七月に入って二週目の日曜日。
その日は友梨さんと湊さんの結婚式があると聞いていた。もちろん私は式に招待などされている訳もなく、くたびれた部屋着のまま家でゴロゴロしながら、次のデート計画を立てている。
七月最後の土日を使って温泉旅行に行く事が決まったのだ。
八月に入ると友梨さんたちはアメリカへ行く事になるという。だから今度の温泉旅行が最後のデートになるだろう。
旅館はすでに押さえている。
友梨さんと湊さんでダブルを一部屋。
松岡くんにシングル一部屋。
私も同じくシングル一部屋。
まさか私と松岡くんが同じ部屋で一晩明かす事なんて出来る訳ないと思い至るや否や、前のめりになって「私が旅館取りますから!」と友梨さんに言っていた。
これを、のほほんと友梨さんに任せていたら二人でダブルに押し込まれてしまう。……それだけはあってはならないのだ。
それから向こうに着いたら基本四人で一緒にいられるようにしなければ。
別行動なんて有り得ない!
水族館の二の舞には絶対しないんだから、と一人で意気込んでいた。
*
そして、あっと言う間に温泉旅行の日がくる。
それなのに、生憎の雨……。
「明日にはやむかな?」
「天気予報じゃこの土日はずっと雨ですよ」
「知ってる! 知ってる、けど、ちょっとでもやんでくれたら嬉しいじゃん!」
湊さんが運転してくれる車に乗って隣県の温泉街へ着くものの、雨足は弱まるどころかどんどん強くなっていく。
旅館に着く前に、まずは外にある足湯に浸かって、それから散策を兼ねた食べ歩きをするつもりだったのだが、果たして傘をさしてどこまで行けるだろうか分からない。
とりあえず足湯は無理そうだ。……という事で、ひとまずお昼ごはんを食べてから旅館に車を置き、行ける範囲で散策してみようと言う事になった。
「ねえ彩葉ちゃん、お昼なんだけどね、ここなんてどうかな? ちょっと気になってたんだよね」
助手席に座っている友梨さんがガイドブックを広げ、ページの真ん中辺りに指を置いている。
そこは有名な食事処らしく、『花かご御膳』が人気だと目立つように書かれていた。写真に写る花かご御膳は小さな器がたくさん敷き詰められ、たくさんの種類の料理が綺麗に盛り付けられていて、見ているだけでも目に楽しい。
「どうかな、彩葉ちゃん?」
「私はいいですよ。こういうの好きです! 湊さんと歩くんは?」
「私もいいですよ。友梨が家でずっと言ってた花かご御膳でしょ?」
「そうそう! 歩は?」
「僕は、皆がいいなら構わないけど」
「それじゃあ決まりね! 湊くん場所分かる?」
「ナビに電話番号入れてくれる?」
「はーい、待ってね〜」
そして私たちはその食事処に向かった。
四人で花かご御膳をいただき、それから旅館に車を置いて散策に出かける。
温泉街を散策しているとやっと小雨になる。途中で目当てのお饅頭やソフトクリームを食べたりして、雲間から覗く夕陽が沈む前に旅館に戻ることが出来た。
「チェックインして来ますから待っててください」
旅館を予約した私が行きます、とフロントへ向かう。
しかし、フロントから出されたルームキーは二つ。
「え? ダブル一部屋と、シングル二部屋で予約してますよね?」
後ろの三人に聞こえないようにと小声でフロントの中にいる若いお姉さんに確認するが、ダブル二部屋となっております、と返されてしまう。
そんなはずない!
絶対ない!
おかしいよ、だって、私と松岡くんが同じ部屋になる訳にはいかないんだから!!
こそこそと、もう一度確認してください、とお願いする後ろから、湊さんが私の横に立つ。
「あれ? ダブル二部屋でいいんだよ。……勝手にごめんね、お部屋をグレードアップさせてもらったんだ。この間のお詫びを兼ねてね!」
「お詫び? 何のお詫びですか?」
私がそう聞くと湊さんは恥ずかしそうに、水族館、と返した。
「その、……イワシばっかり見てたから……、ごめんね。せめてものお詫びにいい部屋に変更して貰ったんだよ。しかも間違えてシングル二部屋になってたみたいだったから、ちゃんとダブル二部屋でお願いしておいたからね!」
まるで、偉いでしょ、と言わんばかりの顔の湊さんに向かって、まさか「何してくれとんじゃーー」と叫ぶ訳にもいかず、頬がひくひくと引きつる。
「あ? あり、ありがとうございます」
形式だけのお礼を言うものの、内心ではどうすんのよ、と頭をフル回転させた。