「可愛いかったら付き合うんですか?」
静かに低い声で松岡くんは言う。
「じゃあ聞きますけど、月見里さんは格好いい男性がいたら誰彼構わず付き合うんですね?」
「……え、えっと……」
「ほら、川辺主任だって
いや、川辺は――と否定する声は出なかった。よく考えてみれば川辺も格好いい部類に入るかもしれない。しかし一度だってそんな目で見た事はなかった。
「自分で言うのも何ですが僕もわりとモテる方なんですけど、どうです? 付き合います?」
「は、……はい? 付き合う? 誰が? あ、だから結城さんと――」
「月見里さんと僕が!」
ひえっ!
頭を後ろにのけ反らす。だって松岡くんの人差し指がぐいっと私の鼻先に迫ったから。
私の顔を指差したままの松岡くんの腕の下に、お待ち、と言って蕎麦が二杯コトン、コトン、と置かれた。
「はいはい、喧嘩せずに食べな、ねっ!」
おばちゃんのその声を聞いて松岡くんは腕をゆるゆると戻し、喧嘩じゃ……、と誰にともなく呟いた。
「ね、ねえ? こういうのは普通に食べれるの? 外食は大丈夫で手作りはダメってこと?」
「そうですね。外食は対価を支払いますから、そういうのは受け入れられます。でもいかにも手作りとか、愛情込めました、みたいな押し売りしてくるものは無理ですね。ああ、でも家族は別ですが」
対価とか、押し売りとか、私にはない考えを持っている松岡くんが、蕎麦をズズと啜る。
釈然としないものを抱えながらいただく蕎麦の味はよく分からなかった。微かに抵抗する黄身へと箸先を差す。黄身が形を変えて出汁の中に溺れていく。何を考えているか分からない顔の松岡くんの目の前で、私の心臓は食べる間ずっと忙しく動いていたのだった。
蕎麦の会計をしてくれる松岡くんに後ろから、後で払うね、と言うと、いりません、とばっさり切られる。
「いや、でも後輩におごられるのは」
「じゃあ彼女におごったと言う事で」
「はいっ!?」
彼女って誰? と訊く前に松岡くんは「外回り行ってきます」と駅の方へと長い足を踏み出していた。さっきの僕と付き合いますか、はまだ生きてたの?
「えっ、……え?」
混乱する頭を押さえて、その背を見送る。
今日は機嫌でも悪かったのだろうかと疑うほどに松岡くんは見るからにイライラして、それを隠しもせず私の前で晒していた。
松岡くんが見えなくなったあと会社に戻ったのだが、どこを歩いて帰ったのか覚えていなかった。
気付くと自分のデスクに座って、先程のやり取りを思い出していた。
クッキーを捨てたらダメって説教したのがいけなかった?
それとももらってあげるとお節介したのがいけなかった?
結城さんと付き合ったらって提案したのがいけなかった?
……なんだろう?
全然分からない。
いやいや、待て待て彩葉。
そうだ、あれはきっと冗談だ――
そう思うしかなかった。そうでもしなければ午後の業務に手を付ける事が出来なかったから。