「私は何処にも行かないわ。」
「…本当ですか?」
「本当よ。」
ユリウスの瞳を真っ直ぐ見て断言すると、不安げに揺れていたシトリンの瞳に僅かな安堵の色が見えた。
「だから、自分を卑下しないで。私には貴方が必要なの。」
「姉上…、嬉しいです。」
私の言葉にユリウスは笑おうとして失敗したような、なんとも不格好な笑顔を見せてくれた。その笑顔は10年前のボロボロだったユリウスと重なる。
「…姉上、どうか僕をもっと頼ってください、もっと…甘えてください。それだけで僕はこの世界で生きていけます。」
「ユーリ…。」
―この子は…昔の私にとても似ているわ。
前世の私は、両親からの愛情を与えられずに育てられたため、私に優しくしてくれたアルベルト様に必要以上に依存していった。
ユリウスも家族の愛情を知らずに育った上、要らない者として扱われてきた。
前世の私がアルベルト様に光を見出したように、ユリウスもまた私に頼られたり甘えられたりすることによって自分の存在意義を見出したのかもしれない。
これは悲劇だ。
「…大袈裟ね。」
ユリウスの頬から手をおろし、私は甘えるようにしてユリウスの肩に頭を乗せた。するとユリウスは突然のことに驚いたものの、実に嬉しそうに私の頭を撫でてきた。
少し気はずかしいが義弟が喜んでくれるなら、たまにはこうして甘えるのも良いかもしれない。
私達は、足りないものをお互いで補って生きている。私にはユリウスが必要でユリウスには私が必要なのだ。
…今のところは。
現実を見る。
ユリウスに足りないものを補ってくれる人は必ず居る。それは、私ではない。姉である私では力不足だ。
だが…その人が現れるまでは、こうして居心地の良い関係に身を置いておきたい。
―貴方が私を必要としてくれている間だけは、傍に居ることを許してね。
私の頭を撫でる義弟の手があまりにも気持ち良くて私は耐え切れずに目を閉じた。
*****
夢か現か。
私と同じエメラルドの瞳を持った女性が私に語り掛ける。
「用済みになった貴女はどうするの?」と。
私は答える。
「どうもしないわ。優しい夢から醒めるだけ。」
*****
カトリナside
―ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない…。
私は訳もわからず校舎を走る。すれ違う生徒達が何事かと見てくるが、そんなものどうでもいい。
あの方が、ユリウス様があんなことを言うはずがない。私はずっとあの人を見てきたのだ。いつもお優しかったのに…あんなユリウス様なんて見たことない。
あぁ、そうだ。きっとあの女のせいだ。
ユリウス様の姉であるあの女が、優しいユリウス様を惑わしたのだ。そうだ、そうに違いない。女の嘲笑った顔が脳裏に過ぎる。
―許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない……。
勢いを落とさず廊下の角を曲がった瞬間、ドンッ!と誰かとぶつかった。その反動により私は地面におしりをつく。
「どこを見て歩いてんのよっ!」と、文句を言いながら顔を上げ、そのまま固まった。
「ご、ごめんなさいっ。大丈夫ですか?お怪我はないですか?」
心配そうに私を見下ろす少女は、キラキラと輝くピンクダイヤモンドの瞳を持っていた。
第1章 「共依存」完