どんなに憂鬱でも、どんなに気分が悪くても、どんなに気まずくても、会社には行かなければならず……。
「おはようございます」
「おはよう!? あの、松岡くん、あのね」
「今日はすぐに外回りに出ます。行ってきます」
「え、待って……」
「月見里ー! ちょっとこっちお願いー」
久保田課長が月見里さんを呼ぶ。その隙に僕は鞄の中に要るものを全て詰めて飛び出した。
「おっと、早いな。もう出るのか?」
「川辺主任……」
「どうした? 元気ないのか?」
「いえ、そんな事」
「そんな事あるって顔だぞ。そんな顔して商談なんかしても纏まらないからな? ちょっと待ってろ、外出て空気吸って待ってろ、な! すぐ行くから〜」
営業部の扉を慌ただしく開けて中に入っていく川辺主任の背中に、お節介だな、と呟いて僕は会社の外に出た。
「すまん。まだ時間大丈夫か?」
「はい」
時間は大丈夫。余裕だ。だってただ社内にいて、月見里さんと顔を合わせるのが辛くて逃げただけだから。
「じゃあちょっと待ってろ」
そう言って川辺主任は近くのコンビニに走って行った。僕も歩いてコンビニに向かう。外で待っていると、川辺主任は手にイチゴミルクのパックジュースを持って出てきた。
「ほら、こんな時は甘いもんだ」
「でもなんでイチゴミルク? 甘過ぎませんか?」
「だからだろ? 甘過ぎるくらいじゃねえと意味ねえじゃん〜!」
意味が分からないと思いながらもその好意を受け取り、パックにストローをさす。
「あまっ」
「元気出たか?」
「……分かりません」
「…………」
川辺主任は黙って上を向く。
太陽がギラギラとしていて上なんて向いたら焼き殺されそうなのに、僕がイチゴミルクを飲み終わるまで、じっとしていた。
「ごちそう様です」
「やっぱりあれだな。こんな日はイチゴミルクより、ビールだよな! プハーッと一杯やりてえ〜」
「ははっ、何なんですか、もう! 僕には甘いイチゴミルク飲ませておいて……。僕もイチゴミルクよりビールがいいですけど」
「だよな! よし、仕事終わったら、飲み行くか!!」
「今日月曜ですよ?」
「なんだよ、そんなん気にすんなよ! じゃあ一杯だけな?」
「仕方ないですね、川辺主任の奢りならいいですよ」
「よしよし、決まりな!」
川辺主任のペースに巻き込まれたが、僕は少し元気が出ていて、心の中でこっそり感謝した。
イチゴミルクに少しだけ元気をもらい、川辺主任と駅へ向かっていた時だった。
「川辺主任ー」と呼ぶ声に二人で振り返る。
「え、結城ちゃん?」
「もう、電話ぐらいちゃんと出てくださいよっ!」
「電話した? ……あ、ホントだ!?」
走って来たからか、呼吸の乱れている結城さんが息を整えながら川辺主任に封筒を渡す。
「忘れものですよ、これ今日いるって言ってた書類ですよね?」
「あー、そうそう! よく分かったね」
「間に合って良かったです。私走って来たんですからね!」
「助かりました! ありがとう! この御礼は必ず! あっ! 今日でも良かったら仕事終わりにビール一杯奢るけど?」
川辺主任が顔の前に拳を作る。そしてまるでジョッキを持ってビールを飲むような身振りをした。
「ビールじゃなくて、ワインがいいです」
「ワインなの!? まあ、いいけど……」
「わ〜い! じゃあ頑張って仕事終わらせますね〜! 行ってらっしゃ〜い」
「行ってきまーす」
川辺主任と結城さんが仲良さそうに手を振り合うのを僕はどこか冷めた目で見ていた。
「よし、行くか!」
「って言うか、今日僕にもビール奢ってくれるんですよね?」
「おう!」
「三人で飲みに行くんですか?」
「嫌だった?」
「……嫌、とかじゃないですけど……」
「けど?」
「あぁー、もう、いいですよ、川辺主任の奢りですから!」
「なんか松岡、情緒不安定なのか?」
「はいっ?」
「ああ、まあ、そんな時もあるよなっ! よし、仕事頑張ろ!!」
僕は思いきり、はあー、と溜め息をついた。
なんだか朝から疲れる。
こうなったら今日はさっさと仕事を終わらせて、ヤケ酒でもするしかない、と思った。