てっきりお姉さんの家に行くのだと思っていたのだが、そこは松岡くんの家だという。お姉さんに「歩の家でやろう」と押し切られたらしい。
良く言えばシンプル、悪く言えば殺風景な部屋は、ベッドにローテーブル、それに小さな棚が一つあるだけ。
小さなキッチンにはお姉さんと湊さんが仲良く立っていた。
「彩葉ちゃん、いらっしゃい」
「はじめまして、湊です」
湊さんは松岡くんより少し背が高く、その長身を律儀に折り曲げて挨拶をした。
「はじめまして、月見里彩葉です」
これ、と言って松岡くんの手から紙袋を取り返し、友梨さんへと渡す。
「あ、このお店知ってる! 嬉しい〜、ありがとう彩葉ちゃん」
「いえ、喜んでもらえて良かったです」
「そんな畏まらないで! 私たち多分同い年くらいでしょ?」
「同じじゃないよ、友梨が一つ上」
「もう、歩は細かいんだから。因みに湊くんは私の二つ上よ」
若そうに見えるけど、すでに三十歳を越えている湊さんをチラっと見た。
「湊くん格好いいでしょ」
そう聞く友梨さんに、はい、と返すが、その隣にいた松岡くんはどこか面白くない顔をしていた。
「妬かない、妬かない歩。彩葉ちゃんが湊くんに見惚れてるからって、男の嫉妬は醜いんだよ」
「うるさいよ友梨」
違う。私なんかに松岡くんは嫉妬しない。
「ほらほら歩、彩葉ちゃんに飲み物出してあげて」
友梨さんにポンポンと背を叩かれた松岡くんはその顔を元に戻すと冷蔵庫を開ける。
「何がいい? ビールにします?」
「あ、うん。ビールで」
松岡くんから缶ビールを受け取る横で、湊さんが次々に料理をローテーブルへ運ぶので、手伝います、と申し出た。
「大丈夫、座っていてくださいね」
「はっ、はい」
立ち尽くす私の手首を取って松岡くんが引っ張っる。
「邪魔だから座ってください」
「あ、ごめん」
ローテーブルの前に腰をおろす松岡くんに倣って、私もその隣に正座した。
四人で乾杯したあと、用意された料理を口に入れる。
「美味しいです!」
「でしょ!!」
「こんなの作れるなんて凄いな〜」
レタスをメインに何種類もの野菜が入ったサラダに、ローストビーフに、クラッカーには三種類のチーズとナッツが乗っている。他には手まり寿司、唐揚げ、エビとブロッコリーの炒めもの、鶏のテリーヌ……
「関心するだけ損だから、友梨が作ったのなんて一つもないよ」
「えっ!?」
「もう、言わなきゃ分かんないでしょー。そうなの彩葉ちゃん、これ全部、デパ地下のだから絶対美味しいよ!!」
「さ、食べよ、食べよ」
「いっぱい食べてね!」
ススメられるまま食べていると、友梨さんが質問してくる。
「二人は同じ会社なのよね?」
「はい、そうです。同じ部署で」
「そっか、社内恋愛って大変? 隠してるの? それともオープン?」
「え、ええと、」
チラリと横を見ると、面倒くさそうな顔をされる。だがしかし、「オープンではない」と言ってくれる。それからぼそっと私にだけ聞こえるように、隠してる訳でもないけどね、と囁いた。
「そういえば、お二人は結婚されるんですよね? おめでとうございます」
「ありがとう! 式までもうそんなに時間ないし、今から引越しの事とか考えて大変なのよ」
「新居はもう決まってるんですか?」
「決まってるって言うか、湊くんの会社が斡旋してるマンションなの」
「でもそれだと安心ですね」
「安心じゃ、ないっ!」
「松、……歩くん?」
苛立つ松岡くんに、友梨さんは苦笑する。
「聞いてない? 九月から湊くんアメリカなの。今も行ったり来たりだけど、とうとうあっちの本社に異動」
湊さんに視線を移すと、そうだ、とでも言うように一つ頷いた。
「アメリカ……」
ああ、だから松岡くんは……。
友梨さんが離れていくのが寂しいんだ。