園内のレストランで食事を摂り、それからいくつかの乗り物に乗った。もちろん松岡くんでも大丈夫なものを選んで。
そろそろ流石に疲れたね、と友梨さんが言ったのを待っていたかのように、湊さんが嬉々として口を開く。
「それじゃあそろそろ、おばけ屋敷に行こうか!」
「湊くん好きだね」
「外せないでしょ? むしろメインだと思ってる」
「メインは大観覧車じゃないの?」
「そうなの? じゃあ後で大観覧車にも乗ろうか」
「はーい!」
ほんわかした二人のやり取りを微笑ましく見ていると、松岡くんに、行きますよ、と急かされる。
置いて行かれないようにと足を動かすが、いや待てよ彩葉、と自分に問い掛ける。
……おばけ屋敷、……って怖い、よね?
しかし、そんな私の事など前を行く三人が知る由もなく、足取りは軽い。
対して私はおばけ屋敷が近付くにつれて足取りが重くぞわぞわと震えて来た。
そんな遅れている私に気付いた松岡くんが振り返る。
「何してるんですか彩葉? もしかして怖いんですか?」
「そっ、そんな訳ない、じゃん。大丈夫だよ〜、あはははは……」
松岡くんの前で怖いなんて言ったら、弱みを握ったと馬鹿にされそうで我慢する。しかし引きつった頬は誤魔化せない。
「なんだ。怖いなら手繋いであげてもいいかと思ったんですけど、必要ないですね」
イタズラを楽しむような顔の松岡くん。
「うん、大丈夫だよ、ヘーキヘーキ!」
「ですよね〜」
そんなやり取りをしているうちにあっという間におばけ屋敷の入口に来ていた。
「私と湊くんが先に入るね! それじゃあ出口で待ってるから」
「行ってらっしゃい〜、ビビんなよ友梨!」
「えー無理、怖いもん! 湊くんに守ってもらうんだから! じゃあね〜」
友梨さんは湊さんの腕に自分の両腕を絡みつかせながら、二人は闇の中へ消えて行った。
中から、キャーー、と叫ぶ友梨さんの声を聞いた私が不必要に緊張したことは言うまでもない。
「それでは行ってらっしゃい」
入口の案内係に促され、松岡くん、そして私は暗い扉の中へ身を潜らせる。
青暗い所に白い灯りがぼんやりと浮かび、ひんやりとした空気に、どこからか冷たく湿気を帯びた風が吹いて恐怖を煽ってくる。
BGMだと分かってはいても、ヒュードロドロ、と聞こえる音に心臓は早鐘をうつ。
知らず知らずの内にへっぴり腰になりながらも、平気な顔で進む松岡くんに置いて行かれないように必死に着いて行った。
見ない、見ない、何もない!
聞こえない、聞こえない!
必死に五感を閉じようと手の指をぎゅっと握り込む――とその時どこかで、悲鳴が聞こえ、思わず、キャッ――と漏らした私は握り込んだ手のまま口を押さえた。
「怖いんですか?」
松岡くんの呆れた声に、私はそのまま首を横に振る。
「そんなドラえもんみたいな手して……。ほら貸してください」
言いながら私の握り固まった右手を取ると、ゆっくりと指を開いてくれた。
「まつ、おか、くん?」
「何ですか? 変な所で我慢しないでください。ほら、手の平に爪が食い込んでるじゃないですか、痛くないです?」
「うん」
馬鹿ですね、と笑う松岡くんの顔を見て胸がまた痛む。
左手も同じように解いてくれると松岡くんは私に向かって腕を差し出してくる。その意味をはかりかねて、ポカンとしていると、
「ほら友梨みたいにしてください。友梨が湊くんにしてたみたいに……。ほら早く!」
「あ、はい」
恐る恐るその腕に手の平を当てて、なるようになれ、と引っ付く。
「じゃあ行きますよ」
「ゆっくりで、お願いします」
「はいはい」
口調はあれだけど、松岡くんの纏う空気が柔らかくなっていた。
これはきっと、あとでからかいのネタにされるんだろうなと覚悟したのに、松岡くんはこのことで私を揶揄うことはなかったのだった。
途中で目をつむった私を丁寧に出口まで導いてくれた松岡くんにお礼を言いながら外に出ると先に出ていた友梨さんと湊さんが、こっち、と手を振っている。
「彩葉ちゃん大丈夫だった? すっごい怖かったね!!」
「はい、すっごく怖くてもう途中で目を閉じちゃいました」
「だよね、だよね、もうおばけ屋敷はいいよー」
「私ももう入りたくないです」
「うん、頑張ったご褒美に大観覧車乗らなくちゃね!」
「友梨はおばけ屋敷関係なくても大観覧車乗るでしょ?」
「もう、歩、そんな意地悪なこと言わないでよ!」
仲の良い姉弟に私は思わず、ふふふ、と笑う。
大観覧車でも、二人ずつで乗ろうか、と提案して来る友梨さんに私は、四人で乗りませんか? と言うと、友梨さんと湊さんが目を合わせ、松岡くんからは睨まれた。
でも、さっきのおばけ屋敷でも松岡くんは友梨さんと一緒にいれなかったのに、最後の大観覧車まで一緒になれないのは何だか悲しくて、私はどうにかしたかったのだ。
それに、松岡くんの優しい温もりと匂いが離れなくて、なのに二人きりになんてされたらどうしていいか分からなくてそわそわしてしまいそう。
「彩葉ちゃんがいいなら……。私と湊くんが一緒でもいいの?」
「はい。みんなで乗りたいんです!」
「そうね! 折角四人で来たんだもん。最後はみんなで乗ろうか!」
後ろで松岡くんが、余計な事を、と呟いたのが聞こえたけど、私は聞こえてないフリをして、行きましょう、と張り切って先頭を進む。
手の平にはまだ、さっきの松岡くんの腕の温もりが残っていた。