聖騎士ミッチャントは巨大なウォーメイスをまるで指揮棒のごとく振るう、その一撃はどんな頑丈な鉄兜もひらたい鉄板へと変形させてしまうに違いない。
聖堂騎士団とわれわれの距離は剣を合わせるにはやや遠い、しかしそれが安全圏というわけではない、飛び道具持ちが柔軟に対応できる距離というだけだ。
これで敵の装備がボウガンなどであれば絶望的だが、投石じみた武器をつかうあたりが粛清にこだわる彼らのスタイルということなのだろう。
「聖堂騎士団の使命にしたがい、死霊術師アルフォンスとその一味をこの場で断罪する!」
紳士的なのは上辺だけか強硬な姿勢を貫く騎士ミッチャント、対話の窓は閉ざされたものと私は判断した。
しかし、勇者は臆することなく聖騎士に語り掛ける。
「――みっちゃん、さぁ?」
このバカ女、さきほど同じ流れで頭蓋骨を割られかけたのをもう忘れたのだろうか。
「みっちゃんではない、ミッチャントだ!」
聖騎士がいらだった様子で名前の間違いを訂正すると、勇者は眉間を押さえ絞り出すような声で謝罪する。
「ごめん、ボクの言語感覚だとミッチャントはなんだか収まりが悪くて、『と』が接続詞だから……」
どうやら勇者の中でチンコミル現象が起きている様子、魔術によって言語は自動変換されているが固有名詞に限っては別の言葉との合致など違和感が生じることがある。
しかしそれは異世界でなくとも言語が違えば起こりえることで、命の危機に瀕した状況で気にするようなことではない。
「そんな場合じゃないでしょう!」
私は勇者をとがめた、そんなことより私たちは生き残る算段をするべきだ。
眼前には聖騎士一人と一体一でも私と五分の戦力をほこる修道士が六人、周囲を囲まれ、距離をとられていることで突破も難しいと絶望的だ。
しかし、勇者は聞き分けない。
「だってモヤモヤするんだもん、ストレスが溜まるよ!」
「そのストレスから、今まさに死というかたちで解放されつつあるんですよ! 私たちはっ!」
呑気なことを言っている場合ではない。状況を鑑みない勇者の態度にいい加減、騎士ミッチャントも痺れを切らし――。
「ならば、その問題はいかにすれば解消されるだろうか!」
――呑気なことを言い出した!?
敵指揮官の行動に私は困惑し、修道士たちも明らかに戸惑っていた。
勇者は無警戒にミッチャントに歩み寄ると遠慮なくたずねる。
「フルネームは?」
得意のセカンドネームで呼ぶ作戦だ、騎士ミッチャントは律儀に答える。
「ミッチャント・カフェーデ」
親切な騎士ミッチャント、しかし勇者は頭を抱える。作戦はどうやら先日に引き続き失敗したようだ。
「みっちゃんと……カフェで……」
肩をプルプルと震わせると、天を仰いで叫ぶ。
「いつ、カフェで、なにをッ、みっちゃんと、どうしたのッ!!」
言葉の迷宮に迷い込んでしまったようだ。
全員の視線が私と聖騎士ミッチャントとのちょうど中間辺りに立った勇者に注がれていた。
騎士ミッチャントが不可解な物を見るような表情で困惑する。
「……おい、いったいどうしたのだ?」
この時、事態は動き出していた――。
すでにニケの姿は私の横から消えている、そこで私はようやくこの茶番の意図に気が付いた。
勇者は距離を詰めて自分に視線を集めることで、敵の視界から私とニケを消したのだ。
その立ち回りは絶妙だった。敵意を完全に消すことで敵の臨戦態勢を解除し、不可解な言動で混乱を誘い、刺激しない程度の間隔を保ち、かつ私とニケの存在を視界の外に追いやっている。
即席のステージを作り出し、即興の中に聖堂騎士団を引きずり込んだのだ。
上級騎士ニケは緊張感の落差に緩み切っていた修道士の半数を、瞬時に戦闘不能に追いやっていた。
その断末魔でミッチャントたちは我に返る。
「貴様ッ!?」
ニケの表情はまるで感情がないかのように落ち着いており、野生の肉食獣のようだ。
三人を討ち取って三対四、そちらに気を取られていた一人を私が締め落として残るは聖騎士ミッチャントと修道士二人、これで三対三だ。
――迷うな、止まるな、恐れるな。
倒した四人も【治癒魔術】で復活するだろうことを考慮しつつ、取れる行動を反射的に行う。
私は聖騎士ミッチャントに向かって駆け出した。
このタイミングで修道士をもう一人減らすより、ニケに気を取られている聖騎士を挟撃した方が良いと考えた。
真っ向勝負では勝機がない、体制を整える隙を与えず混乱に乗じて押し切るべきだ。
しかし相手も案山子ではない、大将を狙う私に向かって修道士が横合いから投擲錘を投げ付ける、命中コースだ。
「ヌガッ!?」
勇者のうめき声――。
私と交差した勇者が身を盾にして投擲錘を防いだ、派手に転倒したがしっかりと頭を庇っていたのでたいしたダメージはないはずだ。
――ナイスアシスト!
