「ごめん、ちょっとコンビニ行って来る」
「え、歩くん?」
苛立ちを隠すことなく、でもどこか抑えるように静かに扉を閉めて出て行く松岡くんの背中を三人で見つめる。
どこか寂しそうな背中に声を掛けることなんて出来なくて…。
「あー、俺が、行ってこようか?」
「お願い湊くん、私が行っても……、だから……」
「じゃあ私が」
「いいよ、いいよ、ここは湊くんに任せて、ね!」
「はい」
「それじゃあ行って来るね」
立ち上がった湊さんは松岡くんを追いかけるようにささっと出て行く。
「ごめんね」
「いえ……」
「私が悪いのよ」
そう言って友梨さんはビールを全部飲み干して、冷蔵庫からもう一缶出すと私に向かって、いる? と聞いてくる。
「まだ残ってるので大丈夫ですよ」
部屋には友梨さんが開けるプルタブの音がやけに大きく響いた。
「私、歩のお母さん代わりだったんだ」
「えっ、それって……」
母親がいないってことですか、と聞きたい言葉を抑える。
他人の家庭の事情を聞いてもいいのか?
松岡くんのいない所で勝手に聞いてもいいのだろうか?
私のそんな葛藤を見て取ったのだろう友梨さんが苦笑する。
「知らなかったのね、ごめんなさい。よくある複雑な家庭ってやつなのよ。私と歩は本当の姉弟じゃない。再婚なの、私の母と、歩の父が……」
私は本当にこのような話を聞いていいのだろうか。私は松岡くんの本当の恋人じゃないのに。
話が、……重すぎる。
ビールを持つ手が暑くて、缶までじわりと熱を孕んでいた。
それでも友梨さんは私に聞いて欲しいとでも言うように話を進める。
「私は小学生で、歩は幼稚園だったのよ。幼い歩はお母さんが恋しくて、だけど新しいお母さんをなかなか受け入れることは出来なくてね……。いつも一緒に遊んであげるのは私だった」
ブロックで遊んだり、電車ごっこしたり、お絵かきしたり――と思い出す友梨さんは本当のお姉さんのように見える。
「仲良しだったんですね」
「うん。とても仲良しだったと思う。だから、最初に湊くんを紹介した時は不機嫌で、今回も結婚してアメリカに行くって言ったらイライラして、……ほんと歩は子供みたいに感情を表現してくれるから、……ゴールデンウィーク明けも機嫌悪かったんじゃないかな?」
ゴールデンウィーク明け、と言えば結城さんが二度目のクッキーを配った日。そして……、松岡くんが機嫌悪く私を蕎麦屋に連れて行った日の事を思い出す。
「……彩葉ちゃんも大変よね? でも良かった。彩葉ちゃんのようなしっかりした人が歩の隣にいてくれて。大変なこともあるけど、歩を見捨てないでね」
はい、なんて軽々しく首肯できない。それでもじっと見つめてくる友梨さんの視線は反らせなかった。