なんだよ、遊園地って……。
意味分かんねー、と悪態をつく。
雨でも降れば中止になるかもしれないが、空を仰いでみても雲一つない晴天。雨なんて降るはずもない。
「やっぱり最初に乗るのは絶叫系よね?」
友梨が楽しそうだから仕方ないかと、半分諦めモードでいると、友梨がそれを指摘してくる。黙っててくれればいいのに。
「あら? 歩はやっぱり苦手なの?」
「そんなわけ……、もう子どもじゃないのに……、誰が、嫌いだって言ったんだよ……」
「嫌いなんて言ってないけど……、苦手じゃなくて嫌いだったのね」
「え? そうなの、松……じゃなくて歩くん?」
ほら、月見里さんにまでバレたじゃないか。どうしてくれんだよ。
「はっ、だ、誰が! ほら絶叫系に行くんでしょ」
もうこうなったらヤケクソだ、とずんずん進んでいると、横に月見里さんが並んだ。
「言ってくれれば良かったのに」
「言いませんよ」
恥ずかしいのに。
「なんで? じゃあ怖くないやつから乗る?」
「馬鹿にしてるんですか? これで弱みを握ったとか思わないでくださいね」
「え、何で弱み?」
「それは、……もういいです。いいから乗りますよ」
これ、と目の前にあった大きなジェットコースターを指差す。
もういいから早く終わらせてくれ、とそう祈るしかない。
だが、順番待ちする間にも、どんどん気分が悪くなっていく。
だけど、負ける訳にはいかない。
冷静に考えれば、何の勝負に挑んでいるのか甚だ謎だが、この時は負けん気だけで自分を必死に保つしかなかった。
「歩くん、どこに座る?」
「ドコデモ」
「じゃあ一番前ね! 一番前が一番怖くないんだよ!」
なんだそれ!
一番前が一番怖いだろ、と思いながらも、嫌だなんて言えなくて、発車した途端、恐怖に全てが吹っ飛んだ。
「キャーーー!!」
隣で叫ぶ月見里さんの事も気にならないくらい、僕は真っ白になっていた。
「いやー、怖かったね? ね? 歩くん?」
真っ白を通り越し、真っ青の僕の肩を揺らす月見里さんの顔を見て、ちょっとだけ安心した。
良かった、僕は生きている。無事に生還出来たんだと。
だけど、頭の中はまだぐわんぐわん揺れていた。
「あっちのベンチまで頑張って」
月見里さんと、反対側を湊くんに支えられベンチに座らされる。
ことごとく、みっともない。
月見里さんが友梨と湊くんにここは任せてと言っている。
「ほんと大丈夫? お水買ってくるね」
月見里さんがそう言うのを聞いて咄嗟に「居て」と言ってしまっていた。
相当参ってる証拠だけど、一人にされたくなかった。……そんな事を思うなんて僕はやっぱり子どもみたいだ。
すると、いつかのように背中に温かい手が添えられる。それから僕の真っ青な気分が落ち着くようにと優しく撫でられた。
それを懐かしいと感じるのは最近の事ではない。もっともっと昔。そう、本当に僕が子どもだった時……
「昔、友梨にもやってもらった」
ふとよみがえる、遠い昔の思い出。
あれは、でもこの心地よさとは違う。
月見里さんの温かい手はどこまでも僕の心を落ち着かせてくれる。
魔法の手。
胸の苦しさを和らげてくれる温かい手のぬくもりに、ずっと甘えていたくなりそうだ。
その心地よい手をぎゅっと握り込んでいると気付いたのはおばけ屋敷に入ってからだった。
こんな作り物に対して怖がるなんて、何が怖いのか分からない。おどかしに来る人だって、ただ、それらしくメイクしてるだけじゃないか。
あんなに怖いジェットコースターには乗れるのに、こんな所で怖がるなんて、それこそ謎だ。
どこかで叫び声が上がった時、僕の後ろでも短く叫ぶ声があった。振り向くと、握り拳で口をおおっている月見里さんだった。
「怖いんですか?」
それに月見里さんは、そのポーズのまま首を横に振る。それが何かのキャラクターに見えて、ああそうだと、口に出す。
「そんなドラえもんみたいな手して……。ほら貸してください」
ドラえもんの手は僕にとっては大事な魔法の手なのに――とその強く握られた手を取り、指を一本一本開いていく。
「まつ、おか、くん?」
「何ですか? 変な所で我慢しないでください。ほら、手の平に爪が食い込んでるじゃないですか、痛くないです?」
「うん」
「馬鹿ですね」
ホント馬鹿。我慢なんてしなければいいのに。僕がいるんだから、頼ればいいのに。
ああ、そうだ。この人は頼るのも甘えるのも下手なんだよな、と笑いが漏れた。
ほら、甘える練習だ、と言わんばかりに腕を差し出すが、彼女は間抜けにも、その意味をはかりかねて口を開けている。
「ほら友梨みたいにしてください。友梨が湊くんにしてたみたいに……。ほら早く!」
「あ、はい」
ぎゅうと引っ付かれたそのぬくもりに、安心したのは僕の方だった。
「じゃあ行きますよ」
「ゆっくりで、お願いします」
「はいはい」
なんだろう、この感じ。
心地よくて、楽しくて、嬉しくて、ずっとこのままでいたいと望んでしまいそうな感覚。
今までに感じた事のない感覚に触れて戸惑いながらも僕は心から楽しんでいた。