせろよ、コイツらはオマエに死なれたら困るの! 駆け引きで言ってるんだから死ぬ気がなくても話あわせろバカっ!」
「えっ、そうなんですか?!」
そんなのは説明されなきゃ分からないし、事前の打ち合わせもなくやられて失敗を責められても理不尽じゃないか。
だのに勇者は私を責める。
「そういうことが打ち合わせなくできるのが相方だろ! ボクがなんの意味もなくこんなこと言い出すわけがないだろ!」
「そうですかね?!」
勇者の行動のおおくは衝動的だし考えのない発言も多い、この責任は勇者の日頃の行いのせいだと私は主張したい。
「――彼らの目的は【死霊術師】の撲滅なんです、私が死んで困るという意見には納得がいきません」
自害なんてしたら手間が省けるだけではないか。
「じゃあ、なんでおまえはまだ生かされてるの?」
そこで私はハッとする、実際に「ハッ!」と声に出して言った。
たしかに、一撃で処理で切るこの状況で拘束を続けている状況が不可解だ。
殺すのが目的ならば発見次第襲撃すれば良かったし、他の連中には躊躇なくトドメを刺しているのに標的であるはずの自分が後回しになっている。
「これは【死霊術師】の排除以外になにかしらの目的があるからだと思わない?!」
聖堂騎士団に対する先入観と戦闘があまりにも苛烈だったことから気が付く暇もなかったが、私はようやく勇者の意図を理解できた。
――私から直接聞き出さなければいけない情報があるのだとしたらこの状況にも合点がいく。
たとえば私の探し物、【イヌ家の秘宝】には魔具として高い価値があり、その回収をさせようとしているのかもしれない。
または騎士団からリビングデッド対策を引き継いだ教会が犯人の身柄確保を目指し、その情報源として私たち同様【死霊術師】との接触を試みるのは自然なことだ。
「そうです! 私、死にますよ!」
「遅いよ……」
勇者は眉間を押さえてため息をついた。
「その通りだ、事件の重要参考人としてその男を無傷で連れ帰るようにと大司教様から勅命を受けている」
なにかしらの目的がある、という勇者の指摘に聖騎士ミッチャントは素直に答えた。
なるほど、大司教命令ならば間違えても私を殺すわけにはいかない、私が単独で屋敷に入った時点で護衛部隊を襲撃したことにも納得ができる。
気兼ねなく障害を排除したあと、孤立した標的をまんまと確保できたというわけだ。
――無傷で、というわりには命さえ奪わなければなんとかなる、くらいの勢いはあったな……。
護衛部隊は壊滅状態、アルカカ以外に隊長のニケは生死不明、他はすべてひき肉に近い死体となり果ててしまった。
勇者は私の命が保証されるとすかさずそれに便乗する。
「それでだ、大司教様が無傷で連れ帰れといったその情報源には【呪い】が掛けられている」
――こんどはなにを言い出したんです?
「――ボクが死ぬとアルフォンスも爆死する【道連れの呪い】だ」
勇者のそれは鼻で笑って流せるレベルのみえすいた嘘だ、しかし失敗の許されないミッチャントにとって真偽がさだかでない情報は不安要素にもなりえる。
「……提案を聞こう」
勇者の作戦はまんまとミッチャントの譲歩を引き出すことに成功した、しかしそれも逆転の一手には遠く及ばない。
「ボクとアルフォンスは抵抗せずに大司教のところまで連行されてやる、そのかわりほかの生存者は見逃してほしい」
敗北が決定したわれわれにできることは、全滅を免れるための命乞いくらいだった。
「いいだろう、目標さえ確保できれば戦闘を終了しても構わない」
提案を受け入れた方が確実性があると聖騎士は判断したようだ、生死不明の護衛部隊をその場に放置し、私たちは聖堂騎士団に拘束され連行される。
勇者はニケたちの治療を聖騎士たちに懇願したが、反撃や追跡の危険を理由に願いは聞き入れられなかった。
酷い惨状だ。
交渉から入ってくれればいくらでも情報を提供をした、しかしこれが彼らのやり方で、こうして任務は達成された。
大司教の目的は【イヌ家の秘宝】の在処か、リビングデッドを町に放った【死霊術師】の正体にいたる情報かのどちらかだろう。
しかし私はその両方に心当たりがない――。
連行されながら、なにを証言できたものかと途方に暮れていると、勇者が驚くべき言葉を耳打ちしてくる。
「大司教様ってのはどうやら【死霊術師】みたいだよ」
それはありえない、あってはならないことだった。