「月見里さん?」
トイレから出て休憩室の近くを通った時、誰かについて休憩室に入る月見里さんの後ろ姿を見掛け、珍しいな、と思っていると今度はそれをこそこそと追い掛ける結城さんを見てしまった。
「何してんだ?」
僕はこういうのに首を突っ込んで行く方じゃない。むしろ、外から冷ややかに見ているタイプなのだが、何故か気になって少し近づく。
すると、休憩室の中の様子を伺っていた結城さんが中に入っていくので、急ぎ足で休憩室に向かい、聞き耳を立てると、中には月見里さんとどうやら川辺主任がいるみたいだった。
「すごく親しげに寄り添ってましたよね?」
「あ、たまたま? 同じ映画見てて、それが泣けるやつで、私さ涙もろくてめっちゃ泣いてたんだよね。それをさ、
「じゃあやっぱり付き合ってる訳じゃないんですよね?」
交わされる会話を盗み聞きして、これはチャンスだと思った。結城さんには、僕と月見里さんが付き合っていると思って貰ったほうが都合がいい。
そうすれば手作りクッキーを受け取るのに理由を付けて断れるし、と一人ほくそ笑むと、休憩室の扉の横にすっと立った。
「付き合ってますよ、僕たち」
僕の言葉に驚く三人。月見里さんなんて、金魚みたいに口をパクパクさせて、……本当に面白い人だ。
「な、……な、」
「ほんとですか。ほんとに、ほんとですか?」
「いや、それは、その……」
楽しくなってきた僕は笑みを浮かべる。
「やっぱりそうなんだ」
という結城さんの目から涙がこぼれるが、女の涙なんて信用ならない。
「え、結城さん?」
出て行く結城さんを追い掛けようとする月見里さんの肩に川辺主任が手を置くので少しイラッとした。
一応、僕の彼女なのに、簡単に触り過ぎですよ……。
「マジで付き合ってんの? 今日仕事終わったら付き合え、二人とも。詳しく話せよ。俺、外回り行ってくる」
面倒くさいけど、結城さんは撃退出来たし、川辺主任に付き合うくらいいいかと思う。
川辺主任をからかうネタもあるし。そんな僕の前で彼女は、あーー、もうっ、と怒りをあらわにして僕を睨み付けていたが、全然怖くない。
むしろ、ちょっと楽しい。
*
川辺主任に連れて行かれた居酒屋から出て、月見里さんを送る。
ビール一杯しか飲んでないが、妙に心地よく酔っているような感覚がある。
「彼氏待ってるんですか?」
そんな何気なく問うたはずの言葉は声に出ると少し鋭く聞こえた。
「なに? 気になるの?」
「別に、そういう訳じゃ……」
気になるなんて、そんな訳じゃないと自分自身に言い訳をしていると、月見里さんから笑い声が漏れる。
「もう五年も前の話しだよ。もう帰って来ないんじゃないかな」
そんな風に言うけど、同期の川辺主任が言うくらいだ。待っているに違いない。
なんだ、お互いに好きな人がいるんじゃないかと思っていると、理解不能の苦しみが胸を襲う。
「今でも好きなんですか?」
「う〜ん、どうだろうね〜」
「じゃあ他に好きな人は?」
「いないよ」
「一途なんですね」
「それは松岡くんもでしょ?」
それにドキっとした。
もしかして友梨の事好きな気持ちがバレてるのか?
「は? なんで僕――」
「見てたら分かるよ。中々思い通りに行かないね、人生って難しいーー!」
やっぱりバレてるのか、と恥ずかしいような気持ちになるが、同時に、思い通りにいかない、と言う言葉に同感もした。
「月見里さんでも、そう思うんですか?」
「当たり前だよ。何度も壁にぶち当たる」
そんな風には見えないこの人は、どこでどうやって頑張っているんだろう。少しだけでも教えて欲しい。聞いたら教えてくれるだろうか。
「それでも前に進む?」
「うん。前に進めるようにもがく。もがき過ぎて息が出来ない時もあるけどね」
「息……」
息苦しい。
今の僕は息をしているのだろうか。
僕ももがきたい。
でもどうしていいか、分からない。
……分からない。
分からなくて、苦しい。
立ち竦む僕の、だらりと揺れる手を掴んで月見里さんは引っ張った。されるがままに、どこかへ連れて行かれる。
どこでもいい。どこでもいいから連れて行って欲しいと思ったが、それは案外近く、駅前のベンチに座らされた。