私はそのままミッチャントに突撃する。
ニケとの距離調整が合わず私のほうが先に聖騎士と接触する、聖騎士は両方に対応できるように体を開いた。
――ひええええっ!?
剣を合わせるまでもなく圧倒的な実力差を感じられる、普段ならばこそこそ逃げ回って絶対に近づかない相手だ。
しかし、勝ち目がまったくなかったら私は前に出なかった。
この挟み撃ちは私とニケの二方向ではない、もう一方からミッチャントの背後に馬が迫っていることを確認しての行動だ。
パニックでも起こしたのか、どういうワケか馬が接近しておりその動線上に聖騎士ミッチャントがいる、それが更なる混乱を引き起こすことを期待しての特攻。
案の定、衝突せんばかりの勢いで通過する軍馬に「おおおッ!?」とミッチャントが驚愕する。
馬、私、ニケ、三方から迫る脅威に対して対応を求められた聖騎士はウォーメイスを大きく振りかぶった、それが誰に向けた攻撃なのかまだ判別がつかない。
ただ死に直結する一撃であることは確かだ。
このまま突っ込んで一撃目の餌食にらないとも限らないが、自分がそうなる可能性は高くないと信じて踏み込む。
聞きなれない重い炸裂音――。
振りかぶって振り下ろすの二動作を一回転による横なぎの一動作に短縮、ミッチャントはウォーメイスの先端を馬の頭部に叩き付けた。
クリーンヒットした戦槌は一撃のもとに馬を薙ぎ倒す。
攻撃の振り終わりを突いて私は聖騎士ミッチャントに剣を振り下ろす、フードを付けていない頭部を狙った一撃だ。
体制を崩しながらもその攻撃をミッチャントは片手で弾いた、盾や防具で反らしたのではない。
「防御魔術!?」
私はつい叫んでいた、聖騎士の手のひらに張られた【魔術障壁】に鉄の剣を防かれ私の攻撃は失敗に終わった。
しかし私たちの攻勢は終わらない、正面を私に向けている敵の背後に想定していなかった援軍が現れる。
私は勝利を確信する――。
従士アルカカだ、打ち倒された軍馬の影から隻腕隻脚の戦士がミッチャントの足もとに滑り込んでいた。
姿をくらませていた元剣闘王者は機をうかがって潜伏し、軍馬の側面に潜みミッチャントへけしかけ、馬を攻撃した隙に密着した。四肢の半分を欠損している人間にできる動きを明らかに超越していた。
「ニケ!」
アルカカは地面を転がりミッチャントの足に組み付くと、大腿部に短剣を突き立て関節を押し込んで地面に引き倒す。
「うん! アルカカ!」
師の呼びかけに答えて上級騎士ニケが倒れているミッチャントに必殺の一撃を突き立てる、これ以上ない見惚れざるを得ない流れるような連携だった。
相手がミッチャントでなければ、【障壁魔術】の使い手であることを事前に知れていれば、勝利をつかめていたに違いない。
しかし、いくつもの攻撃に絡めて畳みかけた必勝の連携はトドメを刺すにいたらなかった。
「くっ、しぶといっ!?」
ニケの攻撃が【障壁魔術】に弾かれるのを見た私は弱音を吐いた。
一見、圧倒しているように見えるが、決定的と思われる不意打ちの連鎖攻撃をことごとくしのがれた、決着できて当然の多勢に無勢だった。
――聖騎士は化け物だ。
ミッチャントの蹴り上げがアルカカの顔面を捉え、聖騎士の拘束が解除される。
「アルカカ!」
ニケの連撃を横転で逃れて立ち上がる。アルカカが突き立てた短剣を流れで引き抜くと、その傷は一瞬でかき消えた。
【治癒魔術】の練度も修道士たちとは比較にならない。
「このッ!!」
ニケが大剣とは思えない回転の連撃で追い打ちを続けるが、ミッチャントのウォーメイスがそれらを容易く弾く。
確信する、ミッチャントの地力は単純にニケを凌駕している。
「!?――」
フォローしなくてはと押し出した私の足を投擲錘が絡めとった、そして立て続けに強い衝撃を受け転倒する。
――マズイ!
一斉に飛び掛かって来た修道士たちによって私は地面に引き倒された。
すでに六人の修道士たちが復活しており、指揮官を助けようと形振り構わず殺到すると、覆いかぶさるようにして私とアルカカを取り押さえた。
「ニケ嬢! いけません!」
私は彼女を怒鳴りつけた。
一転した戦況に戸惑った彼女は仲間の救援に意識を奪われ、対峙する聖騎士を一瞬意識の外へと追いやってしまう。
その一瞬が致命的な相手だ。刹那、虚を突かれたニケが嗚咽しミッチャントが気を発する。
バトルメイスのフルスイングが炸裂し、軽量の彼女は棒切れのように吹き飛んだ、そして地面に背を打ち付けるとピクリとも動かなくなってしまう。
「ニケッ!!」
従士アルカカが叫んだ、この距離では彼女の安否は確認できない。
護衛部隊の主力が倒れ、私とアルカカは捕縛され、この場で万全なのは二人だけ、聖騎士ミッチャントと――。
――勇者イリーナだ。