ペーターは、アントニアへの想いを両親に咎められるようなことを言われ、苛ついたが、アントニアの顔を見てその嫌な気分はすぐに吹き飛んだ。
ペーターがアントニアの好きな推理小説の新刊を渡すと、アントニアは目を輝かせて本を受け取った。その様子がペーターには凄く眩しく見えた。
アントニアは外出を禁止されており、別荘の小さな庭を散歩する以外、外の空気に触れることができない。だからペーターとの会話や彼の持ってくる本は、退屈な生活の中で外の世界を感じることのできる唯一の彩りだ。
「アントニア様。もしかしたら私の両親が
「変な事って何?」
「その……私と距離を取れとか……」
アルブレヒトの許可も得ているし、
「お飾りとはいえ、辺境伯夫人としてなってなかったわね……貴方に甘え過ぎていたわ。もう来ないで。そうじゃないと貴方の立場が悪くなるでしょう?」
ペーターはアントニアにもう来るなと言われて頭をガンと殴られたようなショックを受け、両親の考えを彼女に打ち明けたのを後悔した。ペーターはやにわに立ち上がり、悲壮な顔をしてアントニアの前に跪いた。
「そんなこと、おっしゃらないで下さい!アントニア様とお話したり、慰問旅行に出掛けたりするのは、私の心の支えになっていました。それを取り上げないで下さい!」
「心の支えだなんて……大袈裟だわ。孤独が寂しくて私の方が貴方に依存していたのよ。それに既婚者の私が独身の貴方に近づき過ぎるのは、ふしだらだわ」
「そんなことはありません! 私の気持ちはそんないい加減なものではありません!」
ペーターはいつの間にかアントニアの横に座り、彼女の手を両手で握って懇願していた。
「私は、アントニア様を真剣に慕っております。もし……離婚できた暁には、私と結婚して下さいませんか?」
「い、いけないわ。そんな……」
「私が平民だからですか?」
「い、いえ、そういう問題じゃなくて……私は一応、閣下と結婚している身だから、今そんな約束をしたら、不義密通になってしまうわ」
「それなら大丈夫です。旦那様も私の気持ちは承知しておりますし、私がアントニア様にアプローチするのを許して下さっています」
「アプローチ?」
「ええ、こんな風に……」
ペーターはアントニアの顎に手を伸ばし、顔を徐々に近づけ、唇をそっと重ねた。そのまま彼女の背中に手を回すと、ふわりと抱きしめた。彼女の柔らかい身体は温かくて心地よい。夢心地はすぐに燃えるような熱に変わり、ペーターは彼女を貪りたい衝動を必死に抑えた。
一方、アントニアは唇に柔らかい感触を覚えると、そこから熱がじわじわと広がるのを感じた。途端にその熱が身体の芯まで到達しそうに思えて怖くなり、アントニアは両手でペーターの胸板を押して慌てて身体を離した。
「駄目よ!」
「申し訳ありません、性急過ぎましたね。でもアントニア様が私の気持ちを受け入れて下さるのなら、触れ合いたい。駄目ですか?」
ペーターの悲しそうな顔を見てアントニアは胸が痛んだ。でもアントニアは、貞淑であれと教育されてきたから、その価値観が骨身に染み込んでいる。いくら形だけの妻だとしても、夫以外の男性とこんな触れ合いするのは不貞だ。
「でもやっぱりこんな触れ合いは不貞だわ……」
「ご心配なさらないで下さい。旦那様は、私がアントニア様を慕っていることを受け入れて下さっています。それどころか
「しょ、初夜の儀の時みたいな事?! そ、そんな……だ……駄目よ。破廉恥だし、不貞だわ!」
アントニアは何をされたか思い出して一瞬赤面したが、罪悪感ですぐに我に返った。