刺繍入りの真っ赤なカーテンの間からわずかに見える、紺碧の空がほのかに明るくなり始めた頃、ケーリィンはふと目を覚ました。
寝ぼけた目をぼんやり動かして部屋を見渡し、「ああ、金箔責めは夢ではなかったのか」と悲嘆したところで我に返った。
拷問部屋ではない。ここは自分の部屋だった。情けないことに。
「疲れちゃった……起きたばっかりなのに……」
年に似つかわしくない疲労感漂うため息をついて、のそのそと着替える。聖域で支給された、何の飾り気もないドレスだ。
今までは服に頓着したことなどなかったが、この成金趣味の部屋で着ると、まるで雑巾でも着ている気分になる。
金のライオンに縁どられた姿見で自分の姿を確認し、惑わされるな、と己を戒める。
地味で野暮ったいうえに着古しまくった服であることは認めるが、決して雑巾ではない。
きちんと洗濯をし、アイロン掛けだってしている。
たしかに――とてつもなく地味、ではあるが。
部屋を出て洗面所で顔を洗い、髪も丁寧に梳かした。
自分に自信のないケーリィンだが、背中まで伸ばした蜂蜜色の髪は気に入っている。濃淡のある金色で髪質も波打つような癖を持つため、光っているようだと褒められたこともあるのだ。
気分を切り替えたところで、階段を降りる。二階の廊下も、そこから続く階段も、しんと静まり返っていた。
知らずに息を潜め、足音も極力立てないよう心掛けた。
階段を降りきって食堂に入るも、やはり人影は皆無であった。一人きりということもあり、遠慮なく周囲を観察する。
裏庭に面した食堂の窓と、そのすぐそばにある洗い場と調理台。
そして中央に置かれた木製の大きなテーブルと揃いの椅子。壁面にも同じく木製の棚があり、そこには白磁で出来た食器類が並べられている。
贅を凝らしてはいない反面、隅々まで掃除が行き届いている。何もかもが、舞姫の部屋とは正反対だ。
窓から裏庭の様子を伺うと、夜明け前の空も見えた。
空には様々な色があるのだと、改めて知る。深い青色も、とても美しかった。
そしてテーブルには、カトラリーに数枚の皿とグラス、そして空になったワインボトルが残っていた。ケーリィンが早い就寝を取った後も、酒盛りは続いていたらしい。
記憶にあるより、空き瓶の数が多かった。
どうやらお酒で盛り上がり過ぎた結果、片付けは翌日に持ち越しとなったようだ。
そして見覚えのある青いバラが、テーブルの真ん中に活けられていた。
「ディングレイさん、持って来てくれたんだ」
呟き、少し嬉しくなる。お礼の気持ちも込めて、残されたままの皿たちを洗った。
ワインボトルも中を
洗い物を終え、改めて神殿内を見回った。
神殿中央に出入口があり、両開きの扉をくぐると広間がある。
広間と表現するには少々抵抗のある面積だが、吹き抜けのため、窮屈さは感じられない。
その奥には、礼拝堂も設けられている。
そして広間を右に進めば、一階に談話室と二階に図書室がある。
反対方向の左側には、食堂や各人の部屋など、舞姫たちの居住空間が広がっている。
いずれの施設も小ぢんまりとしているが、礼拝堂にはきちんとした舞台もあった。
無人の舞台に上がって、ケーリィンは目を閉じて深呼吸。
次いで背筋を伸ばし、右手を天へ伸ばし、繁栄祈念の舞を踊る。
少しでも街に活気が戻るよう、拙い踊りに目いっぱいの気持ちを込めた